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旅立ちの見習い魔術師 ◇失敗


 そのとき――木々の隙間に、師の影が見えた気がした。




 小石が飛び、術式の中心を撃ち抜いた。


 魔法陣が破裂するように崩れ、蔓が弾け飛ぶ。




 自由になった身体を反射的に起こし、ふらつきながら振り返った。




 ルダはそこにいた。


 その手には、すでに次の石が握られていた。




「……見ていたんですね」




 声が、わずかに震えていた。


 恥ずかしさ。情けなさ。安堵。少しの悔しさ。




「まだだ。気を抜くな」


 ルダは、空いた手で足元の草陰を指さした。




 そこには、もう一つの魔法陣が仕掛けられていた。


 護符だ。




(想定してなかった)




 魔術師がいなくても、わずかな魔力を注げば、呪符に記された術が使える。


 


 元来このような護符の民間使用は、禁止されているが、在野の魔術師が野盗や私兵を相手に商売をしている例は少なからずあった。




「……すみません。焦りました」




 ぽつりと呟くと、ルダが静かに返す。


「今のうちに失敗を積み重ねておけ。下手にうまくいくより、余程いい。今は修行だから大丈夫だ」




 静かだが、力強い声音だった。




「魔術師が命を落とす理由の多くは、慢心と過信だ。


 観察を怠るな。事実の積み重ねだけが、こちらを有利にする」




 それだけ言い残し、ルダは森の奥へ歩き出す。




 エイラは、目を閉じて深く息を吐いた。


 開いた青灰の瞳に、強い光が宿る。




「もう一度。今度こそ、見つけてみせます」




 ****


 再び浮かび上がった光の糸は、さっきよりもはっきりと、強く。




 森が応えてくれている。


(だけど、これだと前と同じ――五感も使わなきゃ)




 魔術に頼らず、細かな物証にも目を配る。


 


 三人の大柄な男の足跡。


 子供を引きずった擦れ跡。


 踏み荒らした下草の折れた枝。




 仕掛けられたいくつもの呪符が示す悪意の魔法陣。


 加えて、自然が記憶した痕跡たちが、エイラの魔力に導かれて息を吹き返していく。




 エイラは拳を握りしめ、森と呼吸を合わせるように歩を進めた。




 やがて木の枝に、小さな布切れが引っかかっているのを見つけた。




 触れた瞬間、胸にかすかな気配が流れ込んできた。


「……いる」




(怯えている。けれどまだ、生きている)




 ――待って。すぐ行く。




 そのとき。




 森の奥から、乱れた衣をまとった男たちが現れた。


 腰には刃物。


 手には縄。




 濁った目つきに、妙な余裕が滲む。


「村に来ていた魔術師の――女の方だな」




 次の瞬間。




 エイラが身構えるよりも早く、乾いた音とともに刃物が弾き飛ぶ。




 振り返る間もなく、次は別の男の首筋に小石が打ち込まれた。




 全員の手元から、あっという間に武器がこぼれ落ちる。


 無言のまま、隠れていた木陰からルダが踏み出す。




 ひとり、またひとり、まるで舞うように急所を突き、全員を地に伏せさせた。




 剣も杖もない。ただ小石と正確な足運びだけで。




 エイラはその様を目に焼き付けた。


 森は再び静まり返った。




 そのとき、小さな泣き声が聞こえた。




 木の根元、岩陰に、縄で縛られたまま震えている小さな子どもの姿が見えた。




「大丈夫、もう平気だよ」




 エイラは駆け寄り、縄をほどいた。


 子どもは涙をあふれさせながら、彼女にしがみつく。




 不埒者たちは、子供をさらって餌にして、未熟な魔術師であるエイラをおびき寄せて捕らえるつもりだった。


 


 二人まとめて、人買いに売ろうとしていたらしい。




 官吏に引き渡せば、ほかの協力者もはっきりするだろう。


 けれど、エイラはあの老人も仲間だったことに、心が疼いた。




 ルダは不埒者たちを手際よく縛り上げ、誇るでもなく、嘲るでもなく、ただ静かに罠に使った呪符を回収していた。




 いつか、この背中に並び、追いつけるだけの力を――。




 不意にルダが振り返った。


「……失敗のあと、冷静に立て直した。見事だ。よくやった」




 静かな声だった。




 けれど確かに、認められた実感がそこにあった。




 エイラの胸に、小さくあたたかな灯がともる。


 (――まずは、厳しくも偉大なこの師との出会いに、感謝しよう)

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