61日目:さいしょのおわり
「まず初めに、結論から言ってしまおう。そうだよ、結論。僕は結論先行型の人間なんだ。CMで引っ張るだなんて、そんな陳腐なことはしない。しないし、しないで欲しいね。嫌いなんだよ。みんなそれで見ると思うなよ!って言いたくなるね。
「そう言えば、昨日のテレビ見たかな?いや、君は、昨日はここにいないのか。そうかそうか、ごめんね。で、何だっけ。ああ、そうそう。昨日見ていたドラマでね、こんなセリフがあったんだよ。
『お前を見捨てて生き残るくらいなら、俺は何のためらいもなくこの命を投げ捨てる』
「すげえかっこいいなあと思ってさ。是非とも、こいつに言わせてみたいと思っていたんだよ。だからさ、折角のこの機会、使わせてほしいんだよ。
「で、何だっけ?
「ああ、そうそう。君の正体だったね。君というか、君たちというか。君たちは、いわば移住者みたいなものだね。別の世界線からやってきた、移住者だよ。もっと言うなら、侵入者かな。何かのタイミングで、こちらにやってきたというわけだね。だから、君は死んだわけではないんだよ。簡単に言えば、転生ってやつかな。異世界じゃないのがミソだけどね。つまり、君たちはここにいてはいけないんだ。別れはつらいかもしれないけれど、今すぐ帰った方が良い」
「それは、……できません」
静さんは、静かに抵抗しました。抗おうとしました。
「したく、無いのです。私達は、最初の世界が嫌で、こちらに来たのです」
「まあ、別に居ても良いんだけど、最終的に困るのは君たちなんだよ?その時に、僕やこいつを巻き込まないでくれよ?」
「……分かっています」
どうして彼女がここまで意地を張るのか、私にはわかりませんでした。
しかし、彼女の視線はその疑問を解決させてはくれませんでした。
むしろ、聞かないでくれと言わんばかりのまなざしです。
「そうかい。じゃあ、僕から言えることは一つだけだよ。頑張って」
結局何も解決しないまま、私達は専門家の家を後にしました。
「二人とも、海に行こう」
彼がそう提案したのは、太陽が西へと沈み込み、もうすぐ夕食の香りがしてきそうな、そんなタイミングでした。私も彼女も、それに同意し、海へと向かうことになりました。
「まさか、君たちが世界の移動ができたなんてねぇ。そんなことができるのは、ここの王様くらいだと思っていたけれど」
彼は、浜へと降りられる階段の一番上に座って、持論を展開しました。確かに納得も理解もできる内容でしたが、ただその論理が成立する仮定の一つが、ありえないことだったのです。
別世界から飛んできたというのがそもそも不可解なので、目には目を歯には歯を、不可解には不可解をといった具合に考えれば、ないこともない話なのでしょうが、しかしやっぱりどうしても、彼の条件が疑わざるを得ないのです。
ただ、それが正しいのであれば、彼女―つまりは、静さんが言っていたこととつながるのもまた事実なわけでして、だからこそ、私としては唸るしかなかったのです。
「あの王様って、全知全能の神様だと思うんだよねぇ」
そう言う彼の目は、何となく少年の目のようでした。
「……そうなんですかねぇ?」
私は、そう言うほかありませんでした。
「……任せろ」
私と彼女は、同じタイミングで彼の方を見ました。
「……何をですか?」
「専門家のあいつは、あんな感じではぐらかしたけど、ここの街の人たちは、……なんというか、閉鎖的なんだ。閉鎖的で、閉塞的。だから、きっと君たちのような人とは分かり合えないんだと思う。今考えてみると、お前―笹指が、友達ができないというのは、そこから来ているのかもしれない」
「よかった。私の所為じゃなくて」
「いや、うっすらとお前の所為っていう可能性はあるけどな。そうじゃない場合、お前らは排除されるかもしれない。そんなことにならないよう、俺に任せとけ、って話だ」
「……ぷぷっ、何それ?カッコつけたつもり?」
「うるせえな。かっこいい大人でいたいんだよ。悪いかよ」
「私的には悪くないけど、世の中の人が見たらどう思うかな?痛い奴だと思われちゃうんじゃない?」
「そう思う方が悪い」
「お、言い切ったね」
私も、それは同感だと思います。人に自分の価値観を押し付けることで、自分ができることまで減ってしまうというのは、やっぱり寂しいですからね。
「じゃあ、早速なんだけどさ」
そんな瞬間でした。
そんな、タイミングでした。
静さんが、そのままの態勢で左手を挙げ、後方へと人差し指を伸ばし、
「この状況、助けてくれないかな」
と、いつものトーンで言いました。
体はいつもと同じようでしたが、声はいつになく震えていました。
最初の崩壊の、始まりです。




