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旅立ちの見習い魔術師 ◇星を堕とすもの

小動物たちの襲撃が静まっても、重く、ぬめるような空気が周囲を満たしていた。


 翼を広げ、風を切りながら、エイラは木々の間を滑るように飛ぶ。

 だが――進行方向に微かな違和感を覚えた瞬間、急旋回した。


 子供のそばに降り立つと同時に、変身をとく。

 ――なんて体が重い。

 疲労困憊ひろうこんぱいだった。


 ――それでも、何かがやってくる。

 今までの魔獣とは比べものにならない、異様な気配が。


 黒い外套をまとった人影が、茂みの奥から現れた。


 年若い男。だが片目は濁り、額には赤くただれたような印。


 狂気の香りを漂わせる笑みが浮かんでいた。


「――やはり、君が白の大梟」


 声は震えていたが、陶酔(とうすい)を帯びている。


 魔術師としては、かなりの格上。

 直感が告げていた。


 エイラは子供の小さな体をしっかりと抱きかかえて、目の前の男を睨む。


「その子だけじゃない……君からもナアラの気配がする。

 君にも、ナアラは触れたのか?」


 やわらかな声。愛を語るような響き。

 だが溢れてくるのは異質な気配。


 塔で見たどの魔術師とも違う。


「その額に灯った星。神の触れた証……ああ、なんと美しい」

 見ているのだ。

 腕の中の子供の額に、弱々しく輝く星を。


 エイラはその星を覆うように手で隠した。


 男はうっとりと続ける。

「ナアラさまはね、誰よりも遠く、誰よりも深く、見ていてくださった。

 だが、彼の目は奪われた。彼は真実の愛――イフェル様を見失った。

 あの人間の娘に……アリアナに、すべてを奪われたのだ」


 表情がねじれる。


「だから……君も、その少年も。わたしたちの愛で包まなければならない。

 ナアラさまの触れたものは、全てイフェル様の慈愛のうちにあるべきだから」


 エイラは一歩、後退った。

 理解できないものへの本能的な恐怖。


 そして何より――彼の額に灯る赤い星が、ロディスと同じ場所にあること。

 その事実だけが、いやな実感として胸を突き刺した。


「君たちに、イフェル様の口づけをあげよう。こちら側に来るんだ。

 ナアラの裏切りの証を、正しく塗りつぶすために――」


 その瞬間。

 地を這っていた蔦が、男の足元から一斉に躍り出て、男の胴に、足に、腕に絡みついた。


 塔の網――山狩りだ。

 アイビーとアリュッタの術が、確実に彼を包囲していた。


 エイラは子供を抱き、走る。

 少し離れた場所にオークの木があったのを覚えている。

 そこまで行けば、ミラナの加護に護られる。


 ――この体なんかどうなってもいい。今は走れ!

 疲れきった体に鞭を打ち、必死に走る。


 見えたと思った瞬間。

 右肩に、焼けるような痛みが走った。


 赤い光の矢がかすめ、残光が空気に滲んで消えた。


 ――痛い。


 それでも子供を落とさぬよう、しっかり抱え込む。

 そのまま、目をつけていたオークの木の下へ転がり込んだ。


 勢いが止まらず、硬い木の根で背中をしたたかに打ち付けた。

 息が詰まる。

 肩が焼けるように痛む。


 けれど――ここまで来れば。

「……大丈夫。大丈夫だから」


 抱きしめた子供の髪を撫でる。

 小さな体が震えている。

 額から、弱い星の光がじんわりと温もりを伝えていた。


 オークの木の下は静かだった。

 ミラナが与えてくれた加護。


 地上のあらゆる厄災からエイラを遠ざけるはずの結界。


 けれど。

 目の前に――いる。


 先ほど蔦に絡め取られたはずの魔術師が、いつの間にか結界の前に立っていた。

 結界のぎりぎりの外側。


 イフェルは女神。

 その赤い加護の力は、あまりにも強い。


「美しい……君は、ほんとうに、恐ろしいほどに」

 吐息のような声。


 そのおぞましさに、身震いする。

 男の額の赤い星は、ますます濁っていた。


 両手には光ではなく、澱んだ煙のような気配がまとわりついている。

 女神の気配がこちらをうかがい、舌なめずりしているのを感じた。


「ナアラが君に残した何かが、わたしを呼ぶのだ。

 ――君を通して、ナアラに触れたいのだ」



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