57日目:えんぜつ
「いやあ、ここの学校は皆真面目で助かるよ~。ただ一人を除いてだけど。まあ、凄い子だからなぁ。しょうがないかぁ」
疲れた顔をしながら、それでもやりきったという気持ちよさそうな表情で、彼は帰ってきました。やはり、授業をするというのは楽しいのでしょうね。生徒としては、共感しかねるのですが、まあでも自分の好きな事をみんなに伝えることの楽しさというのは、私としても分からないわけではないので、深く言及はしません。
楽しそうな人には、楽しそうな雰囲気を壊さぬよう接することが大切です。
じゃないと、可哀想ですからね。
「おつかれさまです」
「ああ、さなちゃん。ごめんね、この後もう一つ授業があるんだ。それが終わったら、探しに行こうな。校長に言って、迷子の張り紙をしてもらっているはずだから、そろそろ連絡が来ると思うけれどね」
ネクタイを外しながら席に座りました。目を細めながら太陽を眺め、手に持っていた教科書で自分の体に風を送っています。軽く深呼吸をして、それから彼は天井を見上げました。
「そこにいるんだろ、笹指」
……え?
私が、何かヒントを与えてしまったのでしょうか。いえ、別に私は何も。挙動不審な態度なんて一切取っていませんし、受け答えだって問題なかったはずです。なのに、バレてしまった。
「ど、どうして、わかるの?そと、みていませんでしたよね?」
「え、いやぁ、もうそろそろここにきて1年が経つからね。しかも、面倒を任されているから、大体どこにいるのか分かるんだよ」
「そ、そうなんですね」
窓の方を見ると、笹指さんは「やれやれ、バレてたか」と言いながら、窓をよじ登って教室へと入ってきました。
見た目に似つかわしくない、ダイナミックな方法です。
「教師が良いんですか?こんなことしちゃって。国が違えば犯罪ですよ?」
「しょうがないだろ。あと、どうせ学校まで来るなら、せめて制服を着てこい」
「だって、制服着ちゃったら、周りのみんなと同じじゃん」
「だったら何だって言うんだ。学校なんて、そんなところだぞ」
深くため息をつきます。さっきと打って変わって、面倒くさそうです。
「そんなことしちゃったら、発送までみんなと同じになっちゃう。そうなったら、最期、仕事がもらえなくなっちゃうじゃん」
荷物の山を一気にどかして、席を作りました。その手つきから、この人結構慣れてるなあ、となんとなくぼんやりとそう思ってしまいました。
仲が良いのでしょうかね。
「そんなことしてるから、中学5年目でも一人も友達が出来ないんだろ。いい加減譲歩しろよ」
「譲歩してるよ。妥協もしてるって。でも、私じゃなくて、彼らから逃げていくんだよ。私についていけないから。つまらないから」
「随分と上から目線だこと」
「あいつらは分かってないんだよ。学校の本来の役割を」
「聞かせてもらおうじゃないか」
腕を組む彼の姿は、師範代のような雰囲気を醸し出しています。
「学校とは、子供を育てる場所なんかじゃない。子供を社会に導かせるだけの場所なんだよ。社会では、私みたいな不適合者だっていっぱいいて、そんな社会の縮図をクラス単位で細かく作ることで、これから自分はどうやってうまくやって行けばいいかを勉強するんだよ。そして、たどり着く結論が、『波風立てず』の暗黙の了解ってわけ」
「ほほう」
立ち上がって、続けます。いつの間にか、演説が始まっていますが、この雰囲気、なかなか抜け出せません。目が離せません!
「戦うことは、面倒だからね。私は、コミュニケーションをとること自体、戦いだと思っているけど。だから、自分の世界に浸れるんだよね」
「で、彼らは何を間違っているんだい?今の君の言い分からすると、彼らの動きは至極まっとうに思えるんだけど」
「まあね。だから、つまらないんだよ。皆、大人が思う通りに社会に出るために、一生懸命足並みをそろえようとする。そういう奴らが、一番変化に対応できるからね。ダーウィンじゃないけど、私も変化に対応できるやつが一番生き残ると思うよ。
「でもね、つまらない。実につまらない」




