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『想い出』と海


彼、志摩巽くんは、幽霊だ。

そして、僕は記憶喪失だ。





「きみの名前は、鷺坂美希。歳は21歳。俺と同じ歳だったんだよ」

巽くんは僕が喪った記憶を、ひとつひとつ細かく説明してくれた。医師や家族でさえ知らない、『僕と巽くんの思い出』を、丁寧に教えてくれる。

「だった?」

「俺が死んでから、もう一年経ってるんだよ。だから俺はもう歳をとらない。美希はもう21だけど、俺はまだ20のままなんだ」

「そうなんだ」

彼は幽霊だから、他の人の目には映らない。彼と話していると、周りの人は同情の眼差しで僕を見る。そうして彼らは口を揃えてこう言うのだ。

『かわいそうに。記憶喪失のショックで、幻覚まで見えるようになって』

巽くんは幻覚なんかじゃない。僕はそう思っているけど、本当のところはどうなんだろう。もしかしたら本当に彼は僕が創り出してしまった幻覚で、志摩巽なんて人間は元から存在していないんじゃないのだろうか。

「俺は幻覚なんかじゃないよ。俺はちゃんと志摩巽として20年間生きた人間さ」

巽くんはそう笑い飛ばして、ベッドの周りをふよふよと漂う。巽くんは宙を舞いながら、僕にいろんなことを語る。

「美希、今日は昔話をしよう。俺ときみの馴れ初め話だ。気になってたんだろ?」

目を覚ましてから数週間経ったある日、不意に巽くんは切り出した。僕は黙って頷き、耳を傾ける。

「美希、きみと俺は中学からの親友だったんだ。

中学一年の春、きみが俺に話しかけてくれたのがきっかけだった。俺は中学に入学するときに、この町に引っ越してきたんだ。だから知り合いなんて一人も居なくて、心細かった。でもきみが俺に話しかけてきてくれたおかげで、寂しさなんてすぐに吹っ飛んだよ。

きみとはウマが合って、すぐに仲良くなった。部活も委員会も同じのに所属して、いつも一緒だったんだぜ」

「部活?」

「そう。バレー部だったんだ。俺はもちろんウィングスパイカーだぜ。その方がかっこいいだろ!」

「僕は?」

「きみはいまと変わらずちっこかったからな。きみ、いまでも弟より小さいんだぞ。だから、ずっとリベロだったよ」

そう言って巽くんは片目を瞑った。巽くんは微笑みながら続ける。

「高校も、当たり前のように同じとこに行くと思ってた。でもきみはとっても頭が良くって、俺は全然駄目だったんだ。俺は美希と同じ高校に行きたくて、必死に勉強した。そして、ついに念願叶って同じ高校に進学できた。まぁ、君がランクを一つ下げてくれたおかげなんだけどさ」

そう言って彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「きみと僕は本当に仲が良かったんだね。……それで?それから、僕たちは……」

そこまで言いかけると、巽くんは両手を叩いた。が、そのクラップ音は聞こえなかった。

「さあ、今日はここまでにしとこう、美希。楽しみはとっておきたいだろ?それともきみは、ショートケーキの苺は先に食べてしまうタイプなのかい?」

冗談めかして、彼はくすくすと笑う。その笑い声は、とても聴き心地がよかった。いつもそばで聞いていたような、不思議な安心感がある。

「それに、今日はもう夜遅い。体に障るといけないだろ」

巽くんは窓の外に目を向けた。僕もつられて見ると、窓の外には灯台の灯りが等間隔に点滅していた。僕の病室からは、海が見える。ほとんどは巽くんと過ごすことのほうが多いけれど、独りになったときにはいつも海を眺める。前からの癖なのか、意識してそうしているわけではないのだが、海を見ていると心が安らぐのだ。

僕は灯台の灯りを眺めながら、彼に言った。

「僕はまだ大丈夫だよ、巽くん。だからもう少し話してよ」

「だめだめ。きみは一年も昏睡状態だったんだぞ。忘れてないだろうね?」

「……わかったよ」

話の続きが気になるが、彼の気遣いを無下にはしたくない。僕は渋々了解した。

「そう、いい子だ。おやすみ。また明日」

巽くんは微笑んで僕の頭を撫でた。そして彼は霧のように、フッと姿を消してしまった。

僕は彼に言われた通り、病室の真っ白なベッドに潜り込み、少しだけ黙考した。

巽くんはどうして僕のところへやってくるんだろう。幽霊としてこの世に残っているくらいだから、何か未練があるのだろう。彼と僕は親友の関係にあるらしいけれど、他にも家族とか、恋人とか、大切な人はいるだろうに。彼は僕に何か未練があるのだろうか……



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