旅立ちの見習い魔術師 ◇旅修行
旅修行が始まった。
修行といっても、派手なものではない。
とても地味だ。
村々を歩き、魔術の用がないかを聞いて回る。
依頼の内容は、荷運びや失せ物探しといった日常の手助けがほとんど。
ときに、山賊の撃退や人さらいの追跡など、戦闘術を要する場面もあるが、それは稀だった。
旅の師匠――ルダは、墓地の整備でも薬草探しでも、面倒な頼まれごとも嫌な顔ひとつ見せない。
ただ、黙々と頼って来るもののために働いた。
どんな村へ行っても町に入っても、自然と人々が彼の周りに集まってくる。
求められているのは、華々しい英雄譚ではない。
塔の魔術師にとっては、人々の暮らしを支えることも責務の一つだ。
それこそが、塔が富貴だけでなく民からも絶大な信頼と敬意を勝ち得て、この世の秩序の一端を担っている所以だ。
それにエイラにとって、この旅は新鮮だった。
塔という特殊な世界を離れ、久しぶりに触れる普通の暮らし。
どこか懐かしくて、少しだけ楽しい地に足のついた生き方。
それも悪くないと、エイラは思った。
石畳の道が、土の小道に変わった。
春先のまだ肌寒い風が畑を渡り、草の匂いを運んできた。
やがて、ふたりがたどり着いたのは、小さな谷あいの村だった。
戸数は二十ほど。
時報せの鐘の音すら届かない、静かな土地だ。
人々は素朴で、礼儀正しく――けれどほんの少し、用心深く魔術師に距離を置いていた。
エイラは村の広場でそっと一歩前に出て、口を開いた。
「……何かお困りのことがあれば。魔術でお手伝いできることもあります」
声はよく通ったが、返事は返ってこない。
「そういう日もある」
ルダが慰めるように言って、 風がひとすじ畑の方から吹いてきた。
◇
次の日も広場に立ち、エイラは慣れた調子で口上を述べた。
失せ者探しを数件頼まれた。
たった数件だったが、依頼を受けるところから自分でこなせたのは、うれしかった。
この旅の中で、少しずつ言葉に自信が出てきたのが自分でもわかる。
隣ではルダが、何も言わず静かに立っていた。
やがて、身なりの小綺麗な老爺がゆっくりと近づいてきた。
その表情には、申し訳なさそうな陰が差している。
「実は──子供が一人、山に入ったきり戻ってこなくての。探してもらえんか」
「山に?」
エイラはすぐに頷いた。
「いつですか? どのあたりでしょうか?」
老人は首を横に振った。
「昼過ぎから、いつのまにか姿が見えようになった。行き先もはっきりせん。いつも遊んでいた辺りは見たんじゃが……足跡が途中で消えておってな。魔物の仕業か、あるいは──」
「足跡は、どこで途絶えたのですか?」
案内されたのは、子供の家から山へ向かう途中のぬかるみ。
確かに足跡はそこまで続いていた。
だが、ぬかるみに入ったあたりで斜めにずれ、引きずられたような痕跡に変わっている。
さらに、部分的には別の足跡によって踏み消されていた。
「……誘拐か」
声にだすと、心臓が締めつけられるような心持になった。
エイラはしゃがみこみ、子供の足跡に指でふれた。
近くの下草をちぎり、手のひらに包み、ふうっと息を吹きかける。
――《《追跡せよ》》。
魔力が応え、淡い光が草の先端にともる。
立ち上がって振り返ると、ルダが少し離れた場所からこちらを見ていた。
言葉はない。
だが、その視線がすべてを語っている。
──見ていてやる。お前がどこまでできるか、示してみろ。
エイラは静かにうなずき、足元に視線を戻した。
うっすらと光の痕跡が視界に浮かび上がっている。
草を踏みしめた微かな跡。
木の幹に残された、小さな手の擦れた跡。
それらが、光の糸でひとつながりに結ばれていく。
エイラはその光を追いながら、音を立てぬように歩き出した。
――大丈夫。迷ってなんかいない。
風が吹き、背中が心細く震える。
でも、前を向いていられる。
師匠が、後ろで見ていてくれる。
けれど、森の奥へ分け入るにつれて、たしかにつかんでいた気配が乱れはじめた。
光の糸がふらふらと揺れ、形を保てなくなる。
魔術の反応が鈍る。
思わず立ち止まり、痕跡に魔力を集中させようとした――そのとき。
ぱしん、と乾いた音が足元で跳ねた。
気づいた瞬間にはもう遅かった。
足元から、網のような蔓が勢いよく巻きついていた。
「っく……!」
反射的に魔術で弾こうとしたが、魔力が霧散し、跳ね返らない。
蔓はただの植物ではなかった。
地面に仕込まれていた魔力吸収の魔法が、魔力を根こそぎ吸い取っていく。
――罠だ。魔術師を狙った、精巧な罠……!
背中をたたきつけられ、地面に押さえつけられる。
冷や汗が噴き出す。
(こんな単純な仕掛け、ふだんなら絶対に見逃さなかったのに!なのに──)
唇を噛む。
急ぎすぎた。
焦った。
子供の姿を思い浮かべ、気が急いていた。
それに、ただの山賊。
魔術に縁の薄い寒村だと、甘く見ていた。
慢心。
悔しさで舌打ちしたくなる。
(……まずい。どうする)




