45日目:告白
「数年前のことです。
「と言いましても、もうここまで来てしまいますと、時間という概念は無駄になってしまいますけれど。こんがらがってしまいますから。
「私には、友達が少なかったのです。まあ、このことに関して、私としては決してつらいこととは、ましてや可哀想なこととも思っていませんでした。
「周りの皆さんが口をそろえて、『かわいそうだ』と言うのが、不思議でなりませんでした。なぜこんなにも彼らは、自分とは違う境遇の人に対し、さも当然のように蔑むことができるのでしょうと。侮蔑も、侮辱も、普通はできるはずのない事象であり、考えることない感情であるはずなのにと。
「その周りの中の一人に、私の姉がおりました。
「名前を、柢沼京と言います。
「体が弱く、ずっと病院にいた彼女でしたが、ある程度友達がいたのを記憶しています。きっと、あなたもそのうちの一人だったと思います。
「一度もお会いすることは無かったと思いますが、感謝しているのですよ。姉があそこまで、最期まで元気でいられたのも、きっとあなたのおかげだと思います。
「話は戻しますが、そんなある日のことです。
「姉が、彼女らの友達を、私に会わせました。初めて会ったので、すごく緊張しましたが、やはり姉の友達というのもあって、とても優しいお方でした。
「久郷一風さん。体が大きい男性で、その分、初対面では恐怖も感じますが、言葉遣いや行動の端々が優しく、すぐに心許すことが出来ました。のちに子供を産み、確か双子ちゃんを生んでいたように思います。
「続いて、笹指静さん。眼鏡をかけた、白い肌のきれいな女性でした。読書が好きな方だったようで、いつもお見舞いに来ていただいた時には、面白かった本のお話を語ってくれました。
「そして、その二人と共に、病院近くの食堂へと向かいました。というのも、彼らが姉抜きで話がしたいという申し入れがあったためです。
「断る理由もありませんし、私は承諾して、いやむしろ積極的に…ですから、快諾をして、食堂へと向かいました。
「道中、他愛のない話で盛り上がりました。詳しい話までは覚えていませんが、すごく楽しかったのを記憶しています。
「だからこそ、その後の話の落差が激しかったので、そればっかりがよみがえってくるのですが。
「たまに、席に座ってもメニューが見当たらず、あれ、おかしいなと思っていると、あ、食券なのかということってありますよね?
「いえ、食券です。職権ではありません。むしろ、なんで職権がそんなところに打ってあるんですか。ワンコインで買えるわけないじゃないですか。
「同じような状況が、ここでも起きたわけです。全員で笑い合い、ここで本当に打ち解けることができたと思います。本当にここまでは、楽しかったのです。
「姉の心を知るまでは。
「定食を頼み。
「いや、ですから、定職ではありませんって。ここはハローワークではないのです。
「定食を頼み、一口目を食べようとした、その時でした。
「『君、彼氏いるの?』
「笹指さんに、そう言われたのです。
「意外な人からの、意外な言葉に、私は声を失いました。自分でも自らの目が開いていくのが分かりました。きっと、その時自分の箸を落としたと思われます。
「私は、どうしてそんなことを訊くのかと尋ねました。
「すると、彼女は『だって、いなさそうだから』と言いました。
「結構鋭いのも彼女の特徴ではありました。
「いないと答えると、彼女たちはにやけて言いました。
「『じゃあ、彼氏、探そうか』
「もちろん、私は要らないと答えました。そんなことをしている場合ではないと、現を抜かす余裕はないと、はっきりと答えました。
「一瞬、二人は黙ってしまいました。黙ったまま、下を向きました。しかし、すぐに顔を上げ、私にそっと、伝えてくれました。
「姉の気持ちを。
「『君は、お姉ちゃんに対して色々世話を焼いてくれている。何となくでしか見れていない僕たちが感じるのだから、見えないところでは、もっと働いているんじゃないかとさえ思う。ただ、それを、お姉ちゃんは良いことだとは思っていないみたいなんだよ』
「『だから、君には、君が本来迎えるべき幸せを、しっかりと感じてほしいんだそうだ。僕達も、意見は一緒だ。友達を作って、街で遊んで、彼氏を作って、夢に向かって努力して。そういうことを、してほしいんだ』
「『君の一生を、私にくれなくていい。そう言っていたよ』
「私は、驚きました。
「驚きのあまり、涙が出ました。溢れました。零れました。
「なぜなら、それが当たり前だと思っていましたから。家族なら、普通だと。
「しかし、姉は私に対して、そんなことは要らないと、言ったのです。
「にわかには信じられませんでしたが、彼らの瞳を見る限り、嘘はついていないようでした。
「言葉を失い、完全に放心状態へと突入していた私に、彼らはこう提案してきました。
「『じゃあ、何か、夢はあるかな?』
「私は、かすかな声を、さえずりのような声を振り絞り、言いました。
「姉のことを一番に考えてきた人生なので、私はそれ以外思いつきませんでした。
「『時間を、巻き戻したい。姉が、元気だったあの頃に、戻りたい』
「そう、言いました。
「それを、彼らは快く受け入れてくれました。
「そして生まれたのが、あの概念。
「渦巻き式の時間観です。
「詳しいことは、本人たちに聞いていただかないと分からないのですが、確か、テレビでニュースになったと思います。
「時間を操れるようになった彼らは、いわば、この世界の創造主です。
「彼らは、私の為に、この世界を作ったのです」




