第8話 配信準備中
「お兄ちゃん手伝ってー!!」
「……声が大きい」
同期との初顔合わせから数日が経ったある日の昼下がり。
ノックすらなく、バーンとドアを開け放って部屋に踏み込んできた美冬の大声に、思わず顔を顰める。
そんな俺の反応を一顧だにせず、ずんずんと歩み寄ってきた美冬が腕を掴んできた。
「吸音材の貼り方わかんない! 手伝って!」
「さっき俺が手伝うか聞いた時は、大丈夫って言ってなかったか?」
「あの時は大丈夫だと思ったの!」
溜め息一つ。
まぁ、元よりこの妹が一人でできるとは思っていなかったので、手伝ってやるのはやぶさかではないが……今は少し都合が悪い。
渋い表情のまま、首にかけたヘッドセットを指差して、
「今は通話中だ。後で手伝ってやるからちょっと待て」
「あー、ごめん……。もしかして、凄く邪魔しちゃった……?」
……正直言って邪魔ではあったのだが、こうも沈んだ表情を見せられてはそれ以上強くは言えない。
「別に邪魔とは言ってないよ。ただ、これからはお互い配信者になるんだから、今までみたいにノックなしで突撃とかは控えるようにしてくれ。それがお互いの身を守ることにもなる……わかるな?」
「うん……」
「よし、いい子だ。……冷蔵庫にプリンがあるから、それ食べて待ってな」
「えっ? でもそれって、お兄ちゃんの分だよね?」
「俺は前に食ったことあるやつだからいいよ。遠慮せず食え」
「わかった! ありがとうお兄ちゃん!」
明るく礼を言って、来た時と同じようにぱたぱたと去っていく美冬を見送り、小さく肩を竦める。
昔から、美冬がしゅんとしているとつい甘やかしちゃうんだよなぁ。あの娘も高校生だし、俺もそろそろ妹離れするべきか……。
益体もないことを考えつつ、ヘッドセットをかけ直して通話相手に中座を詫びる。
「すまん、中断した。続きをしようか」
『いいよ―別に。……優しんだね、”お兄ちゃん”』
「……声真似上手すぎるな、一瞬マジでびっくりしたぞ」
聞こえてきた美冬とそっくりの声に驚きの声を上げると、通話相手――夜桜ミュウの楽しそうな笑い声が響いた。
『元々の声質が似てて、結構特徴のある声の出し方だったからね。いい声と喉してるね、妹ちゃん。歌もめちゃ上手いんじゃない?』
「ご明察だ。贔屓目抜きにしても、同年代だと図抜けてると思うよ」
『やっぱりぃー。人懐っこくて素直ないい娘みたいだし、ウチもそのうち一緒に歌ったりしたいなぁー」
「ミュウがよければ是非仲良くしてやってくれ。あいつも喜ぶ」
美冬の人懐っこさとミュウのコミュ力なら、打ち解けるのにそう時間はかからないだろう。
そういう意味だと、ピナとも相性がよさそうだ。鼓膜の替えが必要になりそうではあるが……。
「で、ミュウの作業は進んでるのか?」
『ぜーんぜん! 曲の権利関係マジでむずーい。マネさんにぶん投げたいよぉ』
「そのマネさんに”一応自分で確認できるようにしておいて”って言われたんだろ。実際万が一ミスがあれば大変なことになるんだし、ダブルチェックぐらいはできるように頑張れ」
『ぅへーい』
流石に権利関係の作業を手伝ってやることはできない……ユミナも、歌ってみる動画や歌配信に力を入れたいって言ってたな。
何だか今から不安になってきた。立花さんに今度会う機会があれば菓子折りを持って行くべきか……。
珍妙な鳴き声を残して沈黙するミュウと入れ替わるように、最後の参加者の小さな唸り声が聞こえた。
『うぅぅ……隊長、助けてくれ……。何も思いつかねぇ……!』
「初配信なんて言わば自己紹介のための場所なんだから、あまり難しく考えなくていいだろ?」
『でもさぁ、シラユキさんが料理でミュウが歌、ピナが手描きイラストだろ……? おれ、三人みたいに自慢できるような特技なんてないし……』
「俺も特にそういうのは用意してないんだが……遠回しに俺をディスってないか?」
『別にそういうわけじゃ……てか、ぶっちゃけ隊長は話題性だけなら誰よりでけぇだろ』
「……まぁ、それは一旦脇に置いとこう」
大炎上と紙一重なので正直今でもひやひやなのだ。
楠さんや立花さんと協力して計画立案や炎上対策の考案に力を注いでいるが……実際どう転ぶかは、まだわからない。
上手くやれば大きな追い風に乗れるが、下手を打てば俺も美冬も大きなダメージを負うことになる。
今俺が通話しながら取り組んでいる作業も、それに関連するものだ。
「いきなり奇抜なことをやろうとしてもコケるだけだと思うぞ。最初の一歩は堅実に、だ」
『そーそー。それにがっくんって素で結構面白いしだいじょーぶだって。同期との顔合わせで仮面被って登場は常人じゃできないよ』
『ぐ、くぅっ……! 人の黒歴史を抉りやがって……!』
「次の顔合わせの時には外せそうか?」
『…………努力は、するっ!』
まぁ、別に顔を見せることを無理強いするつもりはない。それはそれで個性とも言えるし。
相互理解は十分に深まったし、これからの付き合いの中で、仮面なしでも会話できるぐらい慣れてくれると嬉しいが。
『がっくんもイラスト挑戦してみれば? ぴなちみたいにすごい才能が眠ってるかもしんないじゃん』
『もう何年も前にチャレンジして挫折してるよ……! それにピナの場合は眠ってたわけじゃなくて、人に見せたことなくて自覚してなかっただけだし……』
『ぴなちのイラストめーっちゃ可愛かったよね! ウチとゆきぴにべた褒めされて、照れて溶けちゃうぴなちも可愛かったしー』
「少しの間笑い声しか出なくなってたけどな……」
あれは俺たちが初めて通話した時のことだ。
メッセージアプリのアイコンに使用されていたイラストに目を留めたミュウが聞いてみたところ、それがピナ自作のイラストであることが発覚したのである。
『ゲーム得意って言っても、それじゃ隊長の二番煎じになっちゃうしさぁ……』
『前言ってた”たいちょーに勝つのが目標”っての、初配信で発表すればいーじゃん。応援してくれる人もたくさんいるよー』
「俺にかかるプレッシャーがどんどん増していくんだが……まぁ、リーダーとして受け止めてやるとも。遠慮せずかかってこい」
『言ったな……! ぜってぇぶっ倒してやる!』
『がんばえー』
それから一時間ほど通話を繋げての作業を続け、それぞれ一段落したところでその場は解散となった。
ヘッドセットを外し、配信用マイクとPCの接続を切る。マネージャーのおススメに従って新調したマイクだが、手ごろな値段でかなりの高音質を出力できる優れものだ。
PCをスリープモードにして一階のリビングに降りれば……ソファーの上で寝息を立てる美冬が居た。
「……お疲れ様」
揺り起こそうとした手を止めて、近くにあったブランケットを優しくかけてやる。今は寝かせておいてやろう。
最近は初配信に向けた準備に加えて、ボイトレやダンスレッスンなんかも始めたらしい。
本人は忙しくも充実した日々を送っているようだが、それと心身の疲労はまた別問題である。
聞いた話では、明日はユミナの同期との顔合わせがあるらしい。既にオンラインでの自己紹介は済ませているとのことだが……美冬と仲良くなれる、気の合う仲間と出会えることを願うばかりだ。
「んむぅ~……おにぃ……ホラゲーコラボ、してぇ……」
「どんな夢見てんだお前は……」
だらしない寝顔から放たれた寝言に思わず苦笑する。
まぁ――……いずれ、な。
その後、美冬が起きてから吸音材の取り付けを手伝った。
ちなみに作業の8割は俺が担当したし、作業時間も俺の部屋の時の倍以上かかった。
久しぶりに入った妹の自室の惨状に天井を仰ぎ、ベッドの下に落ちていたライバー用スマホに絶句させられた。
……子供用のスマホストラップの購入を、真剣に検討しようと思う。




