53日目:はじまり
「お前を見捨てて生き残るくらいなら、俺は何のためらいもなくこの命を投げ捨てる」
私こと無戦姫は、悪魔に心臓を捧げた、疫病神です。
それを言うことで、何か変化が起きるわけではないことくらいは、十二分に分かっています。償いにもなりませんし、罪滅ぼしにだって成り得ません。なので、ここで同情とか心配とかそう言った類のものは要りませんので、あしからず。
私は、目の前で、大切な人を亡くしました。
私だけが移動した、未知なる世界で出会った人々は、ことごとく死んでいきました。
第2の世界。紅色に染まる、優しい秋を共に過ごした、棚倉健一郎。
第3の世界。緑色に輝く、甘酸っぱい春を共に過ごした、奥塚十哉。
第4の世界。雪色に覆われた、美しい冬を共に過ごした、大曲成親。
第5の世界。蒼色に煌く、希望に満ちたひと夏を過ごした、里浜香湖。
そしてたった一つの希望にたどり着きました。
笹指静さんと久郷一風さんです。
彼らと過ごした時間を忘れることなんて、一度たりともありませんでした。
全ては、自分がしてしまったことの償いをするため、罪滅ぼしをするためにやったことでした。そのすべてが裏目に出るという、最悪の事態になることなど考えもしなかったのは、やはり私がそれくらいにバカだったからかもしれません。
わんぱくな父と、優しい母のもとに産まれた私は、今思えば、これ以上ないくらいに甘やかされていました。家事もまともにできず、勉強も下の下。スポーツもダメで、電子機器もさっぱり。本を読めば、2行も読まずに寝てしまいました。そんな私を咎めることは無く、むしろ優しく励ましてくれたりもしました。
そんなある日のことでした。
お父さんが、突然「海に行こう!」と言い出したのです。
確かに外はぽかぽかいいお天気です。しかも、丁度季節は夏真っ盛り。いつものようにいつもの如く、しっかりと冷房の効いたリビングで朝食を食べていた時のいきなりの宣言だったので、私は驚きのあまり箸を落としてしまいました。
「ああ、大丈夫?汚れてない?」
お母さんは優しく心配してくれました。大丈夫だよ、と返すと、良かったと安堵の表情を浮かべました。やはり、お母さんの笑顔というのはいつ見てもいいものです。
「それで、パパ?」
「ん?」
「急に海に行きたいって、どういうこと?」
「いやね?なんか、そこの海岸線から、ある島が発見されたんだよ。GPSも発展したこの時代で」
「……GPSって、マッカーサーの?」
「ママ?いくら何でも勉強した方が良いんじゃないかな?いやまあ、歴史を覚えている辺り勉強はしていたのかもしれないけど。マッカーサーの方はGHQで、GPSって言うのは」
「顔面パス!」
「元気が良いのは結構だっ!それが良い!でもね、違うよ。なに、顔面パスって。顔パスでしょ、強いて言うなら。で、GPSって言うのは」
「GPSって言うのは?」
「Global Positioning Systemのこと。つまり、宇宙から、それぞれの建物だったり、携帯電話だったり、車だったりの位置を教えてくれるシステムのこと」
「へえ!パパって、物知りさんね」
「いや、今のご時世小学生でもわかりそうなものなんだけど」
ちなみに私は、お母さんと同じ考えでした。危ない危ない。馬鹿にされちゃうところでした。
「でも、そんな高性能なものがあれば、さすがにまだ見つかってないなんてことは無いんじゃないの?」
お母さんは、素朴な疑問を返すと、意気揚々とお父さんは返しました。
「それが見つからなかったから、話題になっているんだよ!名前はね、日本よりもずっと東にあって、太陽が昇ってくる元っていう意味から、陽元王国って名付けられてるんだ。まあ、そこに人がいるのか分からないし、王国なのかもよく分かっていないけどね。とりあえず、それを見に行こうって話さ!」
なるほど。陽元王国ですか。それはまた、面白い名前を。と、格好つけてみたものの、いまいちその良さは伝わりませんでした。
ぽかんとする私をよそに、二人はどんどん盛り上がっていきました。
「なんか、とってもプラグマティックね!」
「ロマンチックだからな?」
「そうそう、それ!行きましょ!ね、さーちゃん」
柳橋咲菜。
これが、通称無戦姫であるところの、つまりは私の本名です。
その後、私達は朝食を早く済ませ、急いで車に乗り、海へと向かいました。海岸まで30分ほどかかりますが、私にとっては小旅行の気分で、とても楽しかったと記憶しています。
ただ、楽しかったのはここまででした。
具体的に言えば、あと5分で着くというところまで、楽しく居られました。
歌を歌って、景色を眺めて。
そしてとうとう、着くことはありませんでした。




