43日目:時間観
「じゃ、じゃああたしから」
長い沈黙の後、何となく気まずくなっていた二人であったが、この女が先に声を挙げてくれたために、この空気はとりあえず打ち砕かれた。
「時間って言うのは、さっきも言ったけど、まっすぐ一本に進んでいくものなんじゃないのか?
「皆がそろって同じような道の上を歩くから、なんて言うんだろう、帯状って言ったら分かるかな。そんな感じで進んでいく。
「だから、過去にはもう戻れないとか、未来はまだ見えないとかいう名言みたいな、格好いいセリフっぽいのが生まれるんじゃないの?まっすぐの道だから」
「……まっすぐ、なのか」
「そっちの方がよく分からないんだけど。ええと、何だっけ、蝸牛式だっけ?」
「渦巻き式だ」
「ああ、玉子の」
「見た目は似ているがそれはだし巻きだ」
「じゃあ、鳴門の」
「ほぼ正解の漢字だけ違う言葉をセレクトするな。それは渦潮だ」
「うすしおと、渦潮って似てるからついしょっぱそうに感じちゃうんだよねぇ」
「まあ、海水だし幾分かはしょっぱいだろう。で、話に入っていいのか?」
「ああ、うん。ごめんね」
どうやら、この女のおふざけは自分の心を落ち着けるためのそれらしく、この会話の終わった後、この女は今まで見たことのないほど真剣なまなざしでこちらを見つめた。
見つめられたところで、別に何も出てこないぞ。
「渦巻方式って言うのは、陽元王国を中心にして、こうぐるっと回るようにして時間が動くというものだ」
胸ポケットに入れている地図を広げながら、俺は身振り手振りで伝える。
「こうやって、距離が等しい地図だとわかりやすいだろう。だから、ヨーロッパやアメリカというのは、古くないといけないはずだ。いけないってことは無いが、古いのが当たり前のはずなんだ」
「……なるほどねぇ。どうりで、陽元王国ってのが最初にして最期、歴史の荒波に呑まれた国なわけだ。
「だって、歴史の上に成り立っていないんだもん。むしろ、歴史を同時に見ることができる。上から見れば、時代がそのまま地図になっているんだから。中心に行けば行くほど最新式になる。
「渦巻き式ということか。蝸牛の殻みたいなんだろうな。こりゃ、どっちが合っていて、どっちが間違っているとか、分かったもんじゃないねぇ」
「まあ、たった二人しかいないこの状況において、どっちが正しいということは証明すらできないな。時間というのは、目に見えないものだ」
大空を見上げるこの女をよそに、俺は釣りを再開した。
釣りあげて神経を抜くまで2秒。
あっという間に船の上には魚だらけになっていた。
ここで一つ、疑問が浮かぶ。
些細なことだと言って、捨てるわけにもいかない。もしかすると、根幹を揺るがすかもしれない、そんな疑問が浮かび上がったのだ。
「なあ、女史」
「ん?」
「お前は、どうやってここに来たんだ?」
つい最近になって、つまりはあの無戦姫が登場してから、ようやく世界旅行が可能となったのだ。そんな俺たちより先に、時間旅行装置など、造れるはずがない。
「どうやってって、そりゃ普通だよ。うちの門を通って、港に向かって、船で来たんだよ」
港か?港が丸ごとそうなっているのか?
いや待てよ。この女は、自ら時間旅行してきたと言っている。ということは、この世界に存在する者ではなく、すなわち時間旅行装置は、この世界に存在する物ではないということだ。
こうしている間にも、魚は一向に増えていく。
「ねえ、こんなに捕ってどうするの?」
「海外に売りに行く」
「結構やり手なんだな」
「どうも。じゃあ、質問を変えよう。お前は、どうやってこの世界に来たんだ?確か、時間旅行者だと言ったな」
「ええと、だから、その辺に関してはよく分からないんだよ。後輩の家でできたから」
「家のどこで」
「そんなに気になる⁈ ええと、門ですよ、門。こんな大きな、門」
体で表してくれたこの女には、敬意を払おう。
「なるほど。門か」
「紋じゃないよ、門」
「ん?」
「あ、いいよ。何でもない。ちょうどいま後輩が紋についてあれこれやっているだろうから」
まあ、その後輩に関して全く興味は無いのだが。
否、興味がないわけではない。
いや、興味ってそういうことではなく。
「後輩の名は、何という」
「後輩ですか?笹指詩沙だよ。笹の葉の笹に、指で、笹指」
「……笹指家、だと?」
それは確か、あいつが―――柳生一花が愛した女性の苗字だったはず。日本刀自体は、彼が初めに造ったと言われている彼の、愛する女性だったはずだ。
笹指家。
柢沼家。
まさか、柢沼家もこちらではなく、あちらの出身だったのか?
久郷家―――クーゴ家もそうだ。
何だこの御三家は。
どうやって陽元王国を見つけたんだ?
どうやって、時間旅行装置を作り上げたというんだ?
どうやって、世界を変えたというのだ?
ここで、少し怖いことを思いついてしまった。普通なら、中二病もいいところだと言って捨てるような、そんな考えであったが、しかしこの時ばかりはそういうわけには行かなかった。
この世界は、誰かに造られている。
創造主が、この御三家かもしれない。
そういうことを、思いついてしまったのだ。
だとするならば、仮定するならば、辻褄も合わないわけではない。
……多分。
「そんなに名家なの?」
「まあ、聞いたことあるくらいだ」
「ふうん」
また彼女は天を見上げ始めた。
意外と日本までの距離は長く、また沈黙が広がる船へと逆戻りしてしまった。




