駆け出しの見習い魔術 ◇駆け引き
王は私室の椅子にもたれて、しばし天井を見上げていた。
高窓から差す光が、白髪をやわらかく照らしている。
物思いに沈みながら、ゲームの駒をつまんで手の中で弄んでいた。
傍らに控える老騎士ルセルが、慎重に口を開いた。
「……いかがでしたか、陛下。エイラ姫様は」
王はしばし沈黙ののち、ぽつりと漏らした。
「見違えたな」
「お健やかにお育ちでした」
ルセルが応じると、ひじ掛けに体を預けて、先ほどの光景を思い出すように微笑んだ。
「容姿に恵まれ、知恵がある。 臆することなく己を通し、考え、学び、行動できる
――ああいう姫こそ、本来、王族の娘の務めを果たせる資質を持っている」
その口調に、好奇心が混じっているのを聞き逃さずに、ルセルが問いを重ねた。
「では、いずれ宮廷にお迎えになると?」
王はふっと笑みをにじませ、首を横に振った。
「もし、わしが野心に満ちた王であればな。 いずれと言わず、さっそく姫の肖像画を各国に送りつけていたであろうよ。だが今は――弟一族のように魔術を選んだあの姫の、これからの行く先を、この目で見てみたいような気がするのだ」
その声は父のような響きをもっていたが、同時に国を背負う者の孤独もにじませていた。
「王位に不要な者は山ほどいる。だが、託せる者は――ほんのひと握り。そういう者には野心がない。思惑通りには、いかぬものだな」
「心中お察し申し上げます」
ルセルは、深く頭を垂れた。
「塔には定期的に姫の成長について報告させよ。 また、姫の教育に満足している証として、塔には褒賞を与えよ」
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お仕着せの馬車の中で、エイラは物思いにふけっていた。
結局、その後、ロディスの姿は見つからなかった。
彼は五年もの間、一度も家族のもとに帰省していないという。
今ごろは家族水入らずの時間を過ごしているのかもしれない。
(こっそり来て見守っているあたりが、彼らしい。きっと、シルの差し金ね)
でも、あの一瞬のためだけにあの場にいてくれたことが、何より胸を温めた。
ふと、謁見で口にした自分の言葉を思い出す。
(生涯をかけて信頼し合える、誠実な友)
シルやロディスのことが浮かんで、胸の奥に、温かいものが満ちた。
あのふたりと、いつまでも一緒にいたい。
たとえ、いずれ別の道を歩くことになっても。
ずっと、どこかで繋がっていたい。
くだらないおしゃべりをしたり、おいしいごはんを食べたり、みんなで本を読んで感想を言いあったりしていたい。
エイラは、馬車の垂れ絹をそっとめくる。
もう塔は近い。
いつの間に市街地を抜けたのか、見慣れた荒れ地が広がっていた。
荒地の光景が後ろに流れていくのを眺めていると、謁見での出来事が思い出された。
王の問いはまっすぐで、けれど、優しかった。
だが、それに甘えていてはいけない。
望まない運命に引き寄せられてしまわないよう、用心しておかなくては。
私の立場は、とても軽い。 両親はすでに他界し、後見人もいない。
王は、そんな幼い私を政争の外に置き、ミラナに託した。
そして今に至るまで、王族の娘としての義務を何ひとつ迫ってはこなかった。
それは身寄りを亡くした私へ情か、それとも知略か ――おそらくは、その両方だろう。
(いずれ、お前をまた問う機会が訪れる)
王はそう言った。
王の考えが変われば。
あるいは――王がこの世を去れば。
あの広間でのさざめき。
見ようによっては、私の存在など、所詮は使い勝手のよい道具に過ぎない。
(――そうだ)
やはり、私の立場はあまりに軽い。 そして、築き上げてきた足場はあまりに脆い。
ならば――。
私はその前に、足元を固めねばならない。
私の生きる道が、誰かの思惑に左右されぬように。
この一生が、一瞬の隙もなく。
そのすべてが、私のものであるように。
――窓越しに見上げた塔の上空には、揺るぎない光を放つ一等星が輝いていた。




