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『想い出』と僕らの気持ち

朝目が覚めると、いつも通り巽くんは僕のベッドの側に佇んでいた。僕が目を覚ましたのに気がつくと、嬉しそうに笑った。

「おはよう!気分はどうだ?」

身を起こしながら答える。

「おはよう、巽くん。気分は、だいぶいいよ」

「そうか。なら良かった」

毎朝恒例のやり取りだ。朝目が覚めると、巽くんは必ず僕の体調を尋ねるのだ。


しばらく彼と話していると、検温のために看護師がやってきた。されるがままに身を任せていると、室外が騒がしいのに気がついた。ばたばたと慌ただしく走る音も聞こえる。

「……どうかしたんですか?外、随分騒がしいみたいですけど」

不意に尋ねると、看護師は心底驚いたような顔をしてから、バツが悪そうに顔を歪めた。

「ごめんなさいね、ちょっと慌ただしいことがあって。気をつけるよう言っておきますね」

適当に誤魔化された。それきり無言になった看護師はてきぱきと検温を済ませると、さっさと病室を去って行った。

検温の間、暇を持て余して空中で寛いでいた彼に問いかける。

「なんかあったの?」

「ん?……隣の病室にいた多岐尊という小学生の子どもが今朝息を引き取ったらしい。そのせいじゃないのか?」

「そうなんだ……。でも、言い方悪くなっちゃうけど、それだけでこんなに騒がしくなるもんかな。珍しいことじゃないよね?」

「あぁ。なんでも、多岐尊がいた場所がおかしかったんだってよ。自室じゃなくて、5階の別の人の、えーと確か茅野司とかいったな。そいつの病室にいたんだってさ。茅野司と寄り添うように死んでいたらしい」

「へぇ……。なんか、心中したみたいだね」

何気なくそう言うと、巽くんはどこか虚ろな瞳で僕を見た。

「どうかした?僕、変なこと言った?」

巽くんはハッと我に帰ると、慌てて首を振った。

「いやいや、なんでもない。大丈夫だ」

巽くんは笑顔を取り戻して、

「じゃあ、昨日の続きを話そうか。

無事試験に合格した俺たちが通ったのは、校舎から海が見える男子高校。多分、この病院の屋上にでも行けば見えるかもしれないな。きみは特別海が好きだった。だから、毎日海の見える場所でお昼食べて、月に二回くらいは放課後海に遊びに行ったりもしたんだぜ。

一番楽しかったのは……文化祭かな。2年の夏頃、三年に一度の文化祭が行われた。俺たちのクラスの演し物は劇だった。演目はハムレット。男子校だからな、もちろん女役も男が演じる。俺は照明係だったけど、美希はなんと主役に抜擢さ!オフィーリアの名シーンは、最高に綺麗だったよ。

あとは……高校時代を語る上で外せないのは、やっぱり修学旅行だな。京都に行ったんだ。八つ橋食ったり、抹茶点てたり、今思えば、食ってばっかだったな。

そして、最終日の夜に、初めてきみとキスをした。あのときは飛び上がる程嬉しかったんだぜ。

長年積み上げてきた友情が壊れてしまうかもと思って、なかなかきみに告白できなかったんだ。でも、俺ときみは同じ想いだったんだよ。笑っちゃうよな。長い間、俺たちは互いの腹を探り合って、すれ違ってたんだ」

巽くんはベッドに腰掛けて、僕の唇にそっと触れた。熱の篭った視線で僕を見つめる。

「美希、きみはこれっぽっちも覚えていないのか?あの頃のことを!」

巽くんは声を荒げて言った。でも僕は彼の期待に応えられない。

「……ごめんね、巽くん。君との大切な『思い出』のこと、全然思い出せないんだ」

巽くんは僕の言葉を聞いて、涙を流した……ように見えた。彼は実体を持たないから、涙さえ流せないのだ。

「ごめん、巽くん。ごめんね……」

壊れたレコードのように、僕は繰り返す。不意に、巽くんは目元を払う仕草をして、突如笑顔を取り戻した。

「わかってる。きみは悪くない。俺がいつまでも引き擦ってるだけなんだ」

巽くんはいつもしてくれるように、僕の額に口付けた。

「でも、まだ俺は諦めないからな……」

そう呟くと、僕の頬をひと撫でして、宙に消えていった。見計らったかのように、病室のドアが開いて看護師が入ってきた。その手には朝食の盆が携えられている。

看護師は手際よく朝食を用意すると、検診があるという旨を伝えて出て行った。先ほどの慌ただしさは感じなかった。


味の薄い病院食を食べ終えて、しばらく惚けていると、担当医師の江木先生が看護師を連れてやってきた。

「おはよう、鷺坂さん。今朝の調子はどう?」

寝巻きの前をたくし上げて、聴診器を当てられる。金属でできているそれは、肌に触れるとひんやりと冷たくて擽ったい。

「いつもと変わらないです」

舌を診られたり眼球を診られたりしながら答えると、江木先生は訝しげな声を上げた。

「そう?今日はいつもより体温が高かったんだけど……本当に何もない?」

「ええ、だいじょぶです」

江木先生は一通り検診を済ませ、立ち上がった。

「今日は脳の検査をするから、あとでまた呼ぶよ」

僕が頷いたのを見届けると、江木先生は病室を出て行った。

その日はもう巽くんは現れなかった。




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