旅立ちの見習い魔術師 ◇閉じた記憶
やがてメザルはゆっくりと目を開いた。
「小言はこれで終いだ。 だが、今回の戦術は、塔のやり方としては前例のないものだった。エイラの羽根による攻撃に、ロディスの《《星の光》》を重ねる合わせ技。
……私の采配もあったとはいえ、見事だった」
エイラは思わず顔を上げる。
メザルはにこやかに微笑んでいた。
「まとめておけ。他の活用法も提案してみろ。それが宿題だ」
「はい、師匠」
師匠たちが席を立ち、部屋をあとにする。
残された三人は、しばらく無言で立ち尽くしていたが――
「……ぷっ」
シルが堪えきれずに吹き出した。
ロディスが、わざとらしく目を丸くして振り返る。
次の瞬間、エイラもつられて笑う。
三人はとうとう、声を立てて笑いこけた。
張りつめていた空気が、風に払われるようにほどけていく。
胸の奥に、温かく言葉にならないものが満ちていた。
――もう、お互いがかけがえのない存在なのだと。
三人とも、確かに実感していた。
やがて笑いの余韻の中で、シルが息を整えて言った。
「エイラが助けたあの子……治療院のミュゼルが直々に診てくれて、順調に回復してるよ。……やっぱりちょっと心配」
ロディスが眉をひそめる。
「……イフェルのことか?」
シルはうなずいた。
「うん。あれだけ執着されてたんだもん。ネメラ――防壁の師匠も、念には念をって防壁を編んでくれてる」
エイラの肩が、わずかにこわばった。
そして、あの子が追われた理由を思い出す。
額に輝いていた、あの白い星。
「……もし、ナアラの星のために狙われたのだとしたら」
ロディスがハッとしたようにこちらを向く。
エイラはゆっくりと言葉を継いだ。
「それなら、同じ星を持つあなたは――大丈夫なの?」
ロディスは答えられず、視線を落とした。
無意識に、額へと手をやる。
「一応、メザルには目立つなっていわれてる」
そこには、子供と同じ――ナアラの白い星。
けれど、その瞬間。
脳裏に、かすかなざわめきが走った。
暗くて、あたたかい、どこか見覚えのある風景。
魔力の波紋のように重なりあう声。
月と星に照らされた円卓。
七人の魔女。
そして――黒銀の梟。
『――あなたは、いずれ白い大梟の娘と出会う』
誰の声だったのか、思い出せない。
「ロディス?」
シルが不安そうに覗き込む。
彼はゆっくりと顔を上げた。
「……少し、話さなきゃいけないことがある」
エイラとシルが静かに顔を見合わせ、うなずく。
「いいよ。話して」
ロディスは唇を結び、そして語り始めた。
「子供のころ……僕は、神隠しにあったことがあるんだ」
沈黙が、空気の温度を変えた。
ロディスは言葉を探し、選び、一つずつ思い出すように語った。
塔に来る前は、両親と兄と暮らしていたこと。
いつのまにか星をもらい、あわいにいたこと。
その場所で、七人の魔女のような者たちと暮らしていたこと。
「全部覚えているわけじゃない。すべてが夢だったような気もする。
でも、本当にあったことだと思う」
ふいに視線を上げ、エイラを見つめる。
「ただ、一つだけ……君に、どうしても確かめたいことがあるんだ」
エイラは無意識に息を止めた。
「君は……黒い梟を抱いた、小さな女の子に、心当たりはある?」
――その瞬間。
胸の奥で、何かが軋んだ。
知らないはずなのに。懐かしさが痛い。
幼い少女の泣き顔。
小さな手の温もり。
やまない咳。泣き腫らした両親の目。
黒銀の羽根の感触。
そして、誰かの声。
『……あの子は、どこへ行ったの?』
ヨナ。
ねえ、ヨナ……
わたしは……なにを……
ぐらりと、世界が傾く。
エイラは膝をついた。
忘れていたはずの痛みが、名を呼ぶと同時に押し寄せる。
「……ヨナ……」
つぶやいた声に、シルが駆け寄った。
「エイラ!? 大丈夫?」
視界が滲み、誰の顔も輪郭を失っていく。
けれど――崩れかけた記憶は、またそっと閉じられていった。
静かに、しずかに。
****
――まだだ。
まだ触れてはならない。
塔の最奥。
守人の部屋で、イラヤがそっと窓を開けた。
「まだだ……そなたらはまだ未熟で、弱い」
夜空に浮かぶ星を見上げながら、彼女は目を閉じる。
塔の夜は、深く静かに更けていった。




