これが報酬か?
Kaelianは木製の浴槽の中で裸のまま震えている。一方、Irethaは他の服を濡らさないよう下着だけを身につけ、柔らかい布でKaelianの肌を拭いている。
脇腹にある大きな痣に気づく。
「どうしてこんな怪我をしたの? 顔の引っかき傷はどうしたの?」
「茂みの中を通った時に、茨に顔を引っかかれたんだ。この痣は、膝を痛めた後に転んでできたんだよ」
Irethaは何も言わず、心の中で思う。
(……どうして……こんなことを起こさせてしまったの? どうしてもっと気をつけてあげられなかったの?……もしこの子に何か重大なことが起きていたら……私……耐えられなかった。ああ、Erick……あなたがここにいてくれたら……私一人じゃ……Kaelianには足りない気がする……)
指の間で布を強く握りしめ、Kaelianに涙がこぼれそうな目を見られないよう、視線を落とす。
Kaelianは考える。
(みんなを救ったのに、その報酬が……お説教か)
その直後、くしゃみをする。
(それに風邪か)
(誰もが知ってるわけじゃないけど、あなたはみんなを救ったのよ)
(……もし錨が僕を狙ってこなくて、知り合いが無事だと分かっていたら、他の人たちを救うために命を懸けたりはしなかったよ)
(まあ……力があるからといって、誰かを救う義務はないわ。でも、それがあなたの大切な人なら……話は別よ)
(他人のために命を懸けるなんて意味がない。無意味だし、合理的じゃない)
(でも、Irethaや親しい人たちが死ぬと知って、あなたはほぼ確実な死が待っている場所へ向かった。それだって合理的じゃなかったでしょう?)
(……ああ、そうだよ……でも……みんなが死ぬと知った時……自分のことなんて考えなかった。ただ、あいつらを救うことだけを考えたんだ)
Irethaの声が震える。
「Kaelian……私のこと……悪い母親だと思う?」
Kaelianは目を見開く。
(……何の話だ?……)
Irethaは泣き始める。
「ずっと外にいて、もう一緒に過ごす時間もなくなって……私に何か教えてって頼んでもくれない……まるで、いつも私から離れようとしてるみたい……私があなたに安心を与えられていなかったのは分かってる……もっと気をつけていれば、家を出た時にも気づけたはずなのに」
Kaelianの心臓が一瞬止まり、そのまま沈み込むような感覚に襲われる。
Irethaは涙を拭う。
「あなたは……私の世界のすべてよ……私が生きていく理由なの。あなたが生まれる前からずっと愛してきた……そして、あなたが受け入れられるわずかな愛情に、私が持てるすべてを注いできたつもりよ」
IrethaはKaelianを抱きしめようと、少しだけ腕を伸ばす。だが、二人の間に布がない以上、彼に大きな痛みを与えてしまうと分かって、動きを止めた。
(……どうして……彼女が……苦しんでるのを見ると……こんなに苦しいんだろう?)
(どれだけ心の中で彼女を母親だと否定しても……今はもう、そう感じずにはいられないからよ。母親が愛情を求めて懇願する姿を見るのは辛いものでしょう。何をすべきか、分かっているでしょう?)
(……これは……すごく痛いだろうな)
KaelianはIrethaに飛びついて抱きしめ、両腕を彼女の首に回し、胸を彼女の胸にぶつける。Irethaは何が起きているのか信じられず、固まった。
Kaelianは、すぐに背骨を無数の針で刺されるような痛みと、肌を焼く熱した鉄の感覚に襲われると思っていた。
だが、Irethaもすぐに力強く抱き返した。それなのにKaelianは、痛みも不快感も感じず、Irethaの肌の温かな感触を感じていた。
Irethaは涙を浮かべて言う。
「Kael……あなた……私を抱きしめてくれたのね!」
「うん!……」
「痛く……ないの?」
「ちっとも痛くないよ!」
Kaelianは考える。
(これ……どういうことなんだ? 今まで誰かの肌に触れるだけで、痛みを感じずにはいられなかったのに)
(もう治ったのかもしれないわね。Irethaの愛がそうさせたのかも)
(彼女は……ずっと僕を愛してくれていたんだ。思うように僕に近づけなかったことは、彼女にとっても苦しかったんだろうな。僕が完全には受け入れていなかったとしても……彼女はずっと僕を心配してくれていた……生まれた時から、彼女はずっと僕の母親だった。でもこれからは、僕もずっと彼女の息子だ)
[注:Kaelianが心の中でIrethaを「お母さん」と呼んだのは、これが初めてである]
***
(なんとか母さんを説得して、火花と一緒にいる許可をもらった。条件は、問題を起こさないようにずっと見張っておくことだったけど)
KaelianがIrethaと一緒にベッドに横になると、火花はすぐに飛び乗り、Kaelianの胸の上に寝そべった。彼は火花を下ろそうとしたが、途中で思いとどまる。
(火花に対しても、まったく不快感がない……本当に治ったのかな?)
***
一週間後、Kaelianは火花と一緒に家を出る。二人はLioraの家まで走り、扉を叩く。Lioraが扉を開けると、尋ねる。
「Kael! もう罰は終わったの?」
「うん。それで、そっちのやることは?」
Lioraは振り返る。
「やることってNaganの世話のことなら……一生終わらないわよ」
Lioraは視線を下ろし、火花に気づくと興奮した様子で尋ねる。
「何、そのキツネ!?」
「後で説明するよ。野原に行こう?」
***
(実は母さんから罰なんて受けてない。この一週間、僕たちはずっと一緒に過ごしていた。母さんは僕から離れられなかったし、僕も離れてほしくなかった)
野原で、LioraとKaelianは座って話していた。その目の前では、火花が後ろ足でちょこんと座っている。
Lioraが尋ねる。
「嘘ついてるんじゃないでしょうね!?」
「もちろん。嘘をつく理由なんてないよ」
「じゃあ、みんなを救ってくれたのね! あなた、英雄よ!」
(彼女の言う「英雄」がどういうものなのかは分からないけど、唯一その真実を知っている相手に、僕が知り合いを救うことしか考えてなかったなんて、口が裂けても言えないな)
彼女は頬を膨らませる。
「もしあなたの言うことを聞かなかったら、私も英雄だったのに!」
「むしろ地面にへばりついた肉片になってただろうね。それに、誰にも知られちゃいけないのに、何の意味があるのさ?」
「一理あるわね……」
彼女はよそを見ながら続ける。
「とにかく、約束を破ったじゃない!」
「あ、そうだった。本格的に鍛えるってやつ……大丈夫、約束は守るよ」
「そうしてよ! 次は絶対、何もせずに待ってなんていられないから!」
Kaelianが立ち上がる。
「はいはい」
手袋を片方外し、尋ねる。
「ちょっと手、貸してくれる?」
「ん?……本当にいいの? 痛いんでしょ」
Kaelianが頷くと、Lioraは手を差し出す。それを握った瞬間、Kaelianの全身に激痛が走る。すぐに手を離すと、手は赤くなった。
それを見て、Lioraは怒ったように言う。
「だから言ったじゃない!!」
「う、うん……ちょっと試したいことがあってさ!」
再び手袋をはめ、心の中で呟く。
(治ったかと思ってたのに)
「ねえ……どうしてキツネがいるのか、まだ説明してないわよ」
「驚かないでよ……このキツネが錨なんだ」
「何だって!?」
「説明するのは難しいんだけど、錨に意志を与えることができたんだ。それに、中にRanmaraの記憶があったんだよ」
「Garmist!?」
「うん。どうやら彼女が何年も前に錨を封印したみたい。でも、これ見てて」
Kaelianは火花のNarysに意識を集中させ、その形を作り変え始める。火花が光を放ち、次第に大きくなって人の姿へと変わっていく。やがて光が消えると、火花は短いオレンジ色の髪と赤い目をしていた。その瞳孔は捕食者のような形をしていて、人間の姿になってもキツネの耳と長い尻尾は残っている。服装も実用的なものになり、緑色を基調として、腕当てと革のベストを身につけていた。
火花は自分の耳の一つに触れる。
「え?……どうしてまだあるの?」
Lioraは一瞬固まったが、声を上げる。
「錨が……女の子になって……喋ってる!?」
火花は自分の尻尾に触れながら答える。
「錨じゃないよ!! わたしは火花、ひ・ば・な!」
「ど、どうしてそんな見た目なの?」
Kaelianは腕を組み、微笑む。
「この方がいい見た目になると思ってね」
火花が興奮して飛び跳ねながら答える。
「すっごく気に入った! ありがと、Kaelian!」
Kaelianは片眉を上げ、Lioraを見る。
「君も自己紹介するべきじゃない?」
「あ、うん、そうね……」
Lioraは彼に手を差し出す。
「私の名前はLiora……」
火花は一瞬目を細めると、近づいてLioraの手にガブリと噛みつき、Lioraはすぐに手を引っ込める。
「痛っ!! 何するのよ!?」
火花は肩をすくめて答える。
「え?……そのためのものかと思ったのに」
Kaelianは微笑んで言う。
「あはは、どうやら行儀作法をいくつか教えないとダメみたいだね」
「いくつか!? 指を食いちぎられるところだったわよ!」
「まあ……ただお腹が空いてるだけかも。クッキー持ってきた?」
三人で座って食事を始める。Lioraがクッキーの入った小さな袋を取り出し、Kaelianと火花に一つずつ手渡す。火花は匂いを嗅いでから一口かじると、尻尾と耳を逆立てる。
「これ、すっごくおいしい! もっとちょうだい!」
Lioraが尋ねる。
「Kael、この子どうするつもり?」
Kaelianは頭を両手で支える。
「別に何もしないよ。でも、僕よりもずっと高い魔法の才能を持ってるし、純粋なNarysを簡単に使ってるのを見たから……鍛えた方がいいかも」
火花が答える。
「面白そう!」
Lioraは腕を組む。
「出会って一週間でもう鍛えるつもりなの……ふん……私はいくつか助言をもらうだけで、何ヶ月も頼み込まないといけなかったのに」
Kaelianは立ち上がって答える。
「まあ……あの時とは状況が少し違うからね。君に技術魔法を教えるよ。本を家に置いてきちゃったし、自分のためのポーションも取りに行かなきゃ。数分で戻るから」
歩き出しながら付け加える。
「僕がいない間、二人でもっと仲良くなっておいてよ」
Lioraが叫ぶ。
「約束はできないわよ!」
火花も続く。
「わたしも!」
***
Kaelianは裏口から家に入り、扉を閉めた。しゃがみ込んで寝台の下を覗き込む。そこには本とポーションがしまってある。すると、家の外から二人の男の声が聞こえてきた。
「あの子はいないみたいだな」
「あの子? 息子がいるんじゃなかったか? まあいい。さっき出て行くのを確かに見た。家は誰もいない。これなら、わざわざ痛めつける必要もないな」
「急げよ。あのクソ女がもうすぐ戻ってくるはずだ。近くに誰もいなくなるのを待って、かなり時間を無駄にしたからな」
Kaelianは転がって寝台の下に身を隠した。三十代から四十代ほどの二人の男が裏口から入ってくる。彼らの服には「Tasfer診療所」と書かれた記章がついていた。二人は入るなり台所へ向かい、Irethaの薬やポーション、瓶をすべて袋に詰め込み始める。大釜を壊し、彼女が保管していた薬草や葉、根をすべて台無しにしていく。
「全部持ったか? 棚にはまだあるはずだ」
「家も瓶もなくなって、あの馬鹿がまだ仕事を続けられるか見物だな」
寝台の下でKaelianはその光景をじっと見つめていた。体が凍りつき、床に押しつけた拳を強く握りしめる。
(こいつら……一体誰だ……クソ野郎ども! どうしてこんなことを?)
飛び出して立ち向かおうと考えたが、遺産が止める。
(待ちなさい! 魔法を使えば、村中のみんなにバレてしまうわ。今は待つのよ)
(待つだって!? 冗談じゃない)
男の一人がいくつか空き瓶の置かれた棚を開ける。その間に、もう一人の男が火の玉を作り出し、床に散らばった薬草へ投げつけた。火が燃え上がる。
「急げ、さっさとズラかるぞ」
咄嗟にKaelianは瓶の一つに『導く』を使う。瓶は男の顔に向かって飛んでいき、砕け散って彼の目を切り裂いた。
「あああああっ!!」
「どうした!?」
男は傷口を押さえて叫ぶ。
「瓶だ……! 逃げるぞ!」
火がまだ広がり始めたばかりの中、二人は裏口へと走り去った。男の流した血の跡は家の中から外へと続いていた。
Kaelianは床の血を見て一瞬固まり、床を流れる血のぼんやりとした光景が脳裏をよぎった。遺産が叫ぶ。
(Kaelian!! 奴らはもう行ったわ、しっかりして!)
血の気が引き、心臓が激しく波打つ中、Kaelianは寝台の下から這い出し、水の樽を床に倒して火を消した。しかし、火の一部はすでに壁へ燃え移っていたため、魔法で水流を放って鎮火させる。
数分後、Irethaが家に戻ってきた。彼女が最初に目にしたのは、床に座り込んで膝を抱えるKaelianの姿だった。
「……Kael?……」
それからIrethaは、床や壁の木が焦げた跡、なくなった根、床に残った血、そして瓶がなくなっていることに気づいた。
忘れないように言っておくと、「Tasfer」という名前はすでに第1巻の第4章で登場しています。




