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旅立ちの見習い魔術師 閑話――ある少年の物語

 彼は泣いていた。


 屋敷の近くに作ったばかりの、小さな塚の前で。




 朝、目覚めると――子猫が死んでいた。


 理由はわからなった。


 昨日まで、ふかふかの前足を膝にかけて遊んでいたのに。




 震える指で、涙をぬぐう。




 近頃、少年の周囲では、生き物の死が続いていた。


 犬。ポニー。鳥。


 大切にしていた命が、次々に失われていく。




 そして――祖母が死んだ。


 医者は寿命だと言った。




 けれど、少年には見分け方がわからなかった。


 この呪いのような何かは、いずれ親や兄にまで及ぶのではないか。




 触れるだけで壊してしまうのではと、胸が凍った。


 兄が偶然、鼻血を出すのを見て、少年は気を失った。




 以来、彼は家族と距離を取るようになった。


 それは自分で選んだ孤独だった。




 けれど、それでも。


 幼い心にはあまりにも深く沁みた。




 話しかける相手もいない昼下がり。




 いつもと同じ森の風景が、やけに遠く思えた。


 ふと、背中に生あたたかな獣の息を感じた。


 かすかに湿った吐息が、うなじに触れる。




 どこか、生臭い。




 子犬が遊びに来てくれたのかもしれない――


 そう思いかけた瞬間、本能がそれを否定した。




 大きすぎる。




 鼻先で首筋を押し、体をこすりつける動きはおぞましいほど執拗で、生々しかった。


「……痛い」




 声を出すと、体がこわばった。


 怖くて、振り返れない。




 強く、目を閉じる。




 そのとき――空気が震えた。


 静かだった森に、風が吹き込む。




 木々がざわめき、ひとしずくの冷気が背筋をなぞった。


 そのとき、どこかで鈴のような音が、ひとつ。




 急に、身体が軽くなった。




 振り返ると、そこに男が立っていた。


 黒髪に、陶器のような白い頬。


 空のように澄んだ青い瞳。




 輪郭の周囲に、細かく煌めく光の粒がふわりと舞っている。




「おまえの魔力は強い」


 男が静かに言った。


「それを狙って、魔獣が集まってきている。このままだと、お前自身が壊れてしまうぞ」




 やさしい響きだった。




 少年の頬が、涙で濡れる。


「お前を護り、導く印をやろう。これで、お前は私の眷属だ。お前の魔力なら、私の力も使いこなせるだろう」




 男は、少年の額にそっと触れた。


 指先は、じんわりと温かい。




 額に白い星が浮かんだ。


 胸の奥の、凍りついたものが――ゆっくりほどけていくようだった。




 そのとき、不意に像が浮かぶ。


 漆黒の毛並み。


 森の影のような狼。




 額には、白い星が清らかに瞬いていた。


 鼻先には、野ばらにも似た淡い香りがした。




 爪の音が、霜を踏むように石を擦る。


 瞳の奥には、遠い光。




「そうだ。それが、おまえの半身だ」




 男が森を指さした。


 緑燃え立つ、その奥を。




「確かめに行け」


 満足げに笑うと、男の姿は風にさらわれるように、ふっと消えた。




 少年は、胸の奥に灯った星を追って――暗い森へと足を踏み入れた。




 それは、少年ロディスの遠い昔の物語。

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