Case. 4 中年女性
「大変申し上げにくいのですが、あなたの余命はあと3000文字きっかりです」
え? なんで私が……!
「楽園へ移住されますか。特に何もやりたいことがなければ、長生きできるケースも多い移住を勧めます。詳しくはこのパンフレットを見て決めてください」
働かないでいいんだったら長生きしたいなぁ。この病気のせいでどうせ友達とも遊べなくなるんだから、お別れを言って一人で自由に暮らそう。
一言でいうと楽園生活は私に向いていた。健康のための朝の散歩に園芸、昼寝をしたら読書、夕食は様々なバリエーションの宅配に任せたり、自由気ままな生活を送れている。人付き合いって思ったより疲れるのね。解放されるとどれだけ面倒だったかがわかるわ。
絵を描いている人がいた。
日課の散歩をしていると、いつも立ち寄っている公園に、見慣れない女性がいるのを見つけた。公園の緑を描いているらしい。園芸が趣味なので、少し気になって絵をこっそりと覗き込んだ。
「きれい……」
思わずつぶやいてしまった。なんというか、とにかく生命力に溢れている。夏の瑞々しい緑だ。
「ふふっ、ありがと。」
短い言葉で彼女が答える。それが私と彼女との出会いだった。
それからの私は一つだけ日課が増えた。朝の散歩で寄り道をして、彼女の描いている絵を眺めるのだ。彼女の絵は、見ててすごく元気になる。なんでだろう。
「ねえ」
珍しく彼女が話しかけてきた。
「毎日そこでじっと見てて、退屈じゃないの?」
「全然。楽園に来て初めて生きてるって感じがする」
「本当に? その言葉、今一番聞きたかったんだ! よーし、頑張るか」
その日はもう彼女が話しかけてくることはなかったが、普段よりも筆が踊っている気がした。
「ねえ」
「この街の暮らし、どう思う?」
用があるとき、彼女はいつも簡潔に話を振ってくる。
「そうね、元気はあるけど活力がないわね。あ、貴女は別」
「そうね、私もそう思う」
今日の会話はそれだけ。
「ねえ」
「私の絵を見てる時の貴女を描かせてもらえないかしら?」
「は? 私? 私みたいなおばちゃん描いてどうするの?」
「この街には本当にいないんだよ、モチーフになる人。嬉しいことに私の絵を見る貴女はキラキラしてる。そのキラキラを残したいんだ」
「じゃあ、折角だからお願いしようかな?」
それからの数日、彼女は私を見ながらキャンバスに筆を走らせていた。普段は私が後ろから眺めているだけだったから、かなり気恥ずかしい。
彼女は私のことをキラキラしているって言ってたけど、絶対に彼女の方がキラキラしている。キラキラというより、ギラギラだ。太陽みたいに光って、燃えている。私がキラキラしてるように見えるのは、月みたいに彼女のキラキラを反射してるだけだと思う。
「ねえ」
いつものように彼女は視線を絵に集中させたまま話しかけてきた。
「楽園に来た意味、あった?」
「もちろんよ。こうやってモデルデビューできたんだから。楽園の出来事なんて、誰に伝えるわけでもないから霞みたいなものだけど。なにより、あなたに会うことができたのが、楽園での一番のボーナスよ」
誇張でもなんでもなく、本当にそう思う。楽園に来ないでこれまでの生活をだらだらと過ごすことに比べれば、彼女とその絵から溢れる生命力をおすそ分けしてもらって、毎日に意味ができたこの生活のなんと幸せなことか。
「そっかそっか。ならこの絵はボーナスなんて目じゃないくらいすごいものにしないとね」
彼女はそう言って、しばらくアトリエにこもって完成させてくる、と帰っていった。
日課が一つ減った。毎日朝の散歩で公園に行くけど、もう彼女はいない。
彼女の言葉はいつも短かった。余命が少なかったのかもしれない。不安になる。
けれどどうすることもできない。彼女はできたら連絡する、といって私の住所を聞いてきたんだから、私は待ってればいいんだ。
そうしてあの輝いていた日々は夢だったんじゃないか、と思い始めたころ、一枚の封筒が届いた。中にはパンフレットのようなものと、チケットが同封されていた。チケットにはこう記されている。
『楽園絵画展覧会』
彼女が展覧会のチケットを送ってくれたんだ! パンフレットを見ると、そこにはこう書いてある。
『楽園の【今】とは? 文字数から逃げるな!』
挑発的な文章が、なんとも彼女らしい。こんなんで見に行く人いるのかな?
私もあと1000文字ちょっとしか文字数ないけど、彼女の絵が見れるなら、全然惜しくないや。
美術館にやってきた。楽園には二つの美術館があるが、今回は楽園の境界に作られた国立美術館だった。国立美術館は楽園用の展示と一般用の展示を入れ替えながら運営しているらしい。『楽園展覧会』は、この国立美術館の一画で行われていた。驚いたことに、彼女の個展らしい。
ここの展示は基本的には楽園外の展示が先で、そのあと楽園内展示だから、連絡に時間がかかったのかな。とにかく楽しみだ。枚数はそれほど多くないらしいけど、四部構成らしい。凝ってる。
『第一部 楽園』
『象徴』
楽園の中心に位置する巨大なカジノ施設が夜の闇に浮かんでいる。
『対比』
大きくて賑やかな高級ステーキハウスと、その隣にある小さくて閑古鳥が鳴く安いハンバーガーショップ。
『仮初の野望』
高層ビル群だ。明かりは高層階しか付いていない。
どれも楽園を代表する光景だ。これを描いた彼女の意思が伝わる。
『第二部 欲望』
『金銭欲』
山のようなコインをベットする男。
『食欲』
ステーキを食す男。
『独占欲』
高級車でドライブデートを楽しむ男。
どの男も目が描かれていない。
『第三部 絶望』
『絶望・Ⅰ』
ベッドに寝ている男性とそれを見つめる女性。
『絶望・II』
遊んでいる子供たち。
『絶望・III』
キャンバスの前で筆を折った女。
筆を折った女。これは、彼女だ。
「活力がない」
そう言った彼女の言葉を思い出す。気になるのは、この絵が私に会う前に描いた絵なのか後の絵なのかだ。彼女の持つ瑞々しいイメージとはかけ離れた、あまりに澱んだタッチだった。彼女のことは信じているけど、自分を描いた絵がどうなっているのか、少しだけ不安になる。
『第四部 希望』
『使命』
ベンチに座っている老人。だが、その眼は私が見てきた彼女の眼のようだ。
『日々』
人が座っていないベンチを中心とした緑の風景。私が見ていたのはこの絵だ。
この先にはあと一枚しかない。けどもうわかる。最後の一枚は私を描いたものだ。
『出会い』
私が笑っていた。
これは描いてもらっていた時と同じ。
けれど、一つだけ違うことがある。
隣で彼女も笑っているのだ。
「そっかぁ」
私はすごく嬉しくなって、彼女を探した。もしいるとしたら絶対にここだ。
頭の中ではわかってた。これだけの量の絵を描いたんだ。もう彼女はいないんだろう。
だからといって、探さないのは違う。会って、笑いたかった。
「すいません、この絵のモチーフの方ですか?」
突然、高校生くらいの女の子が話しかけてきた。頷くと、彼女は続けた。
「彼女からの伝言です。
『これで、私たちの出会いも、あなたのモデルデビューも、ちゃんと残せたんじゃない?』
とのことです」
ふふっ、思わず笑いがこみ上げる。私の楽園ボーナス、両方残すためにわざわざアトリエに行って、自分を絵に追加したんだ。とても彼女らしい。
彼女はもう逝ってしまったんだろう。私ももういいかな。天国がもしあるとすれば、今なら彼女に追いついて、笑って天国までピクニックができそうだ。




