リトル・デート
数週間後、Kaelianは寝台に横たわっていた。もう随分と長い間、部屋から一歩も出ていない。仕事すらしておらず、RedjornやGlaesと会うこともなかった。一方の火花は、彼に何が起きているのか正確には分かっていなかったが、人間の姿で彼の隣に寝ることにこだわっていた。今ならKaelianがこれほど近くにいても文句を言わないことに気づいていたからだ。それを見たNaeviaは、少しばかり嫉妬を覚えずにはいられなかった。それは火花が彼に近づくことに対する嫉妬ではない。そもそも火花をライバルだとは思っていないのだ。ただ、NaeviaにはKaelianを慰める方法が何も思いつかないため、火花のほうが自分よりもうまくKaelianを慰めているからだった。
とはいえ、彼女もただじっとしているわけではない。Kaelianを助けるため、もう少しお金を稼ごうとMeyたちのグループと一緒に依頼を受けることにした。
ある依頼の前、Naeviaを含む一行は食事をとるために立ち止まったが、彼女は食べるのを拒んだ。
(KaelianがKaylaにキスするのを見てから……食欲が湧かないの。でも、悪いことばかりじゃないわ。これで痩せたままでいられるし)
Meyが皿を差し出しながら言う。
「あんた、ずいぶん痩せてるわ。もっとちゃんと食べないと……」
「……正直、食欲ないの」
その頃、部屋ではKaelianが考えを巡らせていた。
(Kaylaの次にRuby……これ以上最悪なことはない。一刻も早くこの街を出て、Thylrosの高地へ行きたい……ここにいるだけで……彼女たちのことを思い出してしまう)
火花は彼の隣で眠っていた。ぴったりとくっついていたが、その近さが嫌ではなかった。少なくとも、苦痛に感じるほどではない。
(……最近、火花は僕を困らせてない。騒ぐことも減ったし、Naeviaと喧嘩もしてない。これは……一つの成果だな。それにNaeviaもずっと仕事ばかりしてるし、二人に何かご褒美をあげたほうがいいかもしれない。向こうの世界の料理を作るのもいいかもな)
彼女を驚かせるため、彼は火花にギルドの依頼を受けるよう頼んだ。火花は耳を垂らし、ゆっくりと尻尾を振りながら答える。
「……やらなきゃダメ? ここで一緒にいたいわ。一人で大丈夫?」
火花が出かけると、Kaelianは買い出しに出た。まずは市場に向かったが、待っている間にRubyとの思い出が蘇った。
「買い出しに付き合ってくれてありがとう」
「これくらいどうってことないわ」
「……ねえ、こうして一緒に出かけるのって初めてだよね。この前はあなたの友達が病気になっちゃって残念だったけど、これってデートに入るよね?」
Kaelianはうつむき、しばらくしてから野菜を持ってパン屋へ向かった。しかし、そこであるテーブルに目をやると、Kaylaと出会った日のことを思い出した。再びうつむき、しばらくして部屋へ戻った。台所に荷物を置き、髪をポニーテールに結ぶ。
「よし! 今日の『Kaelianとクッキング』ではハンバーガーを作るぞ!」
肉を取り出して挽き、それから三つのハンバーガーに成形する。その後、野菜を洗って乾かしておく。
「まずは野菜を切らないと!」
Kaylaの姿が脳裏をよぎる。
「スライスは薄すぎても厚すぎてもダメよ」
次にRubyの姿が浮かぶ。
包丁を手に取り、切り始めたが、突然手を止めてしゃがみ込んだ。眉をひそめ、歯を食いしばる。むせび泣き始め、頬を涙が伝う。遺産が言う。
(……泣いてるの?)
「な、泣いてない。玉ねぎのせいだ」
(切ってるのはトマトよ)
「……クソッ!……」
しばらくして気を取り直し、料理を再開した。買ってきたパン、焼いた肉、レタス、肉の脂をまとわせた玉ねぎを乗せ、もう一枚のパンで挟む。その前に、トマト、蜂蜜、ニンニク、少量の油で作ったソースを一層塗る。
三人は床に座って食事を始めた。火花は一秒たりとも待たずに最初の一口にかじりつく。それを味わうと、彼女は言った。
「これ何!? こんなの見たことないわ」
「ハンバーガーだよ」
Naeviaはハンバーガーをじっと見つめる。その目からは食べてみたいという気持ちが伝わってきたが、彼女の中の王女の声が言う。
(太ったら、絶対にKaelianに好かれることはないわよ)
Kaelianが尋ねる。
「僕の気のせいかな、それともあんた、ずいぶん痩せてないか?」
「……かもね……どう思う?」
火花は片方の眉を上げて言う。
「また食べたくないの? 食べることは人生で最も大切なことの一つよ。食べるのを拒むなんて、人生で最も馬鹿げたことの一つよ! 私だってそれくらい知ってるわ」
Naeviaは眉をひそめたまま何も言わない。遺産が言う。
(……火花にそれを言われるのが一番堪えるわね)
Kaelianが答える。
「……脂肪はエネルギーの蓄えや寒さから身を守るのに役立つんだ。Thylrosの高地みたいな場所じゃ、少しでも体重を増やしておかないと、あっという間に死んじゃうよ」
Naeviaはうつむき、考える。
(……Kaelianが頑張ってこの料理を作ってくれたのは分かるわ。寝台から起きてくれたことも、ちゃんとありがたく受け止めるべきよね。それに、これすごく美味しそうだし)
彼女は一口食べてみることにし、味わった後で微笑んだ。
「……こんな組み合わせ食べたことないわ。すごく美味しい」
Kaelianはかすかに微笑み、彼も一口食べた。すぐにいつもの表情に戻ったが、Naeviaはそれに気づき、言った。
「あ、あのね! 私、食べるのってすごく大変なんだけど、あんたがそのほうがいいと思うなら、あんたが作ったものは全部食べるって約束するわ!」
「本当に?」
「最後の一口まで全部ね!」
Kaelianは何も言わなかったが、それでも笑みを浮かべた。火花が片手を挙げて叫ぶ。
「私も! 私はいつも食べてるけどね」
***
数日後、Kaelianはついに依頼を受ける決心をし、ギルドの広間へ降りて依頼書を手にした。Glaesが依頼を確認するのを待っていると、テーブルの間で「Bakaelian」という名が囁かれているのが聞こえた。数人の男たちが見て笑っている。心臓が早鐘を打ち、頭の中が真っ白になり、パニック発作を起こしそうになった。涙が目からこぼれ始め、Glaesはそれに気づいた。
数分後、二人はRedjornの図書室にいた。
「Raemelでそんなあだ名をつけられたのか?」
Kaelianが頷くと、Glaesは彼の肩に手を置いて言った。
「そんなこと気にするな。それに、Redjornや俺にとって、お前はThunderous Bat Slayerだぞ」
「……ありがとう、少し楽になったよ」
依頼を受け、ギルドを出たが、出る直前、耳元で「Bakaelian」という声が聞こえた。街の入り口まで全力で走り抜け、そこから数分歩いたところで、近くに膨大な量のNarysを感じた。後ろを振り返り、足早になる。数キロ歩いたところでNarysは急速に近づいてきており、足音が近づいてくるのまで聞こえた。即座に振り返ると、そこにいたのは笑みを浮かべたUrseだった。
「やっと気づいたか。しばらく前から尾行してたんだぜ」
拳を握りしめ、眉をひそめる。道には二人以外、誰もいない。
「……」
「お前の彼女、最近見ないな。もしかして見捨てられたか? へへ、まあ無理もないな。誰がこんな凡庸な奴と一緒にいたいと思うんだよ?」
「……何の用だ?……」
「……Raemelで皆の前で俺に恥をかかせたこと、あの女にビンタされたこと、忘れたとは言わせねえぞ」
「……恥をかかせた?……そうだな。恥をかいたのはお前だ」
「ああ、借りがあるだろ」
「お前だって、友達のKarehが僕から盗んだ金を僕に返してないだろ」
「ははははは、そんなこと忘れてたぜ。よくあんな手に引っかかったもんだな。だがKarehがやったことは俺の責任じゃねえ」
「……」
「まあいい、これからどうなるか分かるだろ。今回は俺たちを止める奴は誰もいねえ」
視線を落とし、息を吸い込む。
「僕が勝ったら、もうつきまとわないか?」
「へっ、本気で俺に勝てると思ってるのか? いいだろう、勝ったら解放してやるよ。全力でかかってこい! 攻撃を準備する時間もくれてやる」
Kaelianは頷き、両手を前に突き出す。急速に大きくなる火球を作り出した。Urseは自信に満ちた表情で、槍を抜こうともしない。火球は地面を照らし、熱を放っていたが、突如として縮小し、表面のあちこちが揺らめき始めた。その動きはますます速く、激しくなり、やがて赤から白へと色を変える。火球の周囲では空気が渦巻き、それが火球をさらに熱し、再び巨大化すると同時に、より強い熱を放ち始めた。
Urseの表情が瞬時に強張った。槍を握りしめ、すべてのNarysを盾の生成に集中させる。
Kaelianは放つ準備をするが、突如として球体を消し去った。両手と視線を同時に下げる。
「……やっても無駄だ。僕は勝てない……」
Urseのブーツが土を蹴り上げ、跳躍してKaelianの元へと到達する。Kaelianは地面に倒れ込んだが、Urseがローブを掴み上げ、背中が地面から数センチのところで宙に浮いた。武器を振り上げ、彼の顔へと狙いを定める。
「捕まえたぜ!」
Kaelianの表情は空を見つめたまま虚ろになり、ゆっくりと口を開いて言う。
「……さあ、殺せよ。もうどうでもいい」
Urseは彼を放り投げ、軽蔑の眼差しを向ける。
「戦おうとすらしないくせに死にたがるのか。お前が悲しんでようが知ったことか、戦え」
「……」
「情けねえ奴だな」
「……」
「……もっと気の利いたことでも言うかと思ったが、それすらも期待外れだ。失せろ、ここに来た俺の時間が無駄だったぜ……Bakaelian」
地面から立ち上がり、ギルドへ向かって歩き出しながら、Urseは考える。
(白い炎……あの馬鹿なガキ、どうしてあんなものを作れた? もしあの攻撃を食らってたら、間違いなく俺は死んでた……クソッ!)
振り返り、Kaelianへ狙いを定める。彼の掌が輝き始める。
(ただの目くらましだったのかもしれねえ。へっ、気が変わった。どっちが上か思い出させてやらねえとな)
Urseは彼に向かって刻印を放った。それは瞬時にKaelianの背中へ直撃したが、何の効力も持たず、彼はただ歩き続けた。
しかし、Urseの瞳には絶対的な恐怖が映し出されていた。目は限界まで見開かれ、瞳孔は収縮している。
(ど、どうして……? 刻印が全く効かなかった……お、俺のNarysは上級だ……同じレベルの奴にだって効くはずなのに……)
彼の心臓が一瞬止まり、胸に手を当てる。
「……ってことは……あいつのNarys、もう師範に達してるってのか?……」
***
街を歩きながら、NaeviaがMeyに話しかける。
「Kaelianを元気づけたいんだけど、何をしたらいいか思いつかなくて」
「あの子の好きなことをすればいいんじゃない? 何をしてる時が幸せそう?」
Naeviaは立ち止まって考え、少ししてから答える。
「……正直、幸せそうなところはあんまり見たことないわ。でも、一番笑顔を見たのは、何か美味しいものを食べてる時だと思うの」
「それよ! 夕食に誘ってあげたら? この街で一番のレストランを知ってるわ」
数時間後、Naeviaはギルドの広間で彼と合流する。
「どうしてここで話すの?」
「だって、火花に聞かれたくないから」
「どうして……?」
「えっと……私……あんたを……夕食に誘いたくて! 今日の夜! あっ、あんたが良ければだけど」
Kaelianは軽く微笑む。
「もちろん、断るなんてできないよ」
しばらくして、Naeviaは寝台の下からMeyがくれたアイライナーを取り出した。好きな男の子ができたら使うようにとMeyに言われたことを思い出し、筆を取り出して線を引こうとしたが、結局筆先が目に入ってしまった。
「ああああああっ!!」
しばらく格闘し、一ダースもの歪な線を引いた後、Kaelianが部屋に入ってきて筆と染料を見る。
「それ何?」
「……アイライナーよ。ずっと前にMeyがくれたの」
彼はそれをしばらく見つめ、考えた。
(アイライナー? この世界に? うーん、まあ存在してても不思議じゃないな。エジプト人だって似たようなのを使ってたし。変なのはその見た目だ……僕の世界のアイデアをこっち向けにアレンジしたみたいだ。もしかして僕の世界の誰かが作ったのか?)
最終的に彼は手伝うことにした。KaelianはNaeviaの顔を掴み、間近まで顔を近づける。Naeviaは、顔を掴まれたまま数センチしか離れていないことに赤面しそうになるのを必死でこらえた。
「動かないで、目を刺したくないから」
引き終えると、Naeviaは鏡を見た。一度もやったことがないにしては、驚くほどうまく引けていた。
「……私、いい感じ?」
「すごくいいよ」
夜になり、二人は黄金地区にあるレストランへ向かった。それは川の中央に位置し、橋のような構造になっていたが、眺めもかなりよく、非常に豪華な造りだった。
「ここ……なんだか高そうね」
「Meyが街で一番だって言ってたんだ」
分厚く装飾された紙に書かれたメニューを眺めながら、Naeviaは考える。
(せっかくの夜を台無しにしたくないし、食事で遠慮するのはやめよう。それに、Kaelianも一緒についていくなら少し体重を増やせって言ってたし……今回くらいはいいわよね)
遺産が言う。
(よくデートに誘う勇気が出たわね、驚いたわ)
(……デート!? そんなつもりじゃなかったわ、ただ一緒に夕食を食べに行こうって思っただけで。でも……これがデートだって分かったら、もっと緊張してきた)
Naeviaは落ち着いているように見せようと微笑み、Kaelianを見て尋ねる。
「メニューにたくさんあるけど、何を頼めばいいのかしら?」
「分からないな、遠慮せず好きなものを頼めばいいよ」
「本当に?」
「うん、だってあんたが誘ったんだから、あんたの奢りだろ」
「……え! もちろん」
遺産が反論する。
(なんて紳士的じゃないの、Kael!)
Kaelianは目を閉じて答える。
「男女平等って言うんだよ」
Naeviaが答える。
「だ、大丈夫よ。最初からそのつもりだったし」
二人は茹でた光る蟹と紫の鮭を注文した。もっとも、Naeviaはさらに二品ほどの料理とデザートまで追加で注文した。
「Kaelianのケーキを一つお願い」
「え?……あんた、その果物嫌いだったんじゃ」
「それが……今は好きだと思う」
食事が終わると、Kaelianは微笑んで言った。
「ありがとう、Naevia。料理、すごく美味しかったよ」
Kaelianの笑顔を見た瞬間、Naeviaの心臓は早鐘を打ち、彼を誘って良かったという思いで胸がいっぱいになった。
そこへウェイトレスが会計に来た。
「銀貨十枚になります」
Naeviaは一握りのEscáを取り出し、机の上に置く。
「これで足りるかしら?」
ウェイトレスは答えた。
「ええっと、足りませんね」
Kaelianは額に手を当て、ため息をつく。
「……銀貨十枚って、七十Escáだぞ」
「あっ、えっと……それって少ないのよね?」
「あんた……金銭感覚がひどいね」
外に出ると、Naeviaは視線を地面に落とし、両手を強く握り合わせていた。
「ご、ごめんなさい!……ここが街で一番高いレストランだなんて知らなかったの。値段を確認しておくべきだったわ」
Kaelianは腰に手を当てる。
「……前世はお姫様だったんだな」
「……ええ、普段はお金をあまり使わないから。ご、ごめんなさい、私のせいで、ほとんどあんたに払わせちゃって……」
「まあいいよ。ギルドに戻ろう。お腹いっぱいで歩けないから、船に乗ろうか」
ちょうど隣に空いている小舟があった。Kaelianが乗り込み、Naeviaを待つが、彼女は乗ろうと一歩を踏み出したものの、水への恐怖で足を踏み出せなくなった。
「大丈夫、何も起きないよ」
彼が手を差し伸べると、Naeviaは川の光を反射して輝く彼の瞳に気づいた。心臓が早鐘を打ち、ゆっくりとその手を取る。小さく跳んで船に乗り込んだが、危うく転びそうになり、Kaelianが彼女を支えて座るのを手伝った。
二人は思わず笑い合い、船頭は川上に向かって漕ぎ出した。二人は一番前に座っていたため、船頭には会話が聞こえず、まるで二人きりであるかのような錯覚を覚えた。
船がかすかに揺れるたび、Naeviaは座席を強く握りしめた。彼女の緊張に気づいたKaelianは、少し腕を上げて言った。
「怖いなら、僕の腕に捕まってもいいよ」
Naeviaは頷き、何も言わずに両手で彼の腕にしっかりとしがみついた。心臓が激しく脈打ち、大きな恥ずかしさで頭がいっぱいになったが、遺産は彼女にだけこう告げた。
(ふふっ、落ち込まないで。Kaelianの心臓も早鐘を打ってるわよ)




