第二章 申立て
家庭裁判所は、市役所の裏手にあった。
五階建ての古い建物で、入口で名前を言うと、三階の待合室に行くように言われた。待合室は二つあって、申立人と相手方で分かれている。わたしは相手方のほうだった。
部屋には長椅子が三つ並んでいて、先に来ていた女の人がひとり、ハンカチを握って座っていた。わたしと目が合うと、少しだけ頭を下げた。わたしも下げた。それきり、お互いに見なかった。
十時を十分過ぎて、名前を呼ばれた。
調停室は狭かった。机が一つと椅子が四つ。窓にはブラインドが下りていて、隙間から隣のビルの壁が見えた。調停委員は二人で、六十過ぎの男の人と、五十くらいの女の人だった。
「杉本さんですね。今日はお疲れさまです」
女の人のほうが言った。
「まず、手続きのご説明をしますね。調停というのは、裁判所が何かを決める場ではなくて、お二人の話し合いをお手伝いする場です。わたしたちが交互にお話を伺います。相手方の方と、同じ部屋でお顔を合わせることはありません」
「向こうは、来ているんですか」
「申立人ご本人は、ウェブ会議で参加しておられます。代理人の弁護士さんの事務所から、画面越しに。代理人の方は、こちらに来ておられます」
「ウェブ会議」
「調停は、ご本人に出てきていただくのが原則なんですが、いまは、画面でつないで参加することもできるんです」
「そうですか」
顔は出さないだろう、とは思っていた。尚人は昔から、人の前に出ない人だった。結婚式も、写真を撮るのを嫌がった。光明殿の開業の式典にも出なかったと聞いている。代表者の挨拶は、尚人の父が読んだ。
「法律が変わったのは、ご存じですか」
男の人が言った。
「新聞で、少し」
「この四月から、離婚したあとも、父母の二人ともが親権を持てるようになりました。共同親権といいます。以前に離婚されて、どちらか一人が親権者になっている場合でも、家庭裁判所に申し立てて、共同親権に変更することができます。今回の申立ては、それです」
「わたしが何か、いけなかったんですか」
「そういうことではありません」
女の人がすぐに言った。
「杉本さんが親権者としてふさわしくない、という申立てではないんです。お父さんも、親として関わりたいということです。それと、親子交流。以前は面会交流と言っていたものですね。月に何回、お嬢さんとお父さんが会うか。その取り決めです」
わたしは膝の上で手を組んだ。
「十年、一度も会いたいと言わなかったんですよ」
「そう伺っています」
「養育費は、ちゃんと払ってもらっています。それは、ありがたいと思っています。でも、会いたいとは一度も」
「はい」
「それが、なんで今」
二人は顔を見合わせた。男の人が、手元の書類をめくった。
「代理人の方から伺っているのは、お嬢さんのご意思を尊重したい、ということです」
「小春の」
「お嬢さんとは、この一年ほど、連絡を取り合っておられるそうです」
*
いったん部屋を出るように言われて、待合室に戻った。
今度は向こうの話を聞く番なのだという。ハンカチを握っていた女の人は、もういなかった。長椅子の端に、誰かが置いていったパンフレットがあった。「子どもにとって望ましい話し合いのために」という題で、表紙に、手をつないだ大人と子どもの絵が描いてあった。大人は二人いて、子どもは真ん中にいた。
三十分ほどして、また呼ばれた。
調停室に戻ると、男の人が、代理人の方からのお話です、と前置きして、書類を読み上げた。
お父さんは、この十年、娘さんに会わずにきたことを悔いておられる。自分から会いたいと言うことは、親権者であるお母さんの生活を乱すことになると考えて、控えてきた。しかし娘さんのほうから連絡があり、娘さんが自分の考えをはっきり持った年齢になったことを知った。法律も変わった。娘さんが望むなら、父親として関わりたい。
「それと」
男の人は書類から目を上げた。
「お父さんは、お嬢さんが毎朝ハウスに入って、菊を切っていることもご存じでした。白と黄色で切る時期が違うことも。お嬢さんから聞いたそうです」
わたしは、何も言わなかった。
白と黄色で切る時期が違うことを、わたしは小春に教えたことがない。小春は、見て覚えたのだと思う。それを、尚人に話していた。
「杉本さん」
女の人が、わたしの顔をのぞきこんだ。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です」
わたしは、そのあとのことをあまり覚えていない。
いくつか質問をされて、答えた。小春の学校のこと。成績のこと。家での様子。休みの日に何をしているか。
休みの日は、朝の六時にハウスに入る。収穫を手伝って、九時に家に戻る。午前中は宿題をして、午後は部屋にいることが多い。夕方に一度、水やりに出る。夕飯は六時半。風呂は八時。十一時には電気が消える。
わたしは全部、答えられた。
「よく見ておられますね」
女の人が言った。褒めているのだと思った。
最後に、次の期日が決まった。六月の十日。親権のことは時間がかかるので、次の期日では、先に親子交流の取り決めから話し合いましょう、と言われた。
「取り決めというのは」
「月に何回、何時から何時まで、どこで会うか。それを決めて、まず実際にやってみる。お嬢さんがどう感じたかは、調査官が伺います」
「小春が、嫌だと言ったら」
「そのときは、そのように伺います」
わたしは、わかりました、と言った。
帰り際に、女の人が、弁護士さんはつけられないんですか、と聞いた。つけるほどのことではないと思います、とわたしは答えた。女の人はそれ以上何も言わなかった。
*
帰りのバスを待つあいだ、駅前のドラッグストアに入った。
文房具の棚は奥の端にあった。ノートが何種類か並んでいて、わたしはB5の大学ノートを一冊取った。表紙が薄い灰色で、罫線の幅が七ミリのものだ。出荷の帳面と同じものだった。
レジで、袋はいりますかと聞かれて、いりません、と言った。
バスに乗ると、駅の北口のロータリーが窓の外を流れていった。ロータリーの向こうに、八階建てのビルが見えた。灰色の壁で、窓が少ない。屋上の縁から、木の枝が少しだけはみ出している。
光明殿だった。
毎週木曜に、わたしが菊を届けているビルだ。裏の搬入口から入って、二階の事務所で伝票に判をもらう。十年、そうしてきた。尚人がどの階にいるのか、わたしは知らない。
*
家に着いたのは、四時過ぎだった。
小春はまだ学校から帰っていなかった。わたしは台所の椅子に座って、ドラッグストアで買ったノートを出した。
表紙にマジックで「記録」と書いた。
一ページ目を開いて、しばらく何を書くか考えた。
出荷の帳面には、決まった書き方がある。日付、天気、温度、本数。書くことが決まっているから、迷わずに書ける。こちらには、まだ決まった書き方がなかった。
小春が帰ってきたら、聞かなければならないことがある。いつから連絡を取っていたのか。どうやって。何を話したのか。
わたしは、それを聞くつもりだった。
聞いて、答えを書いておくつもりだった。
書くことを、先に決めておこうと思った。
日付。何を聞いたか。小春が何と答えたか。そのとき、どんな顔をしていたか。出荷の帳面に色と本数の欄があるように、こちらにも欄を作っておけば、迷わずに書ける。
わたしは定規を出して、一ページ目の左端に、細い縦の線を一本引いた。線の左に日付を書き、右に中身を書く。それだけの決まりだった。
玄関の戸が開く音がした。ただいま、という声がして、靴を脱ぐ音がした。
わたしはペンを取って、一ページ目の一行目に、今日の日付を書いた。




