72日目:久郷一風の家
先輩がこの後、3人から小言や愚痴を言われ続けたのは、言うまでもありません。
先輩の家に行くと、そこは蔦が巻き付くアパートでした。
もはや家とは呼べない奥塚さんの住処よりは幾分かマシですが、それでも住みづらそうな家でした。
もしかして、適応力が高かったのって、これのおかげですか?
家の前には、子供が遊べそうな草の茂る庭が広がっていました。
花火くらいなら、ここでできそうです。
「でも、近隣住民の迷惑にもなるし……」
先輩は渋ります。
「……近隣住民?」
3人で、声を揃えます。
今日はよく揃いますね。
なぜ3人とも同じ反応をしたのかと言えば、そりゃもちろん、この為です。
だって、周りを見回しても、どれだけ注意深く見ても、哨戒しても警戒しても、誰もいないのですから。店も、工場も、田んぼも、住宅も、一切無いのですから。
「なんか、凄いですよね。おかしいというか」
私のつぶやきに、先輩はビクッと反応します。
怪しいです。
静さんの方に目をやると、静さんも同様に感じていたようで、視線でハイタッチをしました。
いや、必要ないですけど。
「なあ、久郷」
奥塚さんは、特にそんなことも考えていないような顔で、手を組みながら訊きました。
「……ん?」
額から汗が滝のように流れている先輩に、奥塚さんは気付いていなさそうです。
「他の人は住んでいるのか?」
「……大家はいるけど、他はいないよ」
「そっか、俺、ここに住もうかな」
……え?
いやいやいや、なんか、変な雰囲気とか、嫌な予感とか無いんですか?
「ボケだよ、ボケ」
私の方を向いて、にやっと笑います。
「大家さん、専門家とかじゃないの?」
「……え、なんで?」
「ほら、昔からよくあるでしょ?結界ってやつ。こんなに建物も人もないなんておかしいじゃないか。学校にこんなに近いのに。ざっと、1kmってとこじゃないの?」
「……ぐっ。よく分かったな。さすがだよ、奥塚」
「いやいや、別に。専門家に、口止めでもされてたの?」
「まあな。専門家は、知られちゃいけないから、とかなんとか」
「ふーん。ぜひ、会いたいんだけど」
「……まあ、バレたらしゃあないかな」
……一応、花火をやるための許可をとるための会合というわけでしょうけど、それよりも奥塚さんが会いたくて仕方がないみたいな、そんな空気を感じます。
というか、それしか考えてないでしょ。
静さんを見ると、首を傾げながら「まあ、いいんじゃない」と唇だけを動かしてこちらに返してきました。
なんでしょう、大人らしいです。
中学生の彼女を考えるのがバカらしくなるくらい、大人です。
大家が住むという101号室のドアをノックします。
「……早くしてくださいよ、先輩」
「も、もしかすると、いないかもしれないし」
「いやいや、早くしろよ、久郷」
「ちょ、押すなよ、奥塚」
「……まさか、緊張してんの?」
「な、なに言ってんすか、先生。緊張してるわけないでしょ?」
手が震えています。
脚もガクガクです。
声が裏返ってますし。
これは、完全に。
「……」
3人の目が合います。
また声がそろいますよ、せーの。
「バリバリ緊張してんじゃねえか!」
「……だって、だってしょうがないじゃないか!じゃあ、見てみろよ!久郷、お前なら分かってくれるはずだ!」
そう言って、勢いよくドアを開ける先輩。
部屋の中は、「本当にこの部屋の中でおさまってる?」と聞きたくなるほど本が敷き詰められていました。まるで、本がこの部屋を彩っているかのような。
そして、もう一つ、この部屋のポイントがあります。
それは……そうですね。
こういう時は、ストレートに言わない方が良いのでしょうけど、でもどうしても言わざるを得ないかもしれません。
成人。女性。酒飲み。身長150㎝以下。猫耳。腰くらいの長さの髪の毛。黒髪。童顔。私くらいの胸。露になっている白い肌。紫と黒の下着。猫のしっぽ。下着オンリー。
ほぼ全裸。
「服着ろっつってんじゃん!臣坂!」
その名前に聞き覚えがありましたが、少なくともこんな見た目ではなかった気がします。
というか、何ですか、これ?
変態じゃないですか。
「だって、あついらもん」
もう舌も回っていません。
言いたくなかったのは、このせいもあってなのですね。少しだけ同情しちゃいます。
ごくっと水を飲むと、きりっと醒め、服を着て、態勢を整えました。
凄い切り替え。さすが、大人です。
「いやあ、すまんすまん。今日は誰もここに来ないから、てっきり客のいない日かと思って昼間っから飲んでたところなんだ。ところで、ああ、そうそう。僕の名前だね。僕の名前は臣坂斉昭。よく名前から男と間違えられるけれど、正真正銘の女だよ。まあ、法律上は、戸籍上は女だけど、恋愛の中じゃ男だと言っても過言ではないかな。何しろ、バイだしな。私は、男の子でも女の子でも、男の娘でも、イケるクチだよ。ところで、君ら可愛いね。どうかな、お酒でも一杯って、ああでもいっぷうちゃんと同い年ならお酒はだめか……ん?でも、あなた、確実に成人してるよね?どうかな、お酒イケる?一応うちには全部そろってるから。君たちには、オレンジジュースがあるから。昔から憧れてたんだよね。憧れとかない?瓶のジュース。私はずっと大人っぽいなあって思っててさ。じゃあ、準備するから、ちょっと待ってて。早々確かこの辺に、あ、あった。ほら、はやくはやく座って。せっかく冷えたまんまなんだからさ。で、何の話だっけ?」
どうだろう、測定はしてないんですけど、大体30秒くらいでしょうか。
勢いに圧倒されて、私達は座るしかありませんでした。
先輩の方を見ると、だから言ったじゃんという顔をしています。
奥塚さんを見ると、もう猫耳猫のしっぽしか見てません。鼻の下がチーズ状態です。
静さんはというと、完全に酒に気をとられています。この酒豪が。
何が起こるのか、何が起こっているのか、全くわかりません。
あれ、花火やりに来ただけですよね?




