第9話 設定
Vtuberには設定というものがある。
それは言わば“もう一人の自分”を形作るための骨格であり、配信者としての人格を補強するための物語であり……要は、Vとしてのキャラ付けだ。
ファンタジー世界の勇者や魔法使い、現代を生きるアイドルや学生、果ては人外や人工知能まで――ライバーによっては、自分の理想像を重ねるように練り上げ、外見や口調、話題の全てを設定に沿って演じ切る者もいれば、ほとんど素のままの自分で活動する者もいる。
「キャラを守る」ことを徹底するタイプは、いわゆるロールプレイヤー気質だ。世界観を壊さぬよう、配信中も一貫してその人格を演じ、どこまでも“虚構の住人”として存在しようとする。
ファンの間でも「プロ意識が高い」と評される一方で、素を隠し続ける負担も少なくない。
逆に、設定をあくまで“飾り”や“入り口”と割り切り、そこにリアルな自分の感情や日常を織り交ぜていくライバーも多い。
彼ら彼女らにとって設定は、自己表現の枠組みであって檻ではない。トークの中で素の笑いや愚痴がこぼれ、それによって生まれる実在感がかえって親しみを生む。
『エコーリンク』のメンバーたちも、その辺りのスタンスは実にバラバラだった。
設定を「役」として徹底的に演じようとする者もいれば、半ば自分自身として配信に臨む者もいる。
だが共通しているのは――どんな形であれ、彼らが“キャラクター”として生きる責任と覚悟を持っているということだ。
これからその末席に名を連ねようとする身として、先達に敬意を払い――デビュー前にしっかりとキャラと向き合わねばなるまい。
「さて、まずは俺のユニットの説明から見るか」
「はーい!」
俺の言葉に、ソファーの隣に座った美冬が元気な声を上げた。
手元のタブレットで事務所から送られてきたPDFを拡大表示して、二人で見れるように配置する。
―――
『新トウキョウ防衛軍第6試験小隊』。
異世界の都市『新トウキョウ』。
その中心部に突如現れた、謎のワープホールを調査すべく編成された試験小隊――それが『新トウキョウ防衛軍第6試験小隊』である。
彼らは配信という形で、もうひとつの世界から「情報」と「感情」を発信する。
―――
「おぉー、かっこいいじゃん! 漫画とかアニメの主人公みたい!」
……確かにどこかで見たような設定だが、俺もなかなかカッコいいと思う。リュウガなんかは露骨にテンションが上がっていたし。
俺たちが生きるこの”地球”と酷似した、けれど決定的に異なる――人類を狙う怪物が出現する異世界。
その怪物たちから都市に住む人々を守るために生まれたのが、二ホン政府直属の『新トウキョウ防衛軍』である。
ある日突然、二ホンの首都である新トウキョウのど真ん中に出現した謎のワープホールの内部を調査するために、正規兵・訓練兵問わず適性のある者が集められたのが……我らが『第6試験小隊』というわけだ。
異世界の存在でありながら現実世界から離れ過ぎず、適度な非日常感を演出する実に都合のいい設定である。
同じ組織に属する仲間として、年齢も性別もバラバラのメンバーに統一感も生まれ、急造の部隊である故にこれから関係を深めるドラマも生まれやすい……というのは縁者側が考えることではないか。
そこで一度思考を打ち切り、画面をスワイプして公式サイト等に掲載予定の俺個人の紹介文を表示させる。
―――
神代アレン(かみしろ・あれん)
第6試験小隊の隊長。冷静沈着な判断力と高い戦闘センスを併せ持つ。
常に部下を思い、的確な指示を出す姿はまさにリーダーの鑑。
一方で、個性的で自由奔放な部下たちに頭を悩ませることも。
―――
……何ともむず痒い気分だ。コレが俺か……。
この紹介文は俺たちが演者として決定してから書かれたものなので、事務所から俺はこういう風に見られている、あるいはこうなることを期待されているということだ。
いや、別にそうでもないか。同事務所の先輩たちの中には、高校生設定で飲酒配信をしたり、異世界の神様設定で日本の地方都市について地元愛を熱く語ったりする人も居るし。
「あはは、お兄ちゃんめちゃくちゃイケメンじゃん! 似てる似てる! あははは!」
「笑いすぎ。そんなに面白いか?」
「ご、ごめんごめん……思ったより似てて、おかしくなっちゃった。紹介もお兄ちゃんにぴったりじゃん」
……まぁあの面子だと必然的に紹介文の通りになる気がする。
”冷静沈着”と”的確な指示”については少し不安が残るが……これでもチームのリーダーにはそれなりの経験がある。どうにか適応してみせようじゃないか。
決意を新たにして、更に画面をスワイプすると……見覚えのない女性Vtuberの立ち絵が表示された。
黄金のロングヘアーに、燃える炎のような赤と凍てつく氷の青のオッドアイ。アイドルさながらの華美な衣装を身に纏い、楽しげな笑みを浮かべるその美少女の名は神城・A・ユミナ。
その名が示す通り、我が妹のVtubeとしての姿である。
「凄い美少女だな……」
「うぇ~? へっへへぇ~♪ お兄ちゃんったら妹のこと好きすぎじゃなぁい? シスコンってやつ?」
「お前じゃなくてユミナの……いや、Vtuberとしてはそれぐらいの自意識の方がいいのか……?」
照れ笑いを浮かべてくねくねする美冬を尻目に、立ち絵の下に記載されたユミナの紹介文に目を通す。
―――
LuminaStage・4期生 神城・A・ユミナ
みんなを笑顔にするために頑張るバーチャルアイドル。
歌とダンスが大大大好き、わたしと一緒に世界中の”好き”を集めに行こう!!
―――
なんともシンプルで分かりやすく、それでいて的を得た文章だ。
いつだって、美冬の根底には”好き”がある。
歌うことが好きで、ゲームもおしゃべりも好き。勉強はちょっと苦手だけど努力することは好き。注目されることも褒められることも好き。
きっとこれから活動していく中で、もっとたくさんのものを好きになって……たくさんの人が、ユミナのことを好きになる。
当然そのたくさんの人の中には、とっくに俺も含まれていて――……違う、そうじゃない。
今考えるべきなのは、この二つの設定をどのように辻褄を合わせるかであり、そのアイデアは既に俺と2人のマネージャーの間で作り上げていた。
「いいか、美冬。俺──アレンとユミナはかつてこの新トウキョウで一緒に暮らしていたが、ある日突然ユミナが姿を消して生き別れてしまった。アレンは消えた妹の行方を探し求め、謎のワープホールの向こうに居るのではないかと考え調査隊に志願。そしてやってきたこの世界でユミナと再会を果たし、彼女がこちらの世界でアイドルを志していると知った……色々はしょったが大筋はこんな感じだ」
兄妹関係を明言すること自体は、すでに方針として決定していた。
だがそれをリスナーに対して“証明”する術を、俺たちは持っていない。
公表できるのは、あくまで「アレンとユミナは実の兄妹です」という設定上の事実までだ。
まさか「二人の中の人は実際に血縁関係にあります」などと、企業所属のVtuberが口にできるはずもない。
故に俺たちは、説明と納得を完全に両立させることを、最初から諦めるしかなかった。
言える範囲の事実を言える形で提示して、信じるかどうかは、最終的には受け手であるリスナーに委ねる。
その第一段階として、まずお互いのキャラ設定を擦り合わせて辻褄を合わせる必要がある。
そもそも事務所が違う上に、既に各種宣伝や広告等の準備も完了している現状、今から設定を作り直すことも不可能。
なので今ある設定をこねくり回して、整合性のあるカバーストーリーを用意しなければならない。
考えるのが苦手と自負する美冬に丸投げされた俺が、2人のマネージャーと一緒に頭を捻って考え出したのが、先述のストーリーというわけだ。
「何か疑問や異論はあるか?」
「はいっ! 生き別れ……って、わたしとお兄ちゃんが離ればなれになってたってことだよね? それってどのぐらい?」
「期間の話か? まぁ……数年かそこらじゃないか?」
「数年っ!? 寂しいからやだ!」
「寂しい……?」
予想外の方向性の反論を受けて面食らう俺を、美冬は真っ直ぐな視線で見つめてくる。
「そんなに長い間知らない世界でひとりぼっちなんて、ユミナが可哀想だし……そのユミナは、きっと今のわたしにはならないよ」
「……実際の美冬とユミナとの間で、乖離が生じてしまうってことか」
「かいり? うーん、たぶんそんな感じ! お兄ちゃんが居ない世界で生きていくわたしなんて想像できないし、気持ちも入らなくなっちゃうと思う。だからもっと縮めて、一週間ぐらいにしない? それぐらいなら耐えられる……気がするっ!」
あまりに真剣な表情で詰め寄ってくる美冬に、つい苦笑を浮かべてしまう。
随分短縮されたもんだ、しかもそれすらギリギリらしい。このブラコンめ、と茶化そうとして……ふと自分の立場に置き換えて想像してみる。
…………無理だな。数年どころか数ヵ月ですら耐え難いし、その上消息不明となれば間違いなく発狂する自信があった。
どうやら無意識のうちに思考を封印していたらしい……脳裏に浮かぶシスコンという文字は全力で無視した。
「数年はないな、一週間にしとくか。たった一週間で知らない世界に馴染んでVtuberを志して、オーディションまで通る……お前の行動力だとあり得なくもなさそうなのが怖いところだな」
「うぇへへ……それって褒めてるんだよね?」
「心の底から感心してる」
「ならよし! もっと褒めていいんだよ!」
「すごいすごい」
「なんか適当じゃなーい? もっと真剣に、けーいをこめて!!」
「急に調子に乗り始めたな……」
敬意は最初からたっぷりこもってるし、別にいいだろうに。




