表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

旅立ちの見習い魔術師 ◇飛翔

 「うわ、怖い!」


 ふらふらと上下するロディスの軌道に、エイラが横からそっと手を添える。




「ほら、重心を意識して。風に任せるんじゃなく、気流を意識して」


「それが難しいんだってば……なんだか、上にぐんぐん引き上げられるんだ」




 やりとりに笑い声が重なり、シルが後ろからついてくる。


「二人とも、落ちないでよー!」




 塔を出て向かったのは、緑の蔦に覆われた古城。


 半ば廃墟ながら、まだしっかり建っていて、魔術師見習いたちの格好の息抜きの場でもあった。




 飛行訓練を終えた三人は、大広間に入る。


 打ち捨てられた床には薄いヒビが入り、蜘蛛の巣が下がっていた。




「うーん、よし、ちょっと待ってて!」


 シルが両手を広げ、深く息を吸った。




 冷たい床に小さな芽が生え、大木となり、枝を広げていく。


 黄色いシャンデリアのような菩提樹の花が咲き、足元には緑の下草が絨毯のように広がった。




「すごい……」


「いい香りだ」




 ロディスとエイラが思わず拍手する。




「魔力も回復できるからね。帰り道も元気いっぱいだよ」


 


 肉団子、ジャガイモとキノコの炒め物、エンドウ豆と卵のサラダ。


 ふわふわの白いパン。




 シルの作った素朴な料理を囲みながら、笑い合う時間。




「ねえ、エイラ。この前言ってた、指がべとべとしない魔法、教えてよ!」


 シルが指についたソースを舐なめながら、言った。




「あのね。指に何もくっつかないイメージで魔力を込めるの。おやつを食べながら魔導書を読むのに便利なんだ」




 シルの目が輝く。


「できそう! ……あ、できた!」




「じゃあ、僕は、固い椅子が柔らかくなる魔法を教えてあげるよ」


 ロディスが得意げに胸を反らした。




「お説教されるときに使えそう」


 シルが前のめりになった。




「お説教はいやよ」


 エイラが口を尖らせる。




「ほかにもあるよ。先輩に教えてもらった魔法があって」


 ロディスが指を折りながら数え始める。


「おいしくないごはんがおいしく感じる魔法。それから、適当な返事をドアがしてくれる魔法。音が漏れない魔法。宿のドアを破られない方法。それから初めてでも――っ……あ、これはなし」




 シルがつんつんとロディスをつついた。


「なあに? ロディス、教えなさーい」




 ロディスは真っ赤になって膝を抱え、顔を埋める。


「だめ!これは塔の男子に伝わる大事な魔法だから、女の子には教えないんだ」




「吐かせよう! 手伝って――こちょこちょこちょ!」


「わーやめろ!!」




 エイラはお腹を抱えて笑った。


「あはははは!」


 散々笑い転げた後。




 エイラが布にくるんだ果実を三つ取り出す。


 ロディスが目を丸くした。




「また珍しいのを……桃だろ? 塔の庭で?」




「うん。アイビーが、今朝の風でちょうど熟うれたってくれたの。


 ちょっと酸っぱいけど、おいしいよ」




 ロディスとシルが手を伸ばす。


 その果実を一口かじろうとした瞬間――。




 エイラは、突如としてざらついた風に包まれた気がした。


 手からポロリと桃が落ちる。




「……?」


 いぶかしげにロディスがこちらを向く。




 ふわりと鼻先を風が撫でた。


 恐怖と悲鳴が、耳ではなく、魂に直接、言葉にならない音の波として押し寄せてくる。 




 気がつけば、エイラは険しい表情で立ち上がっていた。




「どうしたの?」


 ロディスの問いが終わる前に、彼女は急せき立てられるように広間を出て行った。




 シルとロディスは顔を見合わせ、慌てて後を追う。




 エイラは夢の中にいるようだった。




 遠目を使うつもりなどなかった。


 けれど今、はっきりと見える。




 目の前の景色とは別に、脳に直接映し出されるように。




 子供が追われている。幼い子だ。


 暗い眼光をした、大きなネズミのような獣が、その子を追っていた。




 どう見ても、子供には不利だ。




 ――かわいそうに。




 遠い日に、誰かが言った言葉が重なる。




 ――かわいそうに。




 理不尽にむしり取られる、小さな命。


 子供を追う獣の額に、何かが見えた。




 赤い星。


 ――イフェルの印。




 あの女神の舌先が触れたもの。




 体が熱くなる。


 濁流のような感情が沸き起こる。




(――ああ、憎たらしいイフェル)




 ロディスとシルが古城のバルコニーでエイラを見つけたとき、


 彼女は飛行魔法で宙に浮かんでいた。




 黒く長い髪がたなびき、青灰色の瞳は青い炎を宿してらんらんと輝いている。


 二人は――ひどく美しく、そして恐ろしいものを見ているようで、息を殺した。




 エイラの体に、小さな光の粒がまとわりつく。


 その輪郭が無数の光に変わったかと思うと、まばゆい残光を残して掻き消えた。




 ロディスは、ふわりと舞い落ちてきた一片の白羽根を両手で受け止める。




「ちょっと、何が何だかわからないけど……ロディス」


 少しかすれた声で、シルが彼を振り返った。




「――何からはじめようか?」




 


 ****


 ロディスの背中が、緊張で張りつめていた。


 バルコニーの縁に立ち、エイラが見ていた方角へ目を凝らす。




(――いつもの遠見ではよく見えない)




 シルは傍らで、両耳に手を当て、目を閉じた。


『樹下に集いし、我らの友よ。私に声を聞かせておくれ――』




 さまざまな生き物の声が流れ込む。


 必要な情報を拾うため、シルは静かに深呼吸をした。




(聞き洩らさない。どこかにある、確かな異変を)




 その時――無数の砂粒の中から、小さな光を拾うような感覚が走る。


「ロディス! 十時方向の山!」




 ロディスはその方角を見据え、右手の指先で額の星に触れた。


 額の力を使うことは、非常時以外は避けてきた。




(今はためらわない!)




 それではっきりと見えた。




 子供が追い詰められ、後ずさっている。


 気味の悪いイタチのような魔獣が、じりじりと取り囲んでいた。




(――だが、襲いかかってはこない)




 類円形に間合いを取ったまま、魔獣まじゅうのような異形は動けずにいる。


 静かな怒気どきに射すくめられたかのように。




 視線を上げれば――暗い森を照らすように、一羽の真っ白な大梟が光を浴びて、太い幹に止まっていた。




 蒼い眼差しは、夜の獣どもを射抜く刃。


 圧倒的な力量の差を、魔獣たちは本能で悟っていた。




 ――エイラだ。




 胸が締めつけられる。




 ロディスは目を開き、短く告げた。


「いた!見つけた。共有する」




 シルが手を差し出し、ロディスがそれをつかむ。


 ロディスが見た映像が、シルの脳に流れ込む。




 シルは瞬きもせずそれを見つめた。


「あらら……思ったより、かなりピンチだね。メザルに伝える」




 シルが目を伏せ、呼びかける。


「翼の早い子――来て」




 一羽の燕つばめが吸い寄せられるように滑り込んできた。


 シルは目を閉じ、言葉ではなく心でイメージを伝える。




 燕が鋭く鳴き、素早く飛び去った。




「……メザルの半身はカラスだろ?」


 ロディスが心配そうに問う。




「知らないの?カラスって、ほかの鳥と話せるんだよ」




 シルは後ろを振り返り、ロディスに向かってはっきりと告げた。


「大丈夫、追える。――きっと、見つけられるよ、わたしたちなら」




 ロディスは頷き、半身を呼ぶ。




 ほど遠からぬ場所で――。




 額に星を戴く古き狼、ラジの遠吠えが響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ