Ep.6 /そのハネをオッテ
「……そんな事、あるわけないでしょ!私だって中学の頃からずっと努力してる……!
才能があってもなくても、努力しなければ結果は残せないんだから!」
努力すらも才能の免罪符に矮小化された絶望の淵で、和袴のプライドは音を立てて砕け散り、尊厳の糸がプツリと音を立てて切れる。
その和袴の怒号は、母との喧嘩言葉と言うよりは、母の言葉を真に受けて自己否定してしまう自分への叫びだった。
「……だから―――」
「努力、努力って言うんだったら、お母さんは一度でも努力してる悠楓を褒めたことあるわけ!?」
「……!和袴……」
―――ふざけるな。
否定されたのは自分の実力だけではない。
弟の悠楓に向けられる冷淡な視線、家族という仮面をかぶったこの冷え切った空間のすべてが、耐えがたい熱を帯びて和袴の理性のタガを焼き切っていく。
震える指先が拳を固め、もう二度と引っ込められない言葉の刃が、喉元までせり上がってきた。
そんな和袴を見て悠楓も誇登も察した。
もう、元には戻れない。
「私も、悠楓も、父さんにしか褒められたことないのに……!もう私に突っかかってこないで……!」
「待ちなさい、和袴―――」
和袴はその視線に全身を強ばらせながらも、これ以上引き下がるまいと必死に震える拳を握りしめていた。
バタン、と勢い良く閉じられた和袴の部屋の扉が鋭い音を叫ぶ。
「……一楓、少し落ち着きなさい。あ、悠楓。すまないが、少し母さんと父さんで話をするから、部屋に戻っておいてくれないか?」
「なら、俺はちょっと出かけてくるわ」
視界の端で、誇登が疲労の色を濃くした顔で頭を抱え、一楓が冷ややかな視線をその背中に投げかけているのが映る。
「今帰ってきたばかりなのに、か?」
「あぁ。和袴、あのままだといつまでも部屋から出てこねぇだろ?仕方ねぇから、キムチ鍋でも作ってやるんだよ」
リビングに残された悠楓は、冷え切った床板の木目をじっと見つめたまま、その喉の奥で澱んだ感情を静かに飲み込む。
父に声をかけながら先程投げかけたウィンドブレーカーを手に取り、腕を通した。
「ふっ、そうか。なら、今日の夕飯は悠楓の手作りだな。楽しみにしているぞ」
「……おう」
父の意外な労いの言葉に、悠楓はわずかに目を丸くした。
普段なら気恥ずかしさから皮肉の一つでも返したはずだったが、荒れ果てたリビングの冷え切った空気をこれ以上重くしたくないという想いと、姉を案じる不器用な優しさが胸の奥で複雑に絡み合う。
逃げるようにウィンドブレーカーのジッパーを押し上げながら、悠楓はぶっきらぼうに視線を逸らして短く頷いた―――。




