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旅立ちの見習い魔術師 ◇塔の魔術師たち

 エイラは、その意識を白い大梟に溶かし、夢の中を漂うような心持ちでいた。


 我に返ると、群れなす獣たちをひたすら睨んでいた。




 変身したときのことは、よく覚えていない。


 不意に気が付けばここにいた。




 遠見でみたあの子供は、怯えて震えている。




 不思議な感覚だった。


 目の前の獣を睨みながら、周囲の気配も手に取るように分かる。




 遠くから星の煌きらめきが近づいてくるのを感じた。




 ……あれはロディスだ。


 額の星がナアラの加護を振りまくようにして近づいてくる。




 塔の気配も迫っていた。


 賢人やほかの魔術師たちだろう。


 それは、霧のように、静かにこちらへ向かってきていた。




 真下で立ち上がっていた小さな魔獣が、ぱたりと倒れた。




(やっと、倒した!)




 睨みすえ、威圧を加え続けてようやくねじ伏せたのだ。




 息を吐き、今度は翼を打つ。


 先程より、やや大型の獣が円を窄めてくる。


 敵の数は無数。




 種類も少しずつ大型に、より強いものが集まってきていた。


 絶望が喉元から少しずつ這い上がってくる。




(これじゃあ、きりがないわ)




 エイラは下に向かって大きく翼を羽ばたかせる。


 魔獣たちの体が跳ねた。




 幼い子供の顔はよく見えない。


 それでも、微かに――確かに。


 額に、見慣れた星の光が輝いていた。




 ロディスの額に灯る、あの白い星と同じ。


 ナアラの印。




 ナアラが選び、祝福を注いだ者の証。


(守らなきゃ。この子を)




 けれど同時に、疑問が胸をよぎる。




(ロディスも、この子のように危ない目にあったことがあるのかしら?)




 はっとした。


 自分が触れてきたのは、ロディスのほんの一面にすぎない。




 彼の年齢に見合わぬ思慮深さ。


 何かをすでに悟りきったような――翡翠のまなざし。


 それを思い出した瞬間に、焦燥が胸を焼いた。




(ロディスに、会いたい)




 胸の奥に、菩提樹の花房はなぶさのぬくもりがひらいていく。




(シルに、会いたい。みんなに、会いたい)




 エイラは、翼に力をこめた。





 ****


「まったく、いつ見ても感心するよ」




 あきれたように女は言った。


 塔ではあまり見かけない、鮮やかな色合いをまとっている。




 ハシバミ色の髪を緩やかに編み込み、肩に垂らした背の高い女――織工にして初めて塔の賢人となったタペストリー織の魔術師。アリュッタ。




 塔の魔術師は敬意をこめて、『タペストリーの師匠』と呼ぶ。


 南塔の物見台の縁に肘をつき、アイスブルーの瞳で弟子の手先を観察していた。




 蔦が網のように空を這う。




「その蔦、どこまで伸びるんだい?」


「師匠、口ではなく手を動かしてください」




 アイビーのすげない言葉に、アリュッタは肩をすくめて笑った。




「一流の機織り女は、口も手も動かすのさ」




 実際、アリュッタの糸は塔からはるか離れた山の森にびっしりと張り巡らされていた。




 糸は魔獣の足や手に絡み、動きを封じ、やがて息を奪う。




「――これは、イフェルの口づけだね」




 アリュッタは目を細め、糸に絡まった魔獣を見つめる。




「イフェル?」




「わたしら魔術師の始祖、ヴェルナの母――アリアナの恋敵さ。


 ナアラ恋しさに、わたしらを目の敵にしているんだよ」




 アリュッタは続ける。




「ナアラも若いころは火遊びが盛んだったというからね。どっちもどっちかもしれんが……。 イフェルの口づけをひとたび受けると、永遠の渇きに支配された哀れな奴隷にかわってしまう」




 アイビーは眉をひそめた。




「つまり……この魔獣たちは、イフェルに操られた道具というわけですね」




 アリュッタは答えず、弟子の瞳をじっと見つめる。




 そしてゆっくりと唇の端を上げた。




「アイビー。この優しいお師匠さんが、一つ知恵を授けてやろう」




 彼女の声は低く、力強い。




「お前は優秀な魔術師だ。魔力も十分すぎるほど持っている。


 だが、山を覆いつくすほどの網を張るつもりなら、体がもちやしない」




 アイビーの唇がかすかに震える。


 一瞬、手もピクリと揺れた。




「仲間のためになら無茶をしてもいい――そう思うなら、それは今すぐ捨てな。


 それは塔の戦い方じゃない。それは、追い詰められた生き物が最後にすがるやり方だ」




 アリュッタはアイビーを真っ直ぐに見据える。




「そうなる前に、知恵を使え。


 そして――簡単に、自分の命を天秤てんびんに乗せるな」




「では、どんな方法があるんです?」


 アリュッタは欄干に肘を置き、顎を手の甲に預けて微笑んだ。




 ハシバミ色の髪がさらりと頬にかかり、アイスブルーの瞳が自信に満ちる。




「やり方は二つ。 一つ、半身の魂の根をたどれ。あわいの向こうまで魔力を探れ。 あちらの魔力は無尽蔵だ。


 もう一つ、あわいまでたどる余裕がないときは……からめとった魔獣から魔力を吸え。自炊しろ。私らにしかできんやり方だ」




 アリュッタの声が低く響く。


「――ちょうどよい機会だ。見せてやる。お師匠さんの技を盗みな」





 ****


「ロディス、これは――何が起きてんの?」


 シルが眉をひそめ、ロディスを支えながら飛行魔法で地上に降り立った。




 大小さまざまな魔獣の遺骸が転がっている。


 中には蜘蛛の巣や蔦に絡まったものもあった。




「アイビーと、タペストリーの師匠だと思う。……でも、何割かはエイラだ」


「もう!あの子ったら。半身の魔法かしら。――今、どこにいるかわかる?」




 ロディスは小鼻にしわを寄せ、必死に座標をたどる。


 しばらくして、彼は首をよこに振った。




「曇ってきたから、星の光が届かない……僕には不利だな。気配を頼るしかない。……ラジ」




 背後からしなやかな足音。


 額に星を戴く狼が姿を現した。




「エイラを追え」




 ラジは勢いよく走り出す。


 二人も無言でそれを追った。




 進むにつれ、肌にひりつくような違和感が強まっていく。


 ロディスは眉をひそめた。




 ――エイラは無事なのか。




 突然、先頭のラジが立ち止まる。


 左右に数歩進んでは止まり、牙をむいて低いうなり声をあげた。


 異形の気配を見定めたように。




 その時、低いカラスの鳴き声が響いた。




「メザル!!」




 カラスは旋回して舞い降り、ロディスの肩に止まる。




 そのメザルの半身は、まさにメザルの声ではっきりと告げた。




「ロディス、ここで待て」


 不思議と違和感はない。




「塔は山狩りを開始した。アイビーがエイラの気配をつかんでいる。……彼女は無事だ」




 ロディスとシルは、顔を見合わせて、わずかに息をついた。




「わしも、すぐ合流する」




 ロディスはカラスを両手で持ち上げて、その黒い瞳を見すえる。


「師匠、私たちにもエイラの場所を共有してください」




 カラスは小首をかしげる。




 と、思わぬ方角から、低い声が飛んだ。


「――ならん」




 二人がハッと振り返ると、そこには、いつの間にか本物のメザルが立っていた。


「お前たちは、わしのそばを離れるな。……特に、ロディス」




 メザルの目が細くなる。




 ロディスの額を指し示し、低く告げた。


「この先に、おまえのその星を堕おとすものがいる。だからこそ、わしが指示するまで、勝手な行動は許さん」




 その意図を汲んだロディスの背がこわばった。


 本能的な、女神への恐怖。




「追われておる子供は、星を持っておる。おまえまで、二の舞いにするわけにはいかん」




 メザルは、笑みを含んでゆっくりとひげをしごいた。


「……何も、帰れとは言っておらん」




 ロディスが思わず師の顔を仰ぐと、メザルは大きく頷いた。


「ついてこい。お前の手も借りるぞ。――師のやり方を見ておれ」

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