Case. 6 高校生
「大変申し上げにくいのですが、あなたのお子さんの余命はあと3000文字きっかりです」
「うちの子はまだ高校生よ! 何かの間違いでは?」
「詳しくはこちらで」
聞こえちゃった。どういう事? もうあまり生きられないの?
「落ち着いて深呼吸して。何も考えないで」
看護師さんが話しかけてくる。あぁ、段々と頭がぼーっとしてきた……
目が覚めると、隣には両親が心配そうに見守っていた。
「帰りましょう。その前にご飯かしらね」
両親はこれまで行ったこともないようなホテルに私を連れて行って、すごく豪華なディナーを振舞ってくれた。
家に帰ると、母はこう切り出した。
「なるべく何も考えずに。受け入れてね。あなたのためだから」
そして一呼吸置くと、話を続けた。
「あなたを楽園に入れることにしたわ。けれど、明日一日だけ、あなたの余命を使わせてくれない? ごめんね」
楽園? やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。私死ぬんだ。学校はどうなるの? ずっと頑張ってきた部活は? 友達にはもう会えないの?
「ダメ。考えないで。考えるだけで余命が減っていくそうよ」
でも、でも。
「友達に会いたい」
「ダメなの。一人会うごとに少なくとも100文字は使うのよ。10人にお別れを言うだけであなたの寿命は3分の2になってしまうの」
「楽園になんか行かなくったっていい」
「お願い。言う事を聞いて。このまま過ごしても、あなたは学校にも行けないし、私たちもあなたに話しかけられない。世界中から無視されるみたいになってしまうんですって。それなら、せめて楽園で、あなたのやりたい事を探してもらいたいの。色々な望みをかなえてくれるらしいわ」
「じゃあこの病気、治してよ!」
「ごめんね。でもおとなしくいう事を聞いて。口論している余裕はないの。私達に、あなたの幸せな記憶を残させて頂戴」
泣きながらそのような事を言われると、もうこれ以上反論はできなかった。私だって、親のことは嫌いじゃないから、喧嘩なんかしたくない。
「わかった。その代わり、明日は精一杯楽しませてよね」
無理やり笑みを作ると、両親も泣きながら、笑った。
楽園にやってきた。両親とのデートはすごく楽しかった。
一生分の写真を撮った気がするけど、写真を撮る度に父が泣き出すからそれはもう大変だった。
家に帰って、やっぱりパパとママといたい! って我儘を言っちゃって、何回目かわからないけどまた泣き出した二人を見て、楽園に来る決心がついた。
けど、私にはやりたい事なんてない。パンフレットを見たけど、男の子が喜びそうな内容ばっかりだな、って。両親と離れ離れになってまで作った時間を、浪費したくはなかった。
やりたい事がみつからなくて、途方に暮れていると、担当医師から面談の誘いがあった。
「やりたい事が見つからない? それはそうかもね。君は言われてここに来ただけだからね。
なら、絵に興味はある? 面白い事をやっている人がいるんだ」
お医者さんは、素敵な絵が見られるはずだよ、と言いながらアトリエの場所を教えてくれた。
「すいません、ここに来れば素敵な絵がみれるって、お医者さんに言われてきたんですが」
アトリエ、と呼ばれる場所に初めてお邪魔したけど、色々なものが乱雑に置かれているのに、ものすごくお洒落だ。
アトリエのご主人と思しき女の人は、すごく面倒そうに
「どうぞ。構わないから、好きに見ていきな」
と一言だけ呟くと、作業に戻っていってしまった。
アトリエに飾られている絵は、楽園を描いたものだった。場所やモノ、そしてヒト。楽園を好きになれない自分は共感できるけど、ほとんどの楽園の人はこれを見たら気分を害するのではないだろうか。
ベッドにいる女の人の絵と子供たちの絵はよくわからない。楽園の絵じゃないのかな?
そして、最も目立つ位置に置かれているのが、女の人二人が満面の笑みを浮かべている絵。一人はこのアトリエのご主人だ。圧倒的な幸福感に包まれる。
「この絵、本当に素敵です。一人は貴女だと思うんですが、もう一人の方は?」
「ああ。楽園で会った人だよ。恩人さ」
恩人。楽園でもそんな人に会えるんだ。
「楽園でもこんな感じで笑えるんですね。私でも笑えますか?」
「私、ここでやりたいことがないんです。こんな笑顔ができるようになりたい」
「あなたの絵は、楽園でこの笑顔を探せって、言ってますよね」
この笑顔こそが、私が楽園で見つけるべきものだと思い、矢継ぎばやに質問する。
すると彼女は、とんでもないことを言い出したのだ。
「ならお前が、この笑顔を楽園に広めてくれ。そしたら誰かが、この笑顔のやり方を教えてくれるだろうさ。
私はもう時間がない。だが、この絵は死んでも完成させる。どんな形でもいい、楽園に公開してくれ」
私はその圧倒的な迫力に押されて、黙って頷くしかなかった。
「あとは頼んだぞ」
彼女はそう言うと、キャンバスとにらめっこを始めた。いよいよ邪魔をするわけにもいかなくなった私は、そっとアトリエを後にした。
どうしよう。何をすればいいの。まずは所有権か。確か楽園の居住者は死後財産を没収されるんだったっけ。つまり、彼女が生きているうちにってこと? その辺り詳しそうなお医者様に聞いてみるかな。
「そうですね、死後財産は没収されます。美術品であれば国立美術館に寄贈されるはずですよ。
彼女は間もなく余命がなくなります。決して会いに行ってはいけません。あなたが考えるべきは、その後です」
……これが楽園だ。もう一度会うことが許されない世界。泣きそうになったが、彼女が絵に込めた意思を思い出して耐える。
彼女が亡くなったと連絡を受け、お医者様とアトリエに向かう。そこにはまだ絵と、彼女の置き手紙が残されていた。手紙には、彼女が考える楽園の欺瞞と、恩人への伝言が記載されていた。
そうか、そういうことか。
「あなたはどうしたいですか?」
「彼女の個展を開かせてください。私の文字数を消費できるなら、きっと楽園はなんだってするんでしょう?」
「ふむ……では楽園の国立美術館の館長と話してみますか?」
その足で美術館へと連れていかれる。このお医者様、何者?
「この美術館の館長をしている相坂です。手短にどうぞ」
「楽園で亡くなったある画家の個展を開かせていただけませんか。彼女は楽園の歪みと救済をテーマにした数々の作品を残しています」
「わかりました。彼女の絵を見ないと即答はしかねますが、どういったコンセプトの展覧会を開きたいのか、ストーリーを教えていただけませんか? 文字数のこともあるでしょうから、簡単で結構です」
うぅ、やったことない。でも、託されたからには、やるんだ。
幸いなことに、私には彼女の残したメモがある。それを形にするんだ。
……
なんとか展覧会の開催にこぎつけた。私が考えたストーリーはそれはそれは稚拙なものだったに違いないけど、きっと美術館の人たちが真摯に対応してくれたんだろう。展覧会の構成は、彼女の遺志が強く残った、刺激的な内容のままだ。
私がやらないといけないことはあと一つ。私は目当ての人が来るのを待ち続けた。
来た。間違いない。彼女の絵にそっくりだ。
「すいません、この絵のモチーフの方ですか?」
彼女に伝言を伝える。彼女は笑った。
あの絵と一緒だ。
彼女はどんな希望を持っているんだろう?
まあでも、これで完了。私は成し遂げた。
彼女の笑顔につられたのか、達成感からかはわからないけど、私は楽園に来て初めての笑顔を浮かべた。




