52日目:地獄の始まり
着いたその先に、彼女はいた。
夜でも輝くほど綺麗な白色のセーラー服。青のラインが、より際立つ。
それとは裏腹に、雑に切られた胸ほどの長さの髪の毛。
地獄を見て来たかのような、鋭い目つき。
凄惨で、猟奇的な笑顔。
ついに、無戦姫が、お出ましとなった。
無戦姫は、俺たちを見るなり、いきなり均を呼び出し、目の前で正座させた。
「あーあ、あーあ、あーあ。連れてきちゃったよ」
どうやら、なるべく無戦姫の前には人を連れてこないよう言われていたらしい。
「ねえ、均?あやとりちゃん?言ったよね?私の話聞いてたかなー?絶対に連れてきちゃダメだって、言ったよね?この人たちの不幸に対する責任取れんの?」
不幸ってなんだ?それは、俺らがこの場で殺されるということか?だったら、それは無戦姫自身の心の持ちようじゃないか?
「私はもう嫌なんだよ」
若干、涙を浮かべている。開始早々、笑ったり泣いたり怒ったり、情緒が不安定な奴だな。
「だから、あやちゃんを、絶対死なないように、育て上げたんだよ」
その言葉に込められたい思いのすべては、俺達には分からなかった。しかし、どれほどの思いなのかは、容易に想像できた。きっと、彼女なりの愛が、そこに詰まっているのだろう。ただ、それとこれとは話が別だ。最悪の場合殺されてしまうかもしれないこの状況で、相手の優しさを感じる余裕はない。
「あーもう」
そう言った瞬間、彼女の涙は止まり、反対に白くなっていくのが分かった。彼女自体、そこまで肌は白くなく、むしろ褐色な感じではあるのだが、それでも分かるくらいにまっしろになっていった。
「……ねえ、まさかとは思うんだけど、その前に人を殺していないでしょうね?」
無戦姫は、非常に良い勘をしている。当たりすぎて怖いほどに。表情はより青く、白く、染まっていった。また涙が流れそうであった。
「あ、その顔。誰?……いやいや、待ってよ。ちょっと、冗談だって言いなさいよ。じゃないと、ねえ?嘘でしょ?嘘だよ?嘘だと言ってよ。ねえ、ちょっと、あやちゃん?!」
ついに、無戦姫は泣き出した。
「ねえ、なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?どうして、しーちゃんを?ねえ、あの子は、いつも、私と一緒にいてくれたのに?私の味方でいてくれたのに?疫病神だと言われても、いつも私と一緒にいてくれた、天使みたいな存在の彼女を、どうして、あなたはそうやって」
「いやぁ、あの、知らなかったの。ごめんなさい」
謝罪の声は、彼女には届かず、
「言い訳は聞きたくない」
という、冷酷で冷淡で非情な声と、銃声だけが響き渡った。
ポケットは無いように思えたが、しかしどうやら彼女は何でも隠せるようで、先ほどの第一印象の中に拳銃が無くとも、なんら違和感はなかった。
ただ、使い慣れているという感想だけが頭の中に浮かんだ。
「……マジかよ」
そうつぶやいたのは、先崎だ。
均彩酉は、何の抵抗もなくあっさりと、眉間を撃たれその場に倒れた。
端から見る限り、蘇生は不可能に思える。
「……ひぐっ、ひぐっ。なんで、私ばっかり。私が、何をしたって言うのよ」
彼女の悲痛で、苦しい声がこの世界を覆う。
ただただ、俺たちは呆然とするだけだった。
「ね、ねえ。あなたが、無戦姫さん?」
沈黙を破ったのは、今回もやはり先崎だった。
「ええ、巷ではそう言われてるわ。ただ、」
涙を拭って、彼女は座り込んだ。
「それは異名であって、私の名前ではないの」
まあ、そうだろうな。
それは、口が裂けても言えなかった。
「私は、いたって普通の学生だったのよ。きっと、先崎さんと同じ」
「え、なんで、あたしの名前と年齢を?」
「ああ、私って、ほら世界の創造主だから、君たちの力とか年齢とか名前とか、個人情報はすべて把握しているんだ」
「ああ、なるほどぉ」
「ちょっと、処分してきますね」
そう言うと、姫は静かに均を抱き上げ、海の方へと投げた。
「え、ええと、容赦なさすぎというか、ひどすぎやしませんか?」
そう言わざるを得なかっただろう。俺だって、そう言おうとした。
「仕方ないですよ。それだけのことをしたわけですし」
ぱんぱんと手を払って、彼女はちょこんと座った。
「あ、すみません。座ってください」
切り替えの早さにもまた恐怖を隠せなかった。
「せっかくですが、きっとあなたたちも死ぬと思われます。何が原因かは知りません。でも、これだけは言えます。あなたたちは、私を見た。だから、必ず死にます。殺されます。何故なら私は、独りぼっちの疫病神ですから」
そんな上辺だけの言葉を信じるわけもなく、俺は黙っていることができなかった。
「どうして、そんなことが言えるんだ?」
「どうしてもこうしても、そうなんですって。残念ですが、あなたは不死だと豪語しているようですが、それでもあなたは死ぬのです。まあ、死ぬ続けるかもしれませんけど。これに関しては、私がどうこうできることじゃないんです。信じられないと思いますけど」
「信じられるか、そんなもん」
「じゃあ、お話します。きっと、ここにいればそんなスピードで殺されることもないでしょうし、結構長い話をしますけど、いいですか?」
「聞かせてもらおう。お前が、どれだけ疫病神なのか、まだ信じられないしな」
「確かに」
この女は、軽い同意をする。
「というか、お二人は死ぬことに対して、恐怖を感じないんですか?」
「いいや、無いと言えばうそになるけど、でもあたしは死なないからなぁ。こいつも死なないらしいし」
「いえ、だから」
「死なないんだよ。あたしって、昔から結構幸運な奴でさ。なんだかんだでうまくいくんだよな。だから、ここにいても死ぬ気がしない。たぶん、勝てるよ。お前にも。だからさ、話が終わって、もしも殺されるのであるならば、その前にあたしらの要望も一つ聞いてくれないかな?」
「わ、分かりました。では、始めたいと思います。地獄にして、災厄にして、恐怖を感じてもらおうと思います」
その瞬間だった。
俺にも何が起きているのか分からなかった。
急に血の気が下がり、意識が遠のいていった。
隣では、先崎が長方形状のものを耳に当てている。会話の内容の詳細は分からなかったが、どうやら先ほどの実家でも同じ状況になっているらしい。
「もうですか。だから、言ったじゃないですか。もう私には何もできないのです。静さんが死んだ今、守り人を助けられる人なんていません。死ぬしかないのです」
でも、先崎さんは、なんとか生き残れそうですね。
そう言って、彼女は耳に髪の毛をひっかけた。
見慣れた様子だと言わんばかりで、俺は苛立ちを覚えた。何とかしてくれと思ったが、どうにもそれはできないことらしい。
俺は、とうとう死んでしまった。
意識はもう戻ってこなかった。




