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Case. 5 画家

「大変申し上げにくいのですが、あなたの余命はあと3000文字きっかりです」


「わかりました。楽園に行きます」


 そうして楽園にやってきた。ここなら、好きな絵が描ける。


 とりあえず絵のモチーフを探そう。楽園にしかない施設はたくさんあるから、まずはそれを見てみるか。


 とにかく目を引くのは街の中心に位置する高級カジノリゾートだ。カジノはもちろん、ナイトバーやプールも賑わっていて、アリーナでは様々なショーが催されている。もらった支度金をここのスイートに連泊して使い切ってしまう人もそれなりにいるらしい。


 カジノの周りには様々な商業施設群があり、さらに離れたところに居住区がある。居住区はより中心に近い高層ビル群と、少し遠くに一軒家が集まった閑静な区画が存在する。高層ビルの高さは、すべて同じだった。


 次は人を見てみよう。カジノに着ていく服装はわからなかったけど、入り口でレンタルできるみたい。確かにラグジュアリーリゾートだ。


 カジノの中に入ると、あちこちのテーブルで山のように積まれたコインが目に入る。人の金でギャンブルをやっている感覚なのか、本来あるべき、リスクに対するスリル、というものが薄い気がする。やってて楽しいのだろうか。

 あと、ナンパが死ぬほどうざい。ただ、困っているとどこからともなく現れた綺麗なおねーさんが

「暇なら私と遊んでくださいよー!」

 って感じでナンパ野郎を引っ張っていってくれる。すごい。


 カジノの外でも煌びやかな情景が続く。美しいドレスに身を包み、高級感のあるオープンカーに乗る男女。スワロフスキーなシャンデリアが特徴的なレストランで食べるフレンチ。余命がある人間の悲壮感を全く感じさせないその光景は、まさに『楽園』の趣旨そのものだ。けれど、金と余命を全力で消費するその姿に、私は何の感慨も覚えなかった。


 どちらかというと、綺麗なおねーさんの方に興味が湧いた。彼女は楽園業務従事者だろう。彼女たちは、楽園にいる人たちのことをどう思っているのだろう。

 彼女たちに簡単に接触する方法。それは、レンタル彼女だ。私はレンタル彼女の予約ページを立ち上げ、デートプランに『絵のモデル』と記載して申し込んだ。


「こんにちは。今日はよろしくね!」


 依頼人が女性でも全く怯むことなく現れた彼女は、挨拶もそこそこにヌードかどうかを確認し、指示した通りにベッドに入った。


「ねえ」


 書きながら話しかける。


「なんですかー?」


 人好きのする笑みを浮かべながら彼女は答える。


「お客さんとどういう事をすることが多いの?」


「なんでもしますよ。要望どおりに。本当の要望を探してあげるのは大変ですが」


「本当の要望?」


「ええ、彼らが悔いを残さないために、どうなってあげるのがいいのか、いつも考えてます」


「私の場合は?」


「こういう話が聞きたかったんでしょ?」


 なるほど。


「そうしてお客さんが満足したら、私のお仕事は終了です。ふふっ、知ってますか? 此処の人は、満足すると寿命が来ちゃうんです」


 その笑顔は実験動物を見ているようで、少し気分が悪くなった。



 次に向かったのは児童施設だ。子供達を描きたいというと、すんなり入館許可が下りた。


「この子達は?」


「病気にかかった、身寄りのない子供たちや親が希望した子たちを引き取ってます」


 みんな笑って遊んでる。確かにここに来た方が幸せなのかもしれない。けれど少し違和感を感じて眺めていると、不思議なこと気付いた。


「みんな笑ってるだけで、全然喋らないですね」


「それはそうですよ。喋れない子もいますし」


「えっ、どういう事ですか?」


「ここでは勉強はできませんので。インプットとアウトプットで、普通の生活の何倍も文字数使っちゃいますから」


 私は言葉を失った。やっぱりだ。()()()()()()()()()……!



 私はどうしたらいい? 何を描くべきだろう? ここではヒトを描けない。


……


……


「この公園に行ってみるといいかもしれません」


 リモートでバイタルをモニタリングしている医師が、健康状態を心配して訪ねてきた。


 それで解決できる気はしなかったけど、とりあえず公園にやってきた。なんの変哲もない公園だ。鳥の囀り。散歩をするおばさん。ベンチに座るおじいさん。


 私は彼の眼に釘づけになった。


 楽園に来てからというもの、終ぞ見ることの無かった眼だ。ベンチに座ってるだけなのに、なぜあんな眼をしているのか。いや、理由はどうでもいい。絶対に描かなきゃ!



 おじいさんがいなくなった後も、私は公園に来ていた。楽園のヒトにはもう生命はないのかもしれないけど、鳥や木々は楽園でも変わることがなく、生命を謳歌している。とにかく、楽園に残っている生命(イノチ)を描こう。


「きれい……」


 振り返ると、私と同じくらいの年齢の女性が私の絵を覗き込んでいた。

 そういった普通の感想がやけに嬉しくて、こう返した。


「ふふっ、ありがと。」


 それから彼女は、毎日私の絵を見に来た。集中していれば気にならないから好きにしてもらえばいいけど。そんなに面白いものでもないだろうに。

 かなりの時間を眺めて帰るので、ついに我慢できずに問い詰めてしまった。


「毎日そこでじっと見てて、退屈じゃないの?」


「全然。楽園に来て初めて生きてるって感じがする」


 彼女は何となく答えたんだろう。でも私はすごい衝撃を受けた。そっか、これなんだ。やっぱり違和感を感じている人はいる。私が絵を描くとすれば、そこしかない。


「その言葉、今一番聞きたかったんだ!」


 私が描かないといけない絵が分かった。もう迷わない。すべてをここに捧げよう。


 まずは彼女。生きてる彼女を、キャンバスに納めないと。


 やることは沢山だ。寄り道している暇はない。


「しばらくアトリエに行って完成させてくる」


 自分の望みと彼女の望み、両方かなえるためにアトリエで絵を完成させる。


 次にこの絵を伝えるために必要な絵を考え、創作にかかる。ほとんどの絵は描きかけで止まっちゃってるけど、今なら描ける。感じたままを描けばいいんだから。



「すいません、ここに来れば素敵な絵がみれるって、お医者さんに言われてきたんですが」


 アトリエに客が来た。医者がイベントを起こして患者の文字数を奪うのは職務規定に違反してないか?


「どうぞ。構わないから、好きに見ていきな」


 彼女は遠慮がちにアトリエを徘徊しながら絵を眺めていたが、ある一つの絵でその足を止めた。


「この絵、本当に素敵です。一人は貴女だと思うんですが、もう一人の方は?」


「ああ。楽園で会った人だよ。恩人さ」


「なるほど、確かに彼女への恭敬がにじみ出てる気がします」


 恭敬ってなんだ? と思って調べたが、まあ確かにそんな感じだな。


「楽園でもこんな感じで笑えるんですね。私でも笑えますか?」


「そりゃあんた次第だろ」


「私、ここでやりたいことがないんです。こんな笑顔ができるようになりたい」


「悪いが専門外だ」


「でも、あなたの絵は、楽園でこの笑顔を探せって、言ってますよね」


 痛いところをつく。


「ならお前が、この笑顔を楽園に広めてくれ。そしたら誰かが、この笑顔のやり方を教えてくれるだろうさ」


「私はもう時間がない。だが、この絵は死んでも完成させる。どんな形でもいい、楽園に公開してくれ」


 彼女は黙って頷く。


「あとは頼んだぞ」


 見ず知らずの彼女に頼むのは不安だったが、仕方がない。彼女の眼は死んでいない。今はそれを信じよう。恩人への伝言も、残しておけば届けてくれるはずだ。


……


……


よし、完成だ。

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