73日目:花火
「おお、そうかそうか。花火をしにね。いやいや、僕はてっきり花火じゃなくて、花見かと思ったけど、そっちね。まあ、時期が時期だし、微妙なところだよね。花見をやるにしては遅すぎるし、花火をするにしては早すぎる。時期尚早と言ってもいいかもしれない。それでも君たちはやりたいと言っている。それを否定できるものがどこにいようか。少なくとも僕にはないね。むしろ、僕はこう言いたいよ。混ぜてくれってね。だって、楽しそうじゃないか。もちろん、外に出るんだからそれなりの格好はするさ、安心したまえ」
そう言うと、彼女はそのモフモフの部屋着から、一瞬で猫耳としっぽを外し、運動着に着替えました。この高速着替えはぜひ教えて欲しいと思いました。
「あ、ちょっと待ってね。何やら敵っぽいのが近くを通ったみたい。そうだ、折角だし僕の仕事見てってよ。皆怖がって逃げちゃうんだよね。唯一逃げなかったのがこの子ってわけさ」
そう言って、先輩の頭をぐりぐりします。
抵抗するもまんざらでもない先輩が気持ち悪いです。
「そーいや、どうして私がウロボロスと見抜けなかったのかというとね」
訊いてもないことを急に話し出す専門家さんは、窓際に置かれた火縄銃のような物をひょいっと肩に乗せ、窓からその銃口を出しました。そして、ポケットに手を突っ込み、たばこを取り出し、火をつけて、口にくわえました。
狙いを定めつつ、答えを発表しました。
「見えねえものは、知らねえって師匠の教えを守ってるからさ」
……なんでしょう、この気持ち。
姿勢はめっちゃかっこいいのに。
見た目は、とっても可愛いのに。
台詞が、余りにもダサすぎる。
「見えないものは、知らない?」
私がぽかんとしていると、専門家さんは銃弾を発射し、なにやら獲物をしとめたようで、
「よっしゃ」
と小さくガッツポーズをしました。
「ああ、そうそう。見えねえものは、知らねえとは、そのまんまの意味だよ。別に、なんのからくりも変哲もない。捻りもない。見えるものだけを信じ、見えるものだけを倒す。妖怪と人間の区別なんてつかないからさ。僕は、見えるか見えないかで判断する」
……それだと、人間も敵のうちに入っているような口ぶりですが。
「ああ、そうさ。僕にとって、人間も敵なのさ。まあ、でも、君たちのような善良な市民じゃなくてね。たとえば、君たちを排除しようとするような、公務員さんとか」
「公務員さん?」
「なんだい、柳橋ちゃん。公務員に疑問を抱くとは、どういうつもりだい?君は、いや君たちは、笹指さんと柳橋ちゃんは、出逢っているはずだよ。一度くらいは」
「……」
私は、何も言えなくなってしまいました。
確かに、出逢ったことはあると思います。しかし、それを思い出そうとすると、それと同じく棚倉さんのことを思い出してしまうから、言葉が出せないのです。
しゃべると、涙がこぼれてしまう。
そんな気がしたので。
「さ、そんな事より花火だ!準備はもうできているのかな?」
「ええと、じゃあ部屋から取ってくるから」
久郷先輩は、慣れた手つきでドアを開け、外に出ました。
開けた時の風が、私の熱くなった体を冷やしました。
「よし、じゃあ僕たちは食べ物を用意しよう」
そう言うと、専門家さんはよいしょっと立ち上がり、両手を床に向けました。
「なにしてるんですか?」
そろそろ酔い始め、ろれつが回らなくなってきた静さんが尋ねます。
「僕ね、これでも専門家の中では優秀な方でさ、妖怪とかが持っている能力を研究して、人間にもできるようにする活動をしているんだ。たとえば、この物質創造能力とか」
ふんっ、と力を入れると、何もなかったところからバーベキューセットが登場してきました。もちろん、肉や野菜もたっぷり置いてありました。
……これができるんなら、花火道具も出せそうじゃないですか?
「すごいだろっ!」
えっへん、と言わんばかりに仁王立ちをする専門家さんは、少し可愛かったです。
「すっごーい!」
完全に酔っている静さんは、専門家さんに乗ってあげていました。
「よし、じゃあ奥塚!全部もってけ!」
「え、ええ?全部っすか?!」
「なんだ?男なのに持てないというのか?」
「それ、最近はだめらしいですよ。まあ、別にいいですけど」
「なにを言ってるんだ。それは、女性の意見でしかないだろ?お前、人の意見に流されて生きて来たのか?漂流して生きてるのか?別に、それはそれ、これはこれだよ。セクハラも、パワハラも、逃げるか倒すかどっちかすればいい。対策もせず、悩んでるやつの戯言だよ」
「……すごいですね、それ」
奥塚さんも、そう言うしかないでしょう。
「まあね。僕は、そうやって生きてきた。おかげで友達はいない」
「満面の笑みを浮かべないでください」
「なんでだ?笑顔でいることこそが、人間として生きられる何よりの証拠じゃないか。笑顔のない人なんて、生きている価値はない!」
断言の多い専門家さんです。
多方面から怒られそうな台詞に、
「まあ、これも一専門家の、どうでもいいくだらん戯言だ。忘れるがいい」
とフォローする辺り、仕事ができるんだなぁと感じざるを得ません。
外にすべて持ってきてくれた奥塚さんに感謝しつつ、私達は荷物を広げ始めました。
もう時は流れて、真っ暗になってしまいました。
「懐中電灯ありますか?」
もう誰がいるかさえ分からないので、なんとなくの直感で、誰かいるであろう方向に声を開けました。
それが、まさか間違いだったとは。
結論から言うと、私達は花火をすることができませんでした。
もう少し早く始めていれば。
もう少し目が慣れるのが速ければ。
ようやく見えた時には、遅かったのです。
目の前に、拳銃を構えた男性が立っていたのです。




