第6話 『第6小隊』の顔合わせ③
「…………」
「……?」
祭りの出店で売っているような仮面で顔を隠した少年は、何故か無言のまま入口で仁王立ちしている。
俺とシラユキ、ピナが困った表情で彼を見つめる一方で、ミュウは机に顔を突っ伏して大笑いしている。これがもし一発芸だとしたら大成功だな。
沈黙に堪えかねて口を開こうとした時、先んじて仮面の少年が口を開いた。
「…………お」
「お?」
零れ落ちた音を聞き返せば、少年はすぅっと息を吸い込んで、
「――お、おおおおっ、おれは! 冥前リュウガって言います!! 高校一年生ですっ!!」
勢い任せに張り上げられた声が会議室に反響する。
その場の全員が一瞬ぽかんとする中、少年――リュウガは「や、やった……言えた……」と小声で呟き、勢いよく頭を下げる。
「よ、よよよろしくっ、お願いしますっ!!」
腰を90度に折り曲げた最敬礼のまま、石像のようにぴしりと硬直してしまうリュウガ。その体勢でも耳の先まで真っ赤に染まっているのがわかった。
俺たちは一度顔を見合わせ、とりあえず自己紹介を返すことにする。
「わたくしは氷室シラユキです。こちらこそよろしくお願いしますね、リュウガさん」
「日南ピナですっ!! 元気ならわたしも負けませんよ!!」
「ぷくく……っ、ふぅー……。あー、笑った笑った。ごめごめ、初見のインパクトヤバくて、キャラ崩壊しかけてた。あ、ウチ夜桜ミュウね。よろ」
「リーダーの神代アレンだ。敬語は要らないし、それなりに長い付き合いになるんだから、あまり気負わず行こう」
優しい返答を心がけながら、明らかにガチガチになったリュウガに全員で語り掛ける。
こくこくと赤べこか何かのように頷き続ける彼の様子から、果たして効果があったか疑問ではあるが。
「よ、よよよよよろしきゅお願いしましゅっ!!」
盛大に噛んだな。しかも二回。
いっぱいいっぱいになってしまっているのは見てわかるし、いちいちツッコミはしないが……こら、ミュウ笑うな。ピナも声量バトルの構えを取るんじゃない。
それとシラユキ、その微笑まし気な視線を向けるのは勘弁してやってくれ。人によってはそれが一番ダメージデカい。
「さて、これで全員揃いましたね! リュウガさん、空いてる席へどうぞ。私はちょっと準備をしますんで」
話が一段落するまでリュウガの後ろで待っていた楠さんが、パンと両手を叩く。
古びたロボットのようなぎこちない動きでリュウガが俺の隣に座り、すかさずシラユキが湯呑を差し出した。
「あっ、あり、ありがとうございますっ! ……ぅあぢっ!? お面忘れ……っ!」
「慌てすぎだ、一旦落ち着こう。ほら、ティッシュ」
「うぐ……あざしゅ……。うぅ、おれダサすぎる……全然だめだ……」
仮面の上からお茶を飲もうとして盛大に零したリュウガに箱ティッシュを渡しながら、軽く肩を叩いて宥める。
そろそろ落ち着きを取り戻してほしいところだ。ミュウの腹筋が限界を迎えてしまう前に。
なんとか一息ついて、お茶をちびちびと啜るリュウガに、ピナがキラキラと目を輝かせながら話しかける。
「そのお面カッコいいですねっ!! 今やってるライダーのやつですよね! 好きなんですか?」
「あ、うぇ、っと……これは、その……近所のお祭りで、射的の景品にもらったやつで……! らっ、ライダーは、よく知らない……ごめん」
「そうですかー……」
眉根を下げてしゅんとしてしまったピナに、リュウガはその十倍は暗い雰囲気で再び落ち込んでしまった。
「……くぅ、せっかく話しかけてもらったのに……何年か前までは見てたのに、何で今は見てないんだおれ……いや、それ以前にもっと上手い返し方が……」
「てかがっくんさ、そもそも何でお面なんて付けてんの?」
「が、がっくん!? なんでリュウガから”ガ”だけ取ったんだ……?」
「リュウガってかっこいいけど長いし可愛くないじゃん。男の子にちゃんとかぴ付けするのも違うし、りゅうくんだと文字数変わんないし。だからがっくん。いい感じに男の子っぽくて可愛いっしょ?」
「ギャルの感性、わ、わかんねぇ……! わかんないのに、納得させられる凄みがある……っ!」
いい感じにツッコミの才能の片鱗を感じるな……。
ようやく笑いが納まったミュウの問いかけを受けて、リュウガは躊躇いながらもぽつぽつと口を開く。
「……お、おれ、その、昔からめちゃくちゃ人見知りで……人と話すのがすごく苦手で、目を合わせるだけで……頭が真っ白になっちゃうぐらいで……」
「うん。まぁ今のがっくん見てれば分かるよね」
「うぐっ、鋭い切れ味……!」
がっくりと凹むリュウガを慰めるように、シラユキが優しく話を継ぐ。
「もしかしてVtuberを志したのも、それが理由ですか?」
「は、はひっ! しょうでしゅ!」
「あら……ごめんなさい、もっと緊張させてしまいましたか」
「がっくんさー、いくら美人のお姉さんに話しかけられたからってキョドりすぎ~」
「あら」
「んなっ……ち、ちげーし! 全然そんなんじゃないから!」
気持ちはわかる。高校一年生という思春期真っ只中で、尚且つ極度の人見知りとなれば自然な反応だ。
しかし上手いなミュウは……さりげなくシラユキを慰めて、リュウガを慌てさせることで逆に緊張を解している。とは言え流石にリュウガが可哀想なので少し口を挟むことにした。
「ミュウ、揶揄いすぎだ。リュウガも落ち着いて……人見知りだからVtuberになったってことは、それを克服したくて、って感じか?」
「そ、そう! 元々Vtuberが好きで、よく見てたんだけど……あ、ある日偶然、『エコーリンク』のオーデイションがあるのを見て……。直接顔出ししないVtuberなら、少しずつ人と話すことに慣れていけるんじゃないかと思って、応募してみたら……」
「見事通過してデビューが決定した、と」
こくりと控えめに頷くリュウガから視線を外して、楠さんの方を見ると曖昧に笑みを返してきた。
「流石に採用理由なんかは話せませんが、『エコーリンク』で活躍できる素質があると判断された、ということです。実際同期との顔合わせに特撮ヒーローのお面付けてきたってだけで、もうすでに大分面白いですからね!」
「うえぇ!?」
「確かに面白いな。雑談のネタになりそうだ」
「ちょっ……隊長、マジでやめて……!」
まぁ雑談のネタはともかく、立ち絵から受ける印象とギャップが存在するのは確かだ。
冥前リュウガのアバターは、褐色肌に銀色の髪、更に赤い瞳の少年という……実に厨二チックなデザインだ。鋭い目つきとデフォルトの表情の勝気な笑みから、目の前の彼の性格を類推するのは困難だろう。
「でも、人と話すのが苦手なのに、今日は勇気を出して来てくれたんですね!! とってもすごいです!!」
「うぅ……年下の女の子の素直な称賛の声が刺さる……! 家出る直前にヘタレて、部屋にあったお面持ってきた自分がめちゃくちゃダサく思えてきた……」
「ダサいことなんてないっしょ。むっちゃカッコいいじゃん」
「え……夜桜、さん?」
リュウガが驚いて顔を上げた先では、ミュウが真摯な表情で彼を見つめていた。
「人と目合わせて話すのすら苦手なのにさ。勇気振り絞ってオーディション受けて、今日も年齢も性別も違う人らに会うために来たんでしょ? お面があろうがなかろうが、むっちゃすごいことだよ。ウチが……ウチらが保証してあげる」
「……っ、そ、そう、かな」
どこか不安げな雰囲気のリュウガに、俺たちは強く頷いて見せた。
自分を変えたいと心の底から思って、行動に移せる男がカッコよくないわけがない。
「そうそう。……え、もしかして泣いてる? ちょとそれ取ってよ、顔見せてー!」
「泣いてないし取らないっ! 外したらおれもう石像になっちゃうぞ! そ、それでもいいのか!?」
「自分を人質にした説得は中々斬新だねー。それに免じて、今日のとこは勘弁してあげるよ」
「あ、ありがとう……いや別に礼を言うことじゃないなこれ……」
やれやれと首を振るミュウに納得いかなそうな声を漏らすリュウガ。
何だかんだ彼の緊張も解けてきている。流石はダウナー系今時ギャルの手腕だ。
「いやー、皆さんいい感じに打ち解けられたようで何よりです。では改めまして、これから皆さんのマネージャーを担当させていただく楠です。よろしくお願いしますね」
「「「「「お願いします」しますわ」しまーす!!」しぁーす」します……」
「元気があっていいですねぇ。後の時間は皆さんの好きなようにしていただいていいんですが、その前に一つお伝えしておきたいことがありまして」
楠さんの目配せに頷きを返す。
彼の言う”伝えておきたいこと”とは、当然俺の妹についてである。
デビュー直後に公表すると決めた以上、同時にデビューする彼らにも影響のあることだ。
「俺から話すよ。……まず、実は俺たちのデビュー予定日の次の日に、『LuminaStage』からも新しいライバーがデビューすることになってるんだ」
「へ、へぇ……ん? え、それって、公式から告知されてないよな……?」
「そうだな。向こうの事務所から許可はもらってるからそこは安心してくれ。……で、ここからが本題なんだが。その新人さんの中に、俺の妹が居るんだ」
そこで一度言葉を切って彼らの様子を窺う。全員小さく首を傾げて、思っていたより大きな反応は見られない。
顎に手を当てたシラユキが、不思議そうに尋ねてくる。
「それは担当イラストレーター様が同じ、という意味でしょうか?」
「いや、そうじゃない。俺のリアルの妹が、『LuminaStage』でVtuberとしてデビュー予定ってことだ」
「まぁ! ご兄妹で一緒に道を志すなんて、とても浪漫のあるお話ですね」
「わたしもそう思います!! わたし一人っ子だから、仲のいい兄弟とか憧れちゃうなぁ……」
二人の純粋無垢な言葉につい心が和んでしまう。俺もそんな風に純粋に喜びたかったものだ。
対して高校生組は、俺やマネさんたちと同じ懸念を抱いたようで、少し渋い表情を浮かべた。
「え、でもさ。ルミステって今ガッチガチのアイドル売りで男関係絶対NGっしょ? リアル兄妹でも絡めるん?」
「妹本人は絡みたいと思ってるし、俺も両事務所もその予定で準備してる。もしかしたらみんなにも迷惑をかけるかもしれない、申し訳ないがよろしく頼む」
「もちろん私たちも万全の態勢を整えて、皆さんのライバー生活をサポートします。どうかご理解のほど、よろしくお願いします」
楠さんと二人で頭を下げる。
四人が直接的な攻撃を受ける可能性は低いが、俺たち兄妹関連で嫌なものを目にすることがあるかもしれない。
それで同期の仲間たちが気に病むようなことがあれば、と不安を抱いてしまうが……それでも公表すると決めたのだ。その責任は俺が負うべきだ。
真剣な表情の俺たちに、ミュウはけらけらと笑って、
「いいじゃんいいじゃん。たいちょー真面目でいい人っぽいけど、ちょっとパンチ弱くね? って思ってたんだよね。まさかこんな爆弾隠し持ってるとはなー。これは一か月後からのライバー生活にも期待が持てるなぁ」
「何だその喧騒を愛する強キャラみたいな台詞……ま、まぁ、おれは元々自分のことで手一杯だし、エゴサとか怖くてできないし……。注目を集める話題性になると思えば……」
「うーん……よくわからないですけど、仲間なら支え合うのは当然のことだと思います!! わたしみたいな"わかはいもの”に何ができるかわかりませんが、何でも頼ってください!!」
「それを言うなら若輩者、ですよぴーちゃん。わたくしも皆さんと同じ気持ちです。特にわたくしは隊長さんと同じ大人なんですから、遠慮なく相談してくださいね?」
「……ありがとう、みんな。初対面だけど、俺は既にお前らが同期でよかったって思い始めてるよ」
万感の思いの籠った俺の言葉に、優しい同期たちは朗らかに微笑んでくれた。約1人お面で顔が見えないので雰囲気だけど。
……何だか大団円みたいな雰囲気だが、まだまだ今日の顔合わせは始まったばかりだ。
ゆっくりとお互いのことを知っていくとしよう――……。




