花畑
この時間、Edheralの川は小舟で溢れかえっている。橋の下をくぐっていくのだが、不思議なことに反対側へ出てくるまでやけに時間がかかっている。Kaelianは川面から視線を外し、Kaylaへと向ける。二人は川沿いにあるパン屋のテーブルに腰を下ろしていた。彼女がケーキを一口、口元へ運び、かすかに微笑むのをじっと見つめる。
「すごくおいしいよ」
Kaelianはテーブルに肘をつき、握った拳に頬を載せている。彼女がスプーンでケーキを一口すくい、差し出してくるまで、黙ったまま観察し続けた。
「何も頼まなかったでしょ? 少し食べる?」
「僕はいいよ」
(甘いものなんてずっと食べてないのに! でも我慢しなきゃ。この子の思惑がまだ分からないんだから)
テーブルに身を乗り出し、Kaelianの口元へとスプーンを運ぼうと手を伸ばす。
「ほらあ、お口開けて。本当は少し食べたいんでしょ、分かってるんだからね」
目を細め、顔を背ける。
「いいって言っただろ」
じっと見つめてくる。
「落ち着いてよ。今度はお金を払わずに逃げたりしないから、ね? ほんの一口、ちっちゃいの一口だけだから」
手を伸ばしたまま優しく微笑んでいる。Kaelianは顔を向けて考えた。
(まあ……この世界には間接キスなんて概念はないみたいだし、仕方ないか)
口を開けると、Kaylaがそっとケーキの一口を食べさせてくれる。彼女は満面の笑みを浮かべて席に戻り、鞄から硬貨を数枚取り出してテーブルに置いた。
「ね? 払うって言ったでしょ」
「今頃、黄金地区中の衛兵たちが僕らを探してるはずなのに、ずいぶん落ち着いてるんだな」
「ふふっ、数時間もすれば探すのをやめるよ。それに、いいこと思いついたんだ」
しばらくして、上品な新しい服を身に纏い、洋服店から出てくる。Kaylaは青いロングドレスに、つばの広い帽子を被っている。Kaelianはベストを合わせた灰色の服を着ていたが、サイズが少し大きく、あまり着心地が良いとは言えなかった。
「すっごく似合ってる! 本物の貴族みたい!」
「これ、必要だったのか?」
「もちろんよ。これなら衛兵たちにも気づかれないし、こんな格好してたら疑われもしないもん」
Kaylaはくるりと回ってドレスのスカートをふわりと揺らし、両手を合わせて微笑みながら尋ねる。
「私、可愛いかな?」
遺産が答える。
(私に言わせれば、まだ泥棒に見えるけどね)
「……」
「何も言ってくれないの?」
目を細め、少し不満そうな様子で後ろ手に手を組む。
「『もちろんだよ、Kayla! むしろすごく綺麗だ!』って言うところだよ?」
「あ、ああ、うん、ごめん。失礼な態度をとるつもりはなかったんだ」
ため息をつき、さらに近づいてくる。
「いいよ、ふふっ。その話し方といいその服といい、絶対に貴族だと思っちゃうな。本当に貴族なの?」
「違うよ、どの貴族の家にも属してない。君は?」
「ううん、実はここの出身ですらないの。私はVladmistridsなんだ」
(目の色からして、そうじゃないかと思ってた)
「あ、えっと、本当に? ここで彼らがあまり良い扱いを受けてないことは知ってるよ。何か酷い目に遭ったりしてないか?」
「まあ、Vladmistianだって見分けられる人は多くないからね。でも、気づいた人はあまり優しくしてくれないんだ」
「……」
「それを避けるために、普段は人の目を見ないようにしてるの。私の目を見られないようにね。信頼してる人じゃなければ、だけど」
「そ、それじゃあ、僕がそういう人間じゃないって、どうして分かったんだ?」
手首を掴んで歩き出し、数歩進んでから振り返って真っ直ぐに目を見つめてくる。
「そんな気がしたの。それに、あなたのことを知りたいなら、私のことも知ってもらわなきゃって思って」
KaelianはまたしてもKaylaの瞳に吸い込まれそうになるのを止められなかった。胸の奥で奇妙な感覚を覚える。Rubyと一緒にいる時に感じるものと似た、温かく心地よい感覚だが、それよりもはるかに強く、急速なものだった。ただし、Rubyの時とは違い、それは一瞬で消え去ってしまった。
街の入り口近くにある厩舎へと向かい、Kaylaは長い尻尾を三つ編みにした白馬を借りた。Kaylaが尋ねる。
「ねえ、馬に乗れる?」
「うん、最近覚えたよ」
「完璧! じゃあ、手綱はお願いね!」
「本当にいいのか?」
彼女が軽く頷くと、厩舎の管理人が足の高さに合わせてあぶみを調整し、馬に乗る手助けをしてくれた。Kaylaは横座りになり、背中からKaelianを抱きしめる。その瞬間、背中にぞくりとした感覚が走る。
「ね、ねえ……近すぎるよ」
「うん、近いよ!」
「そんなに近くにいなきゃダメなのか?」
首を傾げて微笑む。
「当たり前だよ。それとも、私が落ちちゃってもいいの?」
「もちろんダメだけど、ただ……」
「私が近くにいたら何か問題でも?」
遺産が言う。
(なんて馴れ馴れしい女なの。『私が近くにいたら何か問題でも?』ですって? 勘弁してよ! あの子が本当にあんな子だなんて信じられないわ)
「も、問題ないよ」
(!!!)
(遺産、どうして嫉妬してるみたいに聞こえるんだ? もういいや、忘れよう。こんなに早い段階で僕が対人接触アレルギーがあることを明かすのは良くない気がする……耐えるしかない)
馬の腹を軽く蹴って街を出て、北へと続く道を進んだ。だが、その道のりはKaelianにとってあまり心地よいものではなかった。痛みこそなかったものの、チクチクと刺すような感覚が続き、早く今日が終わってほしいと願わずにはいられなかったのだ。
丘を登りながら、Kaelianは後ろを向いて尋ねる。
「どうしてここまで来たのか教えてくれるか?」
(罠なんだろうか?……そうは思えないな、お金なんてほとんど持ち歩いてないし)
彼女は道へと視線をそらし、少し頬を染めて言う。
「私たち、デートしてるんでしょ? だから……お花をプレゼントしてほしいなって思って」
「……花が欲しかったなら、馬を借りてこんな遠くまで来なくても、街で買えたのに」
「ふふっ、分かってるよ。でも見れば分かるから」
さらにしばらく馬を走らせた後、様々な色や形の花々が咲き乱れる野原の近くで立ち止まる。石で造られた杭に馬を繋ぐと、Kaylaは花畑へと駆け出し、くるくると回って深く息を吸い込んだ。
「あはは、すっごく綺麗な場所だと思わない!?」
花畑の中にいる彼女の姿を見て、Kaelianの脳裏には、否応なくLioraの記憶が蘇った。かつて自分たちが修行し、日々を過ごしていたあの草原で、満面の笑みを浮かべ、紫色の髪を風に揺らしていた姿だった。
胸の鼓動が早まり、一瞬息を呑む。
(……Liora……)
Kaylaが言う。
「おーい、こっちだよ!」
素早く瞬きをして彼女へと近づくが、Kaylaは後ろを振り返りながら、どんどん遠ざかっていく。
「何してるの?」
彼女を追うように小走りになり、やがて走り出す。
(一体なんだって)
「どうしてそんなに遅いの!?」
「どうしてそんなに速いんだよ!?」
Kaylaは立ち止まり、地面からタンポポを一本摘み取る。振り返ってそれをKaelianに見せ、彼が近づいてきた途端にふっと吹きかけ、くしゃみをさせた。
「おいっ!」
「あはははは!」
彼も地面から一本摘んで同じように仕返そうとするが、彼女が走り出したため、Kaelianは追いつこうと速度を上げる。空では飛び交う鳥たちが花々に影を落とし、ミツバチやハチドリが花の蜜を吸っていた。
走り疲れたKaylaは立ち止まる。Kaelianも同じような状態だった。だが、Kaylaは降参の合図として両手を挙げて言う。
「待って……降参だ、もうこれ以上走れない」
「うん……僕も無理」
「ふふっ、一つ共通点が見つかったね」
「さっきの借りができたぞ……」
タンポポを取り出すが、走りすぎたせいで綿毛がすっかり落ちてしまっていた。それを見たKaylaは吹き出し、そんな彼女を見て、彼も思わず小さな笑みを漏らす。
「あはは、楽しんでくれてるみたいで本当に嬉しいよ」
「へへ、それほどでもないよ」
「ハチに気をつけて!」
一匹の怒れるミツバチが、針をまっすぐ前に突き出し、Kaelianの方へと全速力で突進してくる。狼のように決然と、熊のように止めどない勢いだった。だが、それを見たKaelianは手袋を外し、その手の甲をハチの前に突き出す。ハチの針は皮膚に深く刺さり、触れた瞬間に毒を注入した。
手を振るとハチは落ちたが、針は皮膚に残ったままだ。Kaylaが彼の手を掴もうとするが、Kaelianは即座にそれを引っ込めた。
「どうしてそんなことしたの!?」
手を上げ、針を引き抜く。
「ああ、虫刺されにアレルギーがないか確かめたかったんだ。少し痛むくらいで呼吸も普通にできるから、どうやら違うみたいだ」
「……な、なに、もしアレルギーだったらどうするつもりだったの!?」
質問を大したことではないように、肩をすくめる。
「まあ……死んでたかもね」
Kaylaは一瞬呆然とした表情を浮かべたが、やがて噴き出して笑い始めた。以前とは違う笑い方で、今回は笑いをこらえるのにかなり苦労している様子だった。手袋を再びはめながら、彼は尋ねる。
「何を笑ってるんだ?」
「あはははははは! そんなことをあっさり言うなんて信じられない! あはは、ほんとに変わってるね」
「うん、まあね……」
「ふふっ、でもそういうの好きだよ。あなたが一緒に来てくれて、私がどれだけ嬉しいか分からないでしょ」
しばらく歩く。Kaylaは歩きながら花を摘み、染料を作っては小瓶に詰めて鞄に収めていく。
草原の中央に一つの岩が突き出ており、そこに先が尖った花びらを持つ美しい花が咲いていた。青と紫の色を帯び、白い斑点が入っている。
「あれ、あのお花が欲しい!」
「見たことない花だけど、かなり綺麗だな」
「私のこともそう言ってくれればいいのに。ねえ、登るのを手伝って」
近づくと、彼女が登って花を摘めるようにKaelianがしゃがむ。手を伸ばしてもっと近づこうとした瞬間、突如として岩が地面から持ち上がり始め、その両側から四肢のような別の岩が突き出してきた。
Kaylaは落ちたが、Kaelianが受け止める。
「うわっ、ゴーレムだ。しかもかなりでかい」
ゴーレムは二人を押し潰そうとするが、KaelianはNarysのドームを創り出す。ゴーレムがひるんで後退した隙にそれを解除し、距離を取った。
Kaylaが瓶を地面に投げつけると、割れた液体から額に赤、青、緑の模様がある四匹の巨大な狼が現れ、飛びかかっていくが叩き落とされる。Kaylaが痛みのうめき声を漏らし、それを必死に堪えようとする中、Kaelianは一歩前に出た。
「下がってて」
手に高圧の長い水のサーベルを生成し、ゴーレムに一撃を見舞う。深い傷跡を残したが、仕留めるには至らない。
(くそっ……前の威力が出ない)
狼たちがゴーレムに飛びかかるものの、打撃を受けて遠くへと飛ばされる。Kaelianは再び斬りつけたが、相手は腕で防御し、腕の一部が削ぎ落とされただけだった。
「十分な時間を稼げば、斬れる!?」
「できると思う!」
Kaylaが黒に近い紫色の染料の瓶の蓋を開け、手で合図をすると数滴が浮かび上がる。両手を広げると滴はゴーレムの近くへと向かい、インクの滴は巨大な狼の頭部となって、ゴーレムの四肢に強く噛みついた。遺産が考える。
(あれは……ただの魔法じゃないわね)
「あなたの番よ、しっかり掴まって!」
「つかまれって!?」
背後から一匹の狼がKaelianを持ち上げ、その背に落としてゴーレムへと駆け出す。Kaelianは何が起こっているのか十分に理解しきれなかったが、咄嗟の本能で落ちないように狼の毛並みを強く掴んだ。Kaylaは苦痛の表情を浮かべ、両手を頭に当てる。
「そんなに強く引っ張らないで!」
狼はゴーレムの上部へと跳び上がり、消滅する。Kaelianはその上に落ち、自らの攻撃でつけた巨大な亀裂を掴んだ。ゴーレムが狼の頭部と格闘する中、Kaelianは振り落とされまいと必死にしがみつく。
「うわああ、こんなの初めてだよ!」
Kaylaは両手を挙げ、熱烈に叫ぶ。
「あなたならできる、信じてるよ!」
ゴーレムは頭部の一つから逃れ、もう一つを殴りつけるが、激しく動き回りながらも完全には解放されない。Kaelianは歯を強く食いしばって亀裂に手を突っ込み、水のサーベルの呪文を使い、深く切り裂き始めた。
ゴーレムは自らの頭を殴ってKaelianを潰そうとするが、別の狼の頭部が現れ、その腕に噛みついて攻撃を止める。
(斬り込みはもうかなり深いのに、効果がない)
ゴーレムは狼の頭部から力任せに引っ張り、自身の腕をもぎ取った。
(今、気づいたぞ!)
続いて体重を乗せて別の狼にのしかかろうとするが、攻撃が当たる前に狼が消滅し、Kaelianは地面に突き落とされる。立ち上がろうとしながら考えた。
(……あんなに近くにいたおかげで、奴のNarysに不規則な動きがあるのを感じ取れた。きっと核だ)
「Kaelian、大丈夫!?」
立ち上がるが、ゴーレムも同じく立ち上がっており、地面から岩の破片が飛び出して亀裂を埋め、両腕を再生させ、さらに厚い鎧を身にまとった。
「作戦がある、注意を引いてて!」
Kaylaの狼たちがゴーレムを取り囲んで走り回り、ゴーレムは一撃を当てようと四方八方に攻撃を繰り出す。
Kaelianは手に石を創り出し、Narysを込めて非常に頑丈にする。
(近づけないし、水のサーベルじゃあそこまで深く届くほどの水圧がない。これを使うしかない)
石を浮遊させてゴーレムに向かって打ち出すと、深く貫いたものの途中で止まってしまった。ゴーレムは身を震わせて地面を叩き、Kaelianに向かって走ってくる。
「くそっ!」
「危ない!」
狼の一匹が前へと飛び出し、Kaelianを背中に乗せて安全な場所へと避難させる。遺産が言う。
(核はすごく深いところにあるわ。一番鋭い矢でも届かないはずよ)
(これが僕の出せる最大の射出威力だし、同じ場所に当てるのはほぼ不可能だ。でも……これ以上の威力はいらない、必要なのは高い貫通力だけだ)
小さめの石を創り出す。先端は細く尖り、先端から根本まで溝が一本走っているが、少し歪みはある。
(僕の世界の銃器は、溝のある弾丸を回転させることで貫通力を高めている。まるでドリルの刃と同じ原理だ)
手の中でそれを浮遊させ、できる限り速く回転させる。最初はそこまで速く回らなかったが、急速に加速していく。狙いを定めようとするものの、狼の動きのせいでうまくいかない。
「Kayla、止めてくれ!」
「えっ!? 本当に!?」
「たぶんだけど!」
狼が止まり、Kaelianは飛び降りる。ゴーレムが前足を使って急速に迫る中、Kaelianは目を閉じ、数メートル先にある核を感じ取ろうとする。そしてついに撃ち出し、岩に衝突して深い穴を穿ちながら、核までを穿ち抜いた。
ゴーレムは即座に息絶え、止まることなく前方の土を巻き込みながら地面に倒れ込み、土煙をもうもうと立ち昇らせる。Kaylaはすぐさま、Kaelianのいた場所へと駆け寄った。
「そんな!」
砂煙が少しずつ晴れていくが、どこにもKaelianの姿は見当たらない。
「Kaelian!? Kaelian!」
ゴーレムの骸の背後から、泥だらけになったKaelianが現れる。その姿を見たKaylaは満面の笑みを浮かべ、抱きつこうと駆けてきた。
「生きてる!!」
彼にとっては居心地が悪かったものの、不満は一切口にせず、ただ唇を引き締め、言う。
「……ああ、えっと、はい、これあげるよ」
手にはゴーレムに咲いていた花を握っていた。少し汚れてはいるが、白の斑点が入った青や紫の色彩はなおも美しい。目の前に差し出されたそれを、彼女はとても繊細な手つきで、かすかに微笑みながら受け取った。
「わあ、なんて素敵な贈り物なんだ」
顔に近づけて長い息を吸い込み、その甘い香りを楽しむが、埃のせいでくしゃみをしてしまい、小さく微笑む。
「ふふっ、ちょっと汚れてて埃っぽいけど、それでもすっごく綺麗」
「それはごめん……」
「……あなたと同じでね」
その言葉を聞いて、Kaelianは目を丸くし、ほとんど瞬時に顔を真っ赤にした。
しばらくして、小川のそばで汚れを洗い流していた。すでにズボンと靴は洗い終わり、上半身裸になって顔を洗っているところだった。茂みの間で何かが動くものの、流れる水の音に阻まれて気づかない。ゆっくりと片足が近づき、さらにもう一歩と、気配を悟られないように極めて静かに近づいてくる。
Kaelianとの距離はどんどん縮まっていくが、その時、遺産が告げる。
(後ろよ!)
振り向くよりも早くKaylaが飛びかかり、腕で首を抱き締め、胸を背中に密着させた。
「ふふっ、びっくりした?」
その瞬間、熱した鉄と無数の針で背骨を刺されたような感覚が走り、Kaelianは思わず苦痛の悲鳴を上げた。
***
Kaylaは髪にあの花を飾っているが、視線は下に向けられている。
「……つまり……身体の接触にアレルギーがあるってこと?」
胸にはKaylaの手の跡がくっきり残っており、Kaelianは強く掻きむしりながら答える。
「そうなんだ……」
「……もし先に言ってくれてたらあんなことしなかったよ、誓って」
「気にしないでいいよ」
「じゃあ……誰とも触れ合えないの?」
「ああ。でも、なぜか動物だと大丈夫なんだよな」
顔を上げる。
「そうなの?……それじゃあ」
インクの小瓶を取り出して地面に少しこぼす。そこから一匹の狼が飛び出して自分に飛びかかってくると、Kaelianは顔を背けた。鼓動が早まり、その生き物と視線が真っ向からぶつかり合う。捕食者の牙と瞳を前にして、本能的な恐怖が込み上げてきた。
遺産がフレイムを展開するが、狼は嬉しそうに彼の顔を舐め始めた。
「うわっ!!」
Kaylaは彼の前で膝をつき、満面の笑みを浮かべて顔を赤らめ、頬に手を当てている。一方、Kaelianは狼が舐めてくるのから顔を隠そうとしていた。
「ど、どけてくれ。口にヨダレが入った気がする」
「ふふっ」
「……何を笑ってるんだよ?」
Kaylaが狼を消滅させて地面に座る。Kaelianは顔のヨダレを拭いながら腰を下ろし、膝に腕を乗せて尋ねる。
「そろそろ、あれがどんな種類の魔法なのか説明してもらってもいい頃だと思うんだけど」
「ふふっ、魔法の一種じゃないよ。狼の精霊と契約を結んでいてね、狼を召喚して操ることができるの。ただ、すべての感覚を共有するんだけどね」
「すべての?……」
「ふふっ、そうよ。今のはキスにカウントされるのかなって……」
「……」
日が暮れる頃、二人はすでにEdheralに戻っていた。Kaylaは後ろ手を組み、Kaelianの目を見つめる。
「すっごく楽しい一日だったね、もう終わっちゃうのが残念だけど。あ、その服はそのまま持ってていいからね」
「えっ、ありがとう。本当に慌ただしい一日だったよ」
「ねえ……あなたも楽しかった?」
「……ああ、楽しかったと認めるよ」
彼女は微笑み、Kaelianへ身を乗り出す。
「よかった! ふふっ、楽しんでくれなかったらどうしようって心配してたから、それを聞いて安心したよ」
髪の毛からあの花を取り、両手で大切に持つ。
「今日のことは忘れないからね。もしまた別の日も、契約とかなしで一緒に出かけようって言ったら、受けてくれる?」
遺産が言う。
(この子とは関わらない方がいいと思うけど……)
(まあ……純粋に僕と一日過ごしたかっただけみたいだし、何か盗まれたわけでも殺されたわけでもないんだから……)
月光を反射して輝くKaylaの瞳を見つめる。
「……うん、喜んで」
「よしっ! またすぐに会えるといいね。大好きだよ、またね!」
笑顔で早足に去っていく一方、Kaelianは心臓を高鳴らせ、信じられないという表情で立ち尽くしていた。
(……な、何て言った?)
(グルルル……)




