Ep.3/変わり始めたミライ
「うわ……」
「おとうとくんじゃーん!何々〜?オトモダチと課題してたの?偉いね〜」
彩蕗は目を輝かせながら、面白がるように悠楓の隣へと一歩踏み込む。
そのあまりのマイペースさに、悠楓は顔をしかめてスッとわずかに体を引いた。
「おい、和袴……これどうにかしろよ……」
「これって僕のこと?え、酷くない!?」
助けを求めるように視線を姉へと向けながら、悠楓は苦虫を噛み潰したような顔で低く呟く。
その声音には、気恥ずかしさと居心地の悪さが混ざっていた。
対して彩蕗は胸の前で両手をパッと開き、大げさにショックを受けたような表情を作ってみせる。
その無邪気な芝居がかった仕草が、かえって悠楓をイラつかせる。
「もう……。彩蕗、そこまでにしてあげなさい」
「はーい」
やれやれと言った様子でため息をつきながら、和袴はキッチンカウンターの縁に両手を軽くついた。
呆れつつもどこか楽しんでいるような、親友に対する慣れた眼差しを向ける。
彩蕗は全く反省の色を見せない軽い調子で返事をし、ふわりと揺れるツインテールを揺らしながらフフッと笑った。
「へぇー」
「心底興味なさそうだな……!?」
乾いた感嘆の声を漏らしながら、悠楓は手にしていたシャーペンを再びテーブルの上のノートへとトントンと軽く叩きつける。
その雑すぎる相槌に耐えかねたように、彩蕗は頬を膨らませて思わず突っ込みを入れた。
「ほら、悠楓。和袴さんに頼みたいことがあるんだろう?そんな事言ってたら、いつまでも話が進まないぞ?」
「ぐっ……」
横で見守っていた幸羽は、冷めた紅茶のカップをソーサーに静かに置くと、淀みのない澄んだ瞳で悠楓の横顔をまっすぐに見据えた。
図星を突かれた悠楓の喉がピタリと詰まり、言い返す言葉を失って小さく息を呑む。
「頼みたいこと?」
話の流れにようやく追いついた和袴は、小首をかしげながら不審そうな視線を弟へと向けた。
「その……俺らの友人がSQUADHのファンらしくて、祈寄さんに会わせてほしいって言われてさ……。
そいつには結構助けてもらってるから叶えてやりたくて……」
悠楓は気まずそうに視線を泳がせ、テーブルの木目を指先でなぞりながらぶっきらぼうに言葉を絞り出した。
「そんなの、祈寄さんの都合もあるし無理でしょ」
和袴は当然と言わばかりに腕を組み、冷徹な現実を突きつけるようにピシャリと言い放つ。
「ま、そうなるよな。別に和袴に期待はしてなかったけど」
「はぁ!?期待してないってどういう事よ!ていうか、悠楓はいつも姉を呼び捨てにして……!
頼む時は〝お姉様、お願いします〟でしょ」
鼻で笑うように悠楓は肩をすくめ、わざと冷めた態度をとることで自分の気恥ずかしさを必死に隠そうとした。
そんな弟に姉としてのプライドを刺激された和袴はカッと顔を赤らめ、憤慨したように眉を吊り上げて詰め寄る。
「オネエサマオネガイシマース」
「こいつ……!」
心が全くこもっていない機械的なトーンで、悠楓はそっぽを向いたまま投げやりにつぶやいた。
怒りに震えた和袴の手が、思わず机を叩きそうになるほどプルプルと小さく揺れる。
「まぁまぁ……和袴もおとうとくんも落ち着いて!でも、そっか。
僕のお姉ちゃんに会いたいんだね〜」
荒れ狂う姉弟喧嘩の只中で、彩蕗は全く臆することなくニコニコと楽しげに割って入る。
「まぁ友達が、だけど」
「すみません、いきなりこんな事……」
悠楓は気恥ずかしさを誤魔化すように、ふいっと別の方向へと顔をそむけ、幸羽は少しだけ申し訳なさそうな表情を作りつつ、その場に緊張感をもたらす低音で丁寧に頭を下げた。
「あ、ううん!それは良いんだけど……今じゃなかったら確かに和袴の言う通り無理だったね」
「え?」
彩蕗はパッと表情を切り替え、何やら思いついたようにピョンと小さくその場で跳ねた。
予想外の展開に、悠楓は動きを止めて思わずポカンと間の抜けた声を漏らす。
「今ね、ちょうどSQUADHのモデルユニットを募集してるんだ〜。でも、中々集まらないのかお姉ちゃん苦戦しててねぇ〜。
お姉ちゃんにアポ取っておくからさ、週末SQUADHの本社に遊びに来ない?」
彩蕗の瞳に野心的な光が宿り、リビングの空気が一瞬でピリリと引き締まる。
その提案の大きさに、その場の全員が息を呑んだ。
「え、ちょ、彩蕗……!そんな事して良いの!?」
「わかんないけど、良いでしょ〜。でも、いざとなったら尻ぬぐいお願いね、和袴☆」
一番の当事者であるはずの和袴は、あまりの急展開に目を剥き、青ざめながら友人の肩を激しく揺さぶる。
彩蕗は小悪魔的な笑みを浮かべ、ウインクをしながらあっけらかんと笑ってみせた。
「えぇぇぇぇ……!?」
和袴の絶叫がリビングルームの天井を突き抜け、静かだったはずの放課後の空間は一気に混沌の渦へと飲み込まれていったのだった―――。




