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『想い出』と真実

幸せだった日々を崩してしまった一通の手紙。

鮮明に思い出せる。



「三回生の中頃、母から写真付きの手紙が届いたんだったよね。

それは、僕の婚約者の写真だった。僕は鷺坂家の跡取りだから、母がもう既に僕に許婚を用意していたんだ。

僕はきみと愛し合っていた。もちろん結婚なんてしたくなかった。でも家には逆らえない。僕の家は地元でも有名な旧家だったからね。大学進学のときに散々喧嘩して家を飛び出したんだ。もうこれ以上勝手なことはできなかった。たった一通の手紙で、僕らは引き裂かれてしまったんだよね」

僕は海の中に座り込みながら、過去に想いを馳せる。衣服が水を吸って、ぐっしょりと濡れている。隣では、真剣な表情でたつが佇んでいた。一言も発さず、僕の話に耳を傾けている。

「心中しようとしたのは、君の思いつきだったよね。

二人で幸せになる方法は、これしかなかった。母からは逃げられても、どうせ里希からは逃げられない。里希はたつのことを心底憎んでいたからね。なんとしてでも僕と君の仲を引き裂こうとしただろう」

僕は、先ほどの里希の表情を思い出していた。苦渋の表情で、たつのことを『あんな男』と呼んでいた。昔はたつのことも気に入ってよく懐いていた筈なのに、いつ歯車が狂ってしまったんだろうか。

「そして、9月21日の深夜。君は僕が大好きだったこの海を選んでくれた。僕らは二人で海に行き、一緒に入水した。僕は最期まで、君の温かい手を握っていた」

僕はそこで言葉を切り、たつを見上げた。たつは相変わらず真面目くさった顔をして、僕を見下ろしている。

僕は涙を堪え、笑って言った。

「でも、僕たちは失敗したんだね」

その言葉を口に出してしまうと、急に現実味を帯びて、僕の胸に突き刺さる。堪えていた涙が、ついに溢れ出た。

「君だけが死んで、僕は生き残ってしまったんだ……。しかも命よりも大切だった、君との『想い出』さえも忘れて!」

僕は自分自身が許せなくて、声を上げて泣いた。

「ごめん、ごめんね、たつ。一緒に逝ってあげられなくて、ごめん……」

泣きじゃくりながら、謝罪の言葉を口にする。どれだけ謝っても、もう過ぎたことは変えられないのに。

それまで黙っていた彼が、徐に口を開いた。なぜかその目元は不敵に笑っていた。

「そんなに泣くなよ美希。せっかくの綺麗な顔が台無しだろ?

それに、俺は美希のこと恨んじゃいないぜ。恨んでたからきみのとこに幽霊として化けて出たわけじゃないんだぜ」

たつは不自然にそこで言葉を区切ると、屈みこんで僕の頬に触れた。海風に晒されてすっかり冷えた僕の頬を、優しく包み込んだ。たつは微笑んで言った。

「俺は、美希を呼びに来たんだ」

きょとんとしている僕に、たつは言葉を畳み掛ける。

「俺は死んで美希は生き残ってしまったが、まだ終わっちゃいないぜ。美希が俺を諦めて生きていくっていうんなら、俺たちの計画は失敗さ。

でも、美希が俺を追いかけてくれるなら、多少の紆余曲折はあったにせよ、目標は達成できるじゃないか」

「追いかける?……それって」

「そう。もう一度、死ねばいいんだよ」

たつは満面の笑みを浮かべて言った。

答えが思い浮かばず、言い淀んでいる僕なんて構いもせず、たつは弾んだ声で続ける。

「もう失敗なんてさせない。俺がついてるから。俺がいつまでも美希の手を握っててやるよ」

たつは嬉しそうに笑っていた。優しい眼差しで、僕を見ていた。

「だからさ……美希。もう一度、俺と一緒に死のう」



僕は足枷が取れたかのように、すっきりと心が晴れた。

思い悩むことなんてないじゃないか。僕は最初からこうなりたかったはずだ。

一刻も早く、たつの元へ行き、たつに触れたい。こんな温度も感触もない冷たいたつじゃなくて、僕を愛してくれる、温かくて優しいたつに、僕は会いたい。

僕は心を決めて、立ち上がった。たつは嬉しそうに僕の手を握る。

「たつ、僕も君のところへ行くよ」

「待ってるよ、美希」

僕は彼の唇に、自分の唇を重ねた。こんなに近くにいるのに、彼の温かさは何一つ伝わらない。早く、本物の彼とキスがしたい。

「行こう、たつ。一刻も早く、君に会いたいんだ」

たつは嬉しそうに笑いながら、僕に寄り添ってくれた。死ぬのが怖くないなんて言ったら嘘になるけど、僕にはたつがついている。僕を愛してくれる、大好きなたつがそばにいる。


僕は彼の手をしっかり握りながら、冷たい海へ歩き出した。




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