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駆け出しの見習い魔術 ◇駆け引き

 王は私室の椅子にもたれて、しばし天井を見上げていた。

 高窓から差す光が、白髪をやわらかく照らしている。


 物思いに沈みながら、ゲームの駒をつまんで手の中で弄んでいた。


 傍らに控える老騎士ルセルが、慎重に口を開いた。

「……いかがでしたか、陛下。エイラ姫様は」


 王はしばし沈黙ののち、ぽつりと漏らした。

「見違えたな」


「お健やかにお育ちでした」

 ルセルが応じると、ひじ掛けに体を預けて、先ほどの光景を思い出すように微笑んだ。

「容姿に恵まれ、知恵がある。 臆することなく己を通し、考え、学び、行動できる

 ――ああいう姫こそ、本来、王族の娘の務めを果たせる資質を持っている」


 その口調に、好奇心が混じっているのを聞き逃さずに、ルセルが問いを重ねた。

「では、いずれ宮廷にお迎えになると?」


 王はふっと笑みをにじませ、首を横に振った。

「もし、わしが野心に満ちた王であればな。 いずれと言わず、さっそく姫の肖像画を各国に送りつけていたであろうよ。だが今は――弟一族のように魔術を選んだあの姫の、これからの行く先を、この目で見てみたいような気がするのだ」


 その声は父のような響きをもっていたが、同時に国を背負う者の孤独もにじませていた。


「王位に不要な者は山ほどいる。だが、託せる者は――ほんのひと握り。そういう者には野心がない。思惑通りには、いかぬものだな」


「心中お察し申し上げます」

 ルセルは、深く頭を垂れた。


「塔には定期的に姫の成長について報告させよ。 また、姫の教育に満足している証として、塔には褒賞を与えよ」



 ****

 お仕着せの馬車の中で、エイラは物思いにふけっていた。


 結局、その後、ロディスの姿は見つからなかった。

 彼は五年もの間、一度も家族のもとに帰省していないという。


 今ごろは家族水入らずの時間を過ごしているのかもしれない。


(こっそり来て見守っているあたりが、彼らしい。きっと、シルの差し金ね)

 でも、あの一瞬のためだけにあの場にいてくれたことが、何より胸を温めた。


 ふと、謁見で口にした自分の言葉を思い出す。


(生涯をかけて信頼し合える、誠実な友)


 シルやロディスのことが浮かんで、胸の奥に、温かいものが満ちた。

 あのふたりと、いつまでも一緒にいたい。


 たとえ、いずれ別の道を歩くことになっても。

 ずっと、どこかで繋がっていたい。


 くだらないおしゃべりをしたり、おいしいごはんを食べたり、みんなで本を読んで感想を言いあったりしていたい。


 エイラは、馬車の垂れ絹をそっとめくる。

 もう塔は近い。


 いつの間に市街地を抜けたのか、見慣れた荒れ地が広がっていた。


 荒地の光景が後ろに流れていくのを眺めていると、謁見での出来事が思い出された。


 王の問いはまっすぐで、けれど、優しかった。


 だが、それに甘えていてはいけない。

 望まない運命に引き寄せられてしまわないよう、用心しておかなくては。


 私の立場は、とても軽い。 両親はすでに他界し、後見人もいない。


 王は、そんな幼い私を政争の外に置き、ミラナに託した。


 そして今に至るまで、王族の娘としての義務を何ひとつ迫ってはこなかった。


 それは身寄りを亡くした私へ情か、それとも知略か ――おそらくは、その両方だろう。


(いずれ、お前をまた問う機会が訪れる)


 王はそう言った。


 王の考えが変われば。

 あるいは――王がこの世を去れば。


 あの広間でのさざめき。

 見ようによっては、私の存在など、所詮は使い勝手のよい道具に過ぎない。


(――そうだ)


 やはり、私の立場はあまりに軽い。 そして、築き上げてきた足場はあまりに脆い。


 ならば――。

 私はその前に、足元を固めねばならない。


 私の生きる道が、誰かの思惑に左右されぬように。


 この一生が、一瞬の隙もなく。

 そのすべてが、私のものであるように。


 ――窓越しに見上げた塔の上空には、揺るぎない光を放つ一等星が輝いていた。


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