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31 春の訪れ

 アキ達は王都に着くと、すぐに第二兵団の棟に出向くことになった。

 リーアンといつもの三人組の前でイゼルが背嚢の雨蓋をあけると、小さな竜がひょっこりと顔をだしてきた。


『ウーゴ!!』

「ワンッ」


 ひと目見るなり三人は一様に叫び、それに応えるように竜も鳴いた。


「やっぱりじじい関連だったか」


 竜はズーイー達にじゃれつくように飛び回り、尾をちぎれんばかりに振っている。その様子を見てラデクが心底疲れたような口調でつぶやいた。

 彼は、竜からかすかに漂う魔力の残滓を感じ取っていたようだった。


(まさかここで会えるとは)


 ズーイーは竜に長い舌で頬をべろべろと舐められながら相好をくずしている。


(ウーゴは竜の生き残りなんじゃ)

(わしらで保護してたんじゃ)


 ゴーファとドーヴァ曰く、ウーゴは今は亡きイェスラ王国で飼われていたらしい。既に絶滅したものと思われていたため、他国に情報が流出しないように犬の変化術を使っていたという。


「あぁ、それで犬の鳴き声……」


 アキがウーゴに目をむけると、彼はまさに犬のように舌をだしてハッハッと息をした。仕草は犬そのものだが、見た目は完全に爬虫類のそれなので違和感が半端ない。

 一同の疑問は解けたが、なぜその竜がウェルドラの山奥にいたのか、という謎が残る。


(竜は気性が穏やかでな。狩られすぎてしまったんじゃ。皮は軽くて頑丈なため鎧になるし、骨や肉もあますことなく使える)


 ズーイー達は30年前の戦争中、ウーゴを秘境であるクルス山脈に避難させたという。 

 既に变化の術は解かれているのだが、どうもこの子竜は自分を犬だと認識しているようで、鳴き声が元に戻ることはなかった。


「あの山には竜の集落があるようでしたが」


 イゼルが報告をすると、ズーイーは考え込むように腕を組んだ。


(竜はもともと山に住む生き物でな。クルス山脈は特に山深く未踏のところもある。ウーゴの他に生き残りがおってもおかしくないかもしれん)


 それを聞いて、アキはふと思う。やはりコアトルと竜は同一のものだったのではないか。500年も前に絶滅したものと思われていたのだから、いつからか信仰の対象へと変わっていったとしてもおかしくはない。


「ずいぶんと小さいですけど、いくつくらいなんですか?」

(そうさなぁ、100歳は超えてると思うぞ)

(わしらは卵の頃から世話してたんじゃ)


 ジェスの問いにさらりと双子が答え、一同は静まり返る。ラデクは「俺は何も聞かなかった」とつぶやいている。聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが、あえてそこに突っ込む勇気のあるものはいなかった。


 ウーゴは再び犬の变化術をかけられ、第二兵団で飼われることになった。

 ウェルドラの集落にもより強力な幻術が施され、いずれは保護地区に指定されるという。




 数週間後、ヴェルフェランにようやく遅い春が訪れた。あらゆる花が一斉に咲きだす様子はさながら桃源郷のようだ、とアキは毎年のことながら思う。長い冬を過ごすせいなのか、この国の春の印象は強烈である。

 アキにとって春は、元いた世界ではどこか薄らぼんやりして儚い季節だった。都会にいると、春を感じる景色といえば満開の桜だったが、雨にうたれてすぐに散ってしまうと街の景色はいつもの灰色に戻ってしまう。

 ここでは色彩の暴力かというくらい花が咲き乱れるので、その生命力あふれる様には力強さを感じる。そのまま初夏へと突入すると、今度は目にも眩しい新緑が山々を彩るので、寂しさを感じる余裕もない。


 アキの住む妻帯者むけ宿舎の一角に、ようやく女性向けの寮が完成した。といっても、もともとあった古い宿舎を改築したものである。もちろん男子禁制の結界はぬかりなく張られている。

 ジェスは数日前に越していった。


「ご婚約中だったとは知らずご迷惑をおかけしました」


 彼女とその父親はそう言って謝っていたが、アキとしては、もう少しだけ女性同士での同居生活を楽しみたかったな、という名残惜しい気持ちもあった。

 ジェスは慰労会での一件で多少度胸のようなものがついたようだった。時間があえばアキやラデクがなるべく一緒に居てやるのだが、ひとりでも食堂に行けるようになったらしい。一部の兵士たちは彼女を見ると顔を青ざめさせて逃げるようになったという。


 さらには王都に出戻ってくるトリヤーナも数日後に越してくる予定となっている。

 アキのもとに届いた手紙には、どんな手を使ったのか知らないがひとまずは聴講生という形で士官学校に席を置くことが決まったと書かれていた。初夏に行われる試験(推薦)によって正式に入学するそうである。

 彼女にしつこくつきまとっていた元婚約者も、あの慰労会での騒動を見てすっかりおとなしくなったらしい。


 そんなアキは、2週間後にいよいよ結婚をひかえていた。

 

「何か忘れていそうで怖いです」


 アキはソファでくつろぐイゼルに茶の入ったカップを手渡すと隣に座りため息をついた。

 特に決まった宗教のないこの国では、人前式のような結婚が一般的である。招待された人々が二人の結婚の証人となるのだ。

 二人は城下にあるアキのお気に入りの店「すみれ亭」でささやかなパーティーをひらくことにした。


「明日からイゼルさんは遠征だし、何か忘れてたらとても間に合わないですよ」

「たとえ忘れていても何とかなります。大丈夫です」


 イゼルはアキを安心させるようにそう言うと、そっと彼女の肩に手をまわした。


 春になると色々と動きが出るようで、アキもイゼルも日々を慌ただしくすごしている。イゼルはウェルドラから戻ったばかりだというのに、明日からまた5日間ほど演習のために遠征に出ることになっていた。


 なるべく早く進めておかないと痛い目を見る、というコンラスの脅しが現実味をおびてきて、ウェルドラから戻ったアキはすぐに準備にとりかかったのだった。

 上の兄弟の結婚を経験していたイゼルは、必要なものの手配や連絡などを率先して進めていった。おかげでこの世界の常識にまだうといアキではあったが、早々にやることがなくなり、おかげで当日まで気を揉むはめになったのだった。


 店の予約はだいぶ前に済ませたし、料理も決まっている。季節の素材をふんだんに使ったメニューはおまかせだったが、デザートにはアキの気に入っているレモンパイとプディングを出してもらうことになっている。

 招待客のリストは何度も確認した。イゼルの家族にツァレトフ団長、ファリスやラデクに部下たち、アキの後見人でもあり上司でもあるコンラスとアナ、そしてトリヤーナやジェス、収穫祭のボランティアのおばちゃんたちというように、ごく身近な人たちだけを招待することにした。

 花の手配も当日の朝に届けるよう依頼してある。この国の春らしく、会場は色とりどりの花が飾られることになるだろう。


 自身のドレスをどうしようかと悩みまくっていたアキだが、わざわざ新調するのもと思い、結局アナの結婚式のおさがりを借りることした。イゼルはどうするのかと問えば、あっさりと兵団の式典服を着ることが告げられ、アキは心底うらやんだのだった。


「あー緊張してきた」


 当日のことを思うと、嬉しい気持ちはもちろんあるのだが、面倒臭さも少々頭をもたげる。


「イゼルさんはいいですよね。式典服さえあればどんな所へ出てもばっちり決まるから」


 ずるい、と言うアキにイゼルは何とも複雑な表情になる。苦々しい成人の儀の時のことが思い起こされ、アキは憂鬱な気持ちになっていた。


「私は華やかな衣装が似合わないんですよ」

「俺は……ドレス姿のアキ殿も好きです」


 イゼルは少し目を彷徨わせると、小さくつぶやいた。その頬が少し染まっているのを見て、アキは何か言おうと思っていたのも忘れて息を飲み込んだ。


「……お見合いのとき、いつもの服でがっかりしました?」


 あの時、アキは長引いた会議で着替えることもままならず、いつものくたびれたズボン姿で行ったのだった。今思えば、あれはなかったな、とアキは反省する。どうせ断られるのだと、自分のなかで何か頑なになっていたのかもしれない。


「いいえ。というか緊張でそこまで見ていませんでした」


 イゼルは苦笑すると、ふと真顔になった。


「俺に服装についての意見を求めないでください。アキ殿は何を着ても似合うと思ってますから」

「……それは困ります」


 変な格好をしていたら注意してほしい、とアキは思うが、こちらに向く視線が何だか大変居心地悪い。

 チラリと横を向くと、こちらを一心に見つめているイゼルと目が合う。

 さらりと頬を撫でられアキがくすぐったく感じていると、そっと近づいてくる顔に気づき目を閉じた。

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