77日目:自己紹介
何者かと問われて、自らの名前を言わない人はいないでしょう。あまり、自分の役職や仕事名で自分のことを紹介する人はいないと思います。よっぽど自信があるのか、それとも名前が嫌いなのか、どちらかくらいでしょう。
さて、私はというと、そもそも名前以外の自分の情報が分からないので、名乗る以外できないというのが実情です。仕事だって、家系だって、よく分かりません。
「柳の橋で、柳橋。柳橋咲菜と言います。そちらの二人は?」
その質問に答えるのを、彼らは渋りました。
「いや、ええと、ほら、私は名乗ったわけだし」
付け足すと、後ろにいた、弟とも見える子が名前を言いました。
「はやて、ハヤテです」
その瞬間、少年は殴られてしまいました。誰にと訊かれば、姉と思われる人にです。
衝撃音が、少し響きました。痛そうです。
同時に、彼の目には涙がたまりました。
可哀想でなりませんが、姉弟喧嘩に口を突っ込むのはちょっと憚られるます。しかも、原因の一端どころかほぼ全てを担っている私としては、何も言えません。
「なんで、そうやってかんたんになまえいっちゃうのよ!てきだったらどうするつもり?」
「……で、でも、このおねえさん、わるいひとにみえないし」
「そういうことじゃないわよ!」
激しい口論の結果、彼女は折れました。
時計を持っていないから正確な数値は分からないけれど、5分くらいは喧嘩していたと思われます。しかし、最後の「それだから、おねえちゃんは、いつまでたってもともだちができないんだよ」が相当刺さったらしく、名乗った後もぶちぶち言っていました。
「わたしは、かえで、カエデよ」
「そう、カエデちゃんとハヤテちゃんね。宜しく」
「……よろしく」
口を膨らませながら、しぶしぶ武器をしまうカエデをよそに、ハヤテは私に近づいて、手招きをしました。
……、しゃがめばいいのかな?
しゃがむと、彼は私の耳に近づいて囁きました。
「……あのほのおは、みにいっちゃだめだよ。あそこは、あぶないひとたちがあつまるから」
予想は、当たっていたようです。
危ない人とは、いったいどういう人たちなんでしょうか。
殺人集団か。カルト宗教か。そのほかか。
「ねえ、二人とも」
話しかけると、少年は嬉しそうに、少女は面倒くさそうにこちらを見つめてきました。対照的な二人です。人懐っこい性格と気難しい性格から見るに、犬と猫って感じです。
まあ、飼ったことは無いんですけど。
「街に出るには、どこから行けばいいのかな?」
「まちにはでないほうがいい」
少女は、応答より忠告に近いことを、忠告より警告に近い声で私にぶつけてきました。
その勢いに押され、私は言葉を紡げなくなりました。
「……出ない方が良いって?」
「そのまんまのいみだ。まさか、きみはこのまちの『じったい』を、しらないわけではないんだろう?」
実態という言葉に、力強さを感じました。
「で、でも、私、一緒に来た人がいるの。どういう姿をしているかは分からないんだけど、でも、確実に一緒に来ているの。その人と会わないといけなくて」
「どこにいるんだ?」
……それが分かれば、良いのですが。
現在置かれている状況から、次にどうするべきか分からないときって、たまにありますよね。
そういう時は、過去の事象を鑑みるというのが一番手っ取り早かったりします。
ああ、こういう時はこうすればよかったのか。
あ、こうしたらダメだったのか。
とか、こんな感じで考えてみると良いと、個人的には思ったりもしています。
なので、この時も同様にすればいいのです。
凍えそうな手を抑え、私は空に過去の事象を描きます。
走馬燈のようによみがえってきます。
静さんと出会ったところは……。
「学校」
そう呟くと、少年は先ほどの通り、少女は驚いたような視線をこちらへ向けます。
そして、少女はさっき片づけたばかりの武器を取り出して、私の胸に突きつけました。
大きくない胸に。
「おまえ、それをどこでしった?!」
「……どこでって、え?いや、学校くらいどこにだってあるでしょ」
「……おまえ、がっこうをしらないのか?」
「いやいや、学校でしょ?ほら、勉強したり、友達と遊んだり」
「……ちがう。それは、がっこうじゃない」
「は?」
余りに的外れで期待外れな答えに、私は思わず口を滑らしました。
「じゃあ、そっちでいう学校ってなに?」
「避難施設だ」
そこだけはしっかりと言う少女でした。
「避難施設?」
「ここでは、おとなになったらおしまいだ。かれらのもとへつれていかれ、あの『きょうだん』のいちいんにされる。そのために、こどもたちは『がっこう』にかくりされている」
……なんか、前の二つよりも大掛かりになってきましたけど。
というか、雰囲気全く違うんですけど。
……まさか、私があまりにも成長しようとしないから、怒り始めて、自分の力を振り回し始めたとかじゃないですよね。
一応念のために聞いておきます。
「あの、その教団って、名前はなんて言うの?」
「うろぼろす」
そのまんまだぁ。
そのままじゃないですか。もう私が成長しないからって、やけになって自分はそれでも優位性があるんだぞって、強いんだって見せつけてきているじゃないですか。
……まあ、それでも私は成長しませんけど。
「じゃあさ、その学校に私もつれてって」
「……ほんとうに、あちらのにんげんじゃないんだな?」
「もちろんもちろん。なんか、証拠になるようなことがあればやるよ?」
「じゃあ、ヘビをたべろ」
「……蛇って、食べていいんだっけ?」
「やいたらうまい」
「へ、へえそうなんだぁ」
食べたことないので全く分かりませんけど、きっとこれって踏み絵みたいなものでしょうね。
「じゃあ、どこにいるのかな?」
訊いた瞬間に、彼女は少年の背中に手を突っ込み蛇を出した。
「ひはつかえないから、そのままで」
「……まじですか」
「まじだ」




