駆け出しの見習い魔術師 ◇メザルの講義
午後からはメザルの私室で議論の時間だった。
簡素な石造りの部屋の天井に、ロディスがともした魔法灯が揺らめいていた。
「さて。民間魔法と体系魔術について、違いがわかるかな?」
塔の賢人、書庫のメザルは、ゆっくりと三人の弟子の顔を見た。
武人を思わせるような鋭い表情をしていた知識の賢人は、弟子たちに議論をさせることが好きだった。
議論の時は、表情が緩んでいるので、不思議だ。
「はい!先生」
シルが、先に口を開く。
「体系魔法は、詠唱や魔法陣、数式や設計図を用いた魔法です。少ない魔力で強力な術を発動できます。私たちのような見習いでも、正確な魔法陣や数式を記憶して、それを正確に発動できれば、一定程度の効果が見込めます」
「よろしい。ではエイラ。何か知っている民間魔法はあるかね?」
エイラは、ミラナに教わった魔法を懸命に思い起こした。
「お湯や水、お茶を出す魔法。服がしわにならない魔法、手がソースで汚れない魔法……生活魔法が多いです」
エイラを見つめるメザルの瞳が好奇心を宿して、輝いた。
「では、民間魔法についてはどう思う?」
新入りには少しいじわるな質問だったが、エイラは師匠に微笑みを向けた。
「民間魔法は、イメージの具現化です」
それを聞いたロディスが驚いたようにエイラを見つめ、メザルは興味深そうに手を組んだ。
「面白い切り口だな。多くの弟子は《《田舎のまじないです》》と答えてきたが――どうしてそう思う?」
エイラは少し考えてから、丁寧に言葉をつないだ。
「民間魔法は、生活の中にある魔法です。薪に火を灯し、桶に水を満たす。特別な呪文は必要ありません。ただ魔力に『こうなればいい』というイメージがこもる。
そして、それが魔法になるんです」
さらに続ける。
「幼いころ、考えたことがあります。もし、氷を知らずに育ったら、氷を出す民間魔法は使えないのではないか、と。体系魔法は繊細です。詠唱や魔法陣が一字でも違えば、使えない。けれど氷を知らなくても、詠唱が正しければいい。魔法陣が正確であればいい。氷を出せます」
エイラは小さく息をついた。
メザルは微笑を浮かべて続きを、待っている。
「けれど民間魔法は、見たことがなければイメージができないので、実現できない。逆にイメージができれば大体でいいし、そのおかげで加減がしやすい。ろうそくとたいまつの火の加減の違いを、イメージで呼び起こし、実現するのが民間魔法なんです」
メザルはうれしそうに頷いた。
「なるほど。では半身の魔法はどうだ? わしの半身はカラスだ。しつこい生き物でね。いじわるをされたら五年は忘れない。おかげで追跡魔法が使える。『覚えろ、追跡せよ』と告げる。これは詠唱か? 体系魔術と言えるのか?」
エイラはほほえんだ。
「半身に、自分の描いたイメージを伝えているのです」
「魂の根でつながっている一心同体の半身に?」
メザルがいたずらっぽい瞳を向ける。
「だからこそです」
エイラが熱い口調でつづけた。
自分とつながっていても同じ。
目的のイメージを明確に描き、それを限りなく強固にすること――。
「例えば、私はへこたれそうになったら、自分に言います」
目を閉じ、物心ついたころからの習慣を思い出す。
「私はしたたかな人間だ。私はあきらめない人間だって。そう言い聞かせると、なりたい自分を強固にイメージできる。つまり、半身に語り掛けることは、自分に言い聞かせるのに似ている。そしてきっと――その声は、魂の奥のもっと深い場所、半身とつながっている所にまで届くのだと」
「すごいじゃない!」
シルが小さく感嘆の声を上げた。
メザルは手を打つ。
「見事、見事! わしを満足させたのは、ロディスとそなた、二人目だ」
ロディスが、驚きと――それ以上の共感を込めた瞳でエイラを見つめ、唇に笑みを含む。
それに微笑み返すと、エイラは緊張がほどけて椅子に身を預けた。
「先生」
シルが、にやにやしながら、手を挙げる。
「先日の火起こしの授業。炉の前に立って、いちいち魔法陣を何重にも展開して詠唱させたのは……今日のための布石でしたね?」
メザルは、はて?と首をかしげ、豊かなひげをしごく。
「そうだったかの?」
弟子たちは思わず顔を見合わせクスクス笑った。
――面白い。学問はこうでなくちゃ。
エイラは心の中でつぶやいた。
(民間魔法こそ、原初の魔法につながるのではないかしら)
そして、胸の奥で決意が芽生える。
――私は、民間魔法や古伝、原初の魔法の研究がしたい。
後で、書庫に行かなくちゃ




