表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

旅立ちの見習い魔術師 ◇ナアラの星

 ──来る。

 エイラは腕を広げ、イメージを具現化する。


 銀色の風切り羽が、男の足元に冷たく降り注いだ。

 ナイフのように鋭く。


 男は舌打ちをし、後ずさる。


 エイラは子供をオークの下草にそっと横たえた。

 魔力が突きかけている。


 でも、絶対に――あいつには触らせない。

 たとえ、この身をあきらめてでも。


 その時。

 背をあずけていたオークの幹が、わずかに震えた。

 頭上から、花のような香りがふっと舞い落ちる。


 懐かしい。

 ミラナと暮らした家の香り。


 ――ああ、これはミラナの意志。

 木に触れた手に、緩やかに蔦が絡まる。

 そこから、あたたかな魔力が流れ込む。


 枯れた心にしみわたるようなこの魔力は……


 ――アイビー?

 アイビーが、魔力を満たすとともに、メザルの意志を伝えてきたのだ。


 こんな時に――

 師匠の細かすぎる指示に、思わず心の中でひそかに苦笑する。


 ――そうだった


 少しずつ、力がみなぎってくる。


 あきらめるなんて、とんでもない

 私は最後まであがく人間だ。


 抗うのだ。

 あらゆる不条理に。


 心に、灯がともった。


 ロディス。

 シル。

 メザル。

 アイビー。

 アリュッタ。


 仲間の意志が流れ込んでくる。

 ――私は、護られている。


 アイビーが分けてくれた魔力を抱いて、もう一度、力を振り絞って飛翔した。

 もう変身している余裕はない。


 青灰の瞳が揺らめき、黒髪がうねる。


 男がまた気持ちの悪い言葉を吐いた。

 それは、もうどうでもいい。


 腕を広げる。

 無数の羽根が、男を狙う。


(メザルの指示どおりに!)


「ロディス――今、来て!!私を助けて!!」


 ****

 その瞬間。


 ロディスは顔を上げた。

 額の星が淡く疼く。


(呼ばれた!――いまだ)


 彼は額の星に触れ、力を籠める。

 エイラは目を閉じる。


 どんな瞬く星々よりも美しい、輝く星を感じた。

 宝玉のように澄んだ翡翠のまなざしが、脳裏にひらめく。


 ロディスの声が、胸に美しく響いた。

 ――星よ、宿れ!


 エイラの羽根に、星の力が宿る。

 光の矢となり、空を切って男を射抜いた。


 醜い最期の顔が、コマ送りのように見える。


 エイラは、初めて笑った。

 避けられるわけがない。

 ロディスは、本当に怒っていたから。


 ――そして、来てくれたのだから。


 空を裂き、星の矢となって舞い上がった身体は、やがて静かに重力に引かれていく。

 燃え尽きるように、空から落ちた。


 意識が遠のく。


 ――しっかりしなきゃ。

 人のまま落ちたら、あの子がけがをしてしまう。


 ロディスと同じ、星を持つ子供。

 護りきった子供。


 本能的に姿を梟に変える。


 まだ残党がいるかもしれない。

 守らなくては。


 落ちるように着地し、子供の上に覆いかぶさった。

 だが――もう、それ以上の力は残されていなかった。


 魔術師の男も、立ち上がろうとするが、何度も落ち葉の中に倒れ込む。


 エイラは、それにはもはや関心がなかった。


 向こうから、星の光を宿したあの人がやってくる。

 翡翠の輝きをまとって。


 私を迎えに来ている。


 意識を手放した。


 ****

 風が裂けた。

 空より現れた影――。


「エイラ!!」


 ひときわまばゆく輝く星を額に宿した少年が、転移魔法陣から抜け出して小さな鳥に駆け寄る。


 怒りに燃えるその瞳の色は、翡翠の色。


 子供の上に羽根を広げ、落ちながらも必死でかばう白梟を見て――。

 いつもは冷静なロディス怒りの揺らめきが、頂点に達した。


 なおもエイラの方へ()おうとする魔術師を見て、血が沸騰する。


(汚らわしい手で、エイラに触れるな!)

 ロディスの指先が、天に伸びかけた。


「――ならん」

 メザルが素早く止めた。


「今宵はイフェルの気配が濃い。やめておけ」


 ロディスは振り払おうとする。

 だが、メザルはその手をがっちりとつかんで離さなかった。


 怒りに満ちた瞳と、静かな覚悟の瞳が交差する。

「もしもやるというなら……わしは命がけでそなたを止めねばならん。そのとっておきは、まだだ。それは大事にとっておけ」


 重苦しい沈黙が、あたりを包む。

 その隙に、魔術師の体を蔦と蜘蛛の網がからめとった。


 ロディスは力を抜き、顔を伏せる。

「……怒りに我を忘れておりました」


 小さく会釈し、急いでエイラと子供の方へ駆けていった。


 メザルはゆっくりと息を吐き、杖を取り出して地面を三度突く。

「イラヤ」


 落ち葉を踏む音。

 誰もが知る塔の守人(もりびと)が姿を現した。


 イラヤはゆっくりと魔術師に近づき、その顔をじっと見つめる。

「……お前を覚えているぞ。ヒスタ。お前の半身は蝙蝠だったはずだ。どこへ行った?あの浅はかな女神に食らわせたのか」


 その口調には、責めるような響きがあった。

 懐から、ひどくねじくれた杖を取り出して、男の額に当てた。


 瑞々しい若葉のような光がほとばしった。

 イフェルの赤い呪いは引き剥がされ、変形し、白いかぎづめのような跡だけが残る。


 男のくぐもったうなり声が、夜の闇に響いた。


 メザルが蔦に命じる。

「連れていけ」


 するすると蔦の塊が、夜の闇に消えていった。

 イラヤは怒りを抑えた声でつぶやく。


「……なんとむごたらしいことだ。愚かな女神よ」


 彼女は魔獣の遺骸を見回し、杖を掲げる。


 遺骸がぐずぐずと崩れ、緑の光の粒となって、うねりを描きながら天空へ立ちのぼった。


「あわいへ還れ」


 ――そして。

 事態は、ようやく収束した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ