たくさんの宝物を貴方と
「エリーゼ、今夜は村で夏祭りが開かれるそうですよ」
昼下がり、クロードが一通の手紙を手に私のところへやってきた。
「お祭り?」
「ええ。毎年この時期に開かれているようで、夜には花火も上がるとか」
「花火!見たい!」
「では、夕方から出かけましょうか」
「うん!」
私は嬉しくなって、すぐに着ていく服を考え始めた。クロードはそんな私を見て微笑んでいる。
「クロードと一緒に行くのは初めてだよね」
「そうですね。あなたと行けるのを楽しみにしていました」
「私も。何着ていこうかな」
「淡い色の浴衣が似合うと思います。あなたに似合うものを選びましょうか」
「クロードが選んでくれるの?」
「ええ。私が着せてあげますから」
そう言われて、なんだか急に照れてしまう。でも彼に選んでもらうのは嬉しい。
夕方になりクロードが用意してくれたのは淡い桃色の浴衣だった。ところどころに小さな花が散りばめられていて、とても可愛らしい。
「わあ、綺麗……」
「あなたに似合うと思って選びました。さあ、着付けましょう」
彼の手が慣れた様子で浴衣を着せていく。元執事だったからか、こういうことも完璧にこなす。
「帯は少し強く締めすぎると苦しいですから、ちょうどよく締めますね」
「うん」
「はい、できました。鏡を見てください」
鏡に映る自分は、いつもと違ってなんだか大人びて見えた。
「すごい、クロード上手」
「あなたを美しく見せるのも私の務めですから」
「またそういうこと言う」
「事実ですよ」
彼も濃紺の着物を着ていて、それがとてもよく似合っている。普段の執事服も素敵だけど和装も新鮮でどきどきする。
「クロードもすごく格好いい」
「ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえると自信がつきます」
「いつも格好いいよ」
「ふふ、今日は特にですか?」
「……もう」
手を繋いで家を出る。外はすっかり暗くなっていて遠くからお囃子の音が聞こえてきた。村の広場に向かう道には提灯が並び、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「すごく綺麗……」
「ええ。でもあなたの方がずっと綺麗ですよ」
「クロード、そういうの恥ずかしいから外では控えて」
「どうしてです?本当のことなのに」
「もう……」
顔が熱くなる。彼はいつもどこでも平然と愛の言葉を口にする。嬉しいけれど、やっぱり恥ずかしい。
広場に着くと、たくさんの屋台が並んでいて人々の楽しそうな声が溢れていた。焼きとうもろこしの香ばしい匂い甘い飴細工の香り。どこを見ても賑やかでわくわくする。
「エリーゼ、何から見ますか?」
「あ、あの金魚すくいやってみたい!」
「では行きましょうか」
金魚すくいの屋台の前に行くと、小さな池に色とりどりの金魚が泳いでいる。
「うまくできるかな……」
「やってみなければわかりませんよ。私も挑戦してみましょう」
二人で並んで金魚すくいを始める。私は慎重にポイを水の中に入れた。狙いを定めてすくい上げようとするけれど、紙が破れてしまう。
「あっ……」
「難しいですね。ですが、諦めないでください」
「うん!」
私は何度も挑戦して、ようやく一匹すくうことができた。
「やった!見てクロード!」
「よくできましたね。とても可愛らしい金魚ですね」
「クロードは?」
「私は三匹です」
「さすが……」
「あなたが楽しそうで何よりです」
屋台の人はおまけだと言って金魚をもう一匹くれた。小さな袋に入れられた金魚がゆらゆらと泳いでいる。
「この子たち、家で飼おうね」
「ええ。大切に育てましょう」
わたあめを買って二人で分け合って食べた。ふわふわで甘くて、口の中でとけていく。
「おいしい……」
「そうですね。あなたの口の周りに砂糖がついていますよ」
クロードがそっと指で私の唇の端を拭う。その仕草が妙に艶っぽくてどきっとした。
「あ、ありがとう……」
「ふふ、どういたしまして」
その後も射的をしたり、輪投げをしたりしてたくさん遊んだ。クロードは何でも上手で射的では大きなぬいぐるみを当ててくれた。
「すごい!クロードかっこいい!」
「あなたのためにですから」
そう言って彼は私にぬいぐるみを差し出す。白い子猫のぬいぐるみで、とてもふわふわしている。
「ありがとう。大切にするね」
「ええ。私の代わりだと思って抱いていてください」
「クロードの代わりにはならないよ」
「それもそうですね。では、今夜は私が直接抱きしめますから」
「またそんなこと言って。外でそういうこと言わないで…」
「すみません、つい」
彼は悪びれもせずに笑う。まったくもう。そうこうしているうちに、空に大きな花火が打ち上がった。
「わあ……!」
色とりどりの光が夜空に咲いては消えていく。その美しさに息を呑んだ。
「綺麗……」
「ええ。本当に」
隣に立つクロードが私の手をぎゅっと握る。私は彼の肩に寄りかかって、花火を見上げた。
「クロード」
「はい」
「連れてきてくれてありがとう」
「こちらこそ。あなたと一緒に見られてよかった」
花火の光が私たちを照らす。彼の横顔がとても優しくて、胸が熱くなる。
「来年も、その先もずっと一緒に見ようね」
「もちろんです。あなたと見る花火は、何よりも特別ですから」
そう言って彼は私の額にそっと口づけた。花火の音が遠くに聞こえる中で、私たちは寄り添い合う。
「エリーゼ、屋台で買った甘酒でも飲みませんか。体が冷えてきたでしょう」
「うん。飲みたい」
「では、あちらに座れる場所がありますから」
彼にエスコートされてベンチに座る。甘酒の入ったカップを受け取ると、湯気が立ち上っていて心まで温かくなる。
「甘くておいしい」
「よかった。少し疲れましたか?」
「うん、でも楽しいからまだ帰りたくない」
「では、もう少しだけここにいましょうか」
「うん」
甘酒を飲みながら、また花火が上がるのを見る。クロードの手が私の手を包み込む。
「今日は本当に楽しいね」
「ええ。あなたの笑顔がたくさん見られて、私も幸せです」
「私も。クロードと一緒だから、何をしても楽しいんだよ」
「それは私の台詞です」
見つめ合って、どちらからともなく笑い合う。祭りの喧騒が遠くに感じられるほど私たちの世界は穏やかで満ち足りていた。
「そろそろ帰りましょうか。遅くなると冷えますから」
「うん」
立ち上がり、また手を繋いで家路につく。提灯の明かりが道を照らし月が私たちを見守っている。
「今日の金魚、名前決めなきゃね」
「そうですね。あなたがつけてあげてください」
「うーん……この赤い子は『ひかり』で、この子は『ゆうひ』。あと、おまけの子は『くろ』」
「なぜ『くろ』なのですか?」
「なんとなく。クロードに似てるから」
「私に似ていますか?」
「うん。黒くてかっこいいから」
「ふふ、それは光栄です」
「あ、クロードが笑った」
「あなたが可愛いことを言うからですよ」
家に着くと、クロードが金魚のための水槽を用意してくれた。金魚たちは新しい家で元気に泳いでいる。
「今日は本当にありがとう。宝物の思い出ができたよ」
「私もです。これからもあなたとたくさんの思い出を作っていきたい」
「うん。約束」
「ええ、約束です」
彼が私を抱きしめて優しく口づける。祭りの夜の余韻に浸りながら、私たちは長い夜をゆっくりと過ごした。
「おやすみ、クロード」
「おやすみなさい、エリーゼ。素敵な夢を」
彼の腕の中で目を閉じる。今日見た花火の光が、まぶたの裏にまだ残っていた。




