Ep.4 /カンケイ
「それでは、これにてSQUADHの社員会議を終了します。
モデルレーベル、clownnew-weverさんとのコラボ案件であるモデルユニットの件についてはまた各自、応募者フォームをチェックしておくようにお願いします」
「はい!」
ウィーン。
SQUADHの会議室の空気を満たしていた緊張感が、ホログラムのディスプレイを閉じる音と共にスッと霧散していく。
プロジェクターの光が消え、重厚な防音扉が自動で閉まる無機質な音が、妙に耳に残る静寂を作り出した。
誰もがそれぞれの持ち場へと戻り、今日の業務の続きに取り掛かろうと動き出したその時、SQUADHの社長であり、赤城彩蕗の姉である赤城祈寄の鎮座する社長室の扉を叩く、一人の見慣れた影があった。
篠宮和袴―――大学での課題やSNSの運営とは違う、「社会人」としてのシビアな空気が漂うこの場所で、彼女の胸中を占めていたのは、プロとしての誇りでもデザインへの野心でもなく、紛れもない「身内への罪悪感」だった。
「―――ふぅ」
「すみません、祈寄さん。失礼します」
足元に敷かれた厚手の絨毯を踏み締める音を押し殺しながら、和袴は社長デスクの前へと歩み寄る。
その硬質な足取りには、大学生としての未熟さと、社会人としての最低限のプライドが奇妙なバランスで同居していた。
「あら、和袴。どうしたの?こっちは事務所じゃないよ?」
「あ……いや、社長に紅茶を差し入れに来ただけで……!」
パソコンのディスプレイから顔を上げた祈寄は、緊張に強張った和袴の顔を一瞥すると、どこか面白がるようにふっと柔らかい笑みを零した。
その余裕のある眼差しが、かえって和袴の胸のざわつきをさらに煽り立てる。
咄嗟に取り繕うように差し出したのは、給湯室で淹れてきたばかりのマグカップだった。
湯気が微かに立ち上るその表面に、和袴の落ち着かない横顔が歪んで映り込んでいる。
「ありがとう。頂くね」
「……!よかったです」
祈寄が両手でマグカップを受け取り、ふうっと息を吹きかけて口をつける。
その一連の優雅な動作を、和袴はまるで自分の処刑宣告を待つ罪人のような心持ちで見つめていた。
「それで?私に何か言いたいことでもあるの?」
「え!?どうしてそれを……!」
安堵から思わず零れたその呟きに、祈寄はカップをソーサーに置き、ふと首を傾げた。
図星を突かれた和袴の肩が大きく跳ねる。
隠し事など最初からお見通しだと言わばかりのその瞳に、和袴は自分の浅はかさを恥じるようにうなだれた。
「わかるよ〜。和袴とは長い付き合いだもん!」
「……祈寄さんは、私に弟がいる事知ってますよね?」
祈寄は楽しげに肩をすくめ、デスクの端に肘をついてまっすぐ和袴を見据えた。
その包み込むような視線に背中を押されるようにして、和袴は意を決して喉の奥から言葉を絞り出す。
「悠楓くんでしょ?前に一度会ったけどかっこよくて、要領も良いよね!
……悠楓くんがどうかしたの?」
「その……悠楓が彩蕗とクラスメイト二人と週末ここに来るらしくて……もしかしたらもう祈寄さんの耳にも届いているのではと思って……。
ご存知ありませんでしたか?」
和袴の声音には、隠しきれない焦りと冷や汗が滲んでいた。
祈寄の表情が変わるのを恐れるように、和袴はわずかに身を引く。
「え、!?彩蕗……またやってくれたね……。そんな事になってるなんて知らなかったわ。そうなの?」
祈寄の瞳から、それまでの余裕を伴った柔らかい笑みがふっと消え、一瞬にしてアパレルブランド「SQUADH」の舵を取る「取締役社長」としての鋭い光が宿る。
「はい。本人は巻き込まれたみたいな顔してますけど、満更じゃなさそうだったので一応報告と謝罪を……。
悠楓が本当に申し訳ありません」
「いやいや、和袴も悠楓くんも何も悪くないんだから謝罪しなくて良いって!
私こそ、彩蕗が巻き込んでしまってごめんね……!あ、報告はありがとう。
でも、どうしてわざわざ?私が気づくまで黙ってる事も出来ただろうに」
その予測不能な弟・彩蕗の暴走ぶりに呆れと面白がりが半分ずつ混ざった表情を浮かべた後、彼女はスッと表情を引き締め、和袴の顔を真剣に見据え直したのだ。
「……私は事務員ですので、そう言った事にもきっと携わると思いました。
だから、身内贔屓じゃないって事を、祈寄さんに一応わかってほしかったんです。
祈寄さんに嘘はつきたくないから」
和袴は差し出したマグカップの湯気に視線を落としたまま、ぐっと拳を握りしめた。
組織の歯車として、そして何より―――一番信頼しているこの女性に、不義理な真似だけはしたくなかった。
喉の奥で詰まっていた澱みを絞り出すように、和袴はゆっくりと顔を上げ、祈寄のまっすぐな瞳を真正面から見据えた。
「……そっか。和袴は真面目だね。社長として
こんな良い従業員が慕ってくれて嬉しいよ!」
祈寄の口元に浮かんだのは、上司としてのリップサービスではなく、年上の人間が心からの親愛を込める時に見せる柔らかな笑みだった。
そのあまりにまっすぐな肯定に、和袴の頬が一気に熱を帯びる。
驚きに目を見開いたまま、彼女は綺麗に整えられた社長デスクの木目を凝視した。
頭の回転が早い彼女にしては珍しく、喉元まで出かかった言葉が完全にフリーズし、ただ「私なんか」という謙遜だけが空中で空回りする。
自分が評価されていることへの気恥ずかしさと、この胸の奥を突き抜けるような温かい達成感が同時に押し寄せ、和袴は反射的に両手を太ももの上でギュッと握りしめた。
「そんな和袴に私から直々に、今の仕事は置いておいて、別のある仕事を任せたいんだ。
もちろんできる範囲で、で良いんだけど、どう?」
「仕事、ですか?」




