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Case. 2 中年男性

「大変申し上げにくいのですが、あなたの余命はあと3000文字きっかりです」


 は? なんで私が……!


「楽園への移住を勧めます。情緒が揺さぶられないことが寿命を縮めないためには大事なことですので、落ち着いて家族との別れを済ませてください」


 そうだ、落ち着け。


 考えてみればこれまで仕事ばかりで全く家族のことを顧みていなかった。

 残り3000文字でも、のんびり暮らせばそれなりに長生きできると聞く。

 子供はとっくに手がかからなくなってるから、残りの時間は家族との時間に使えば十分じゃないか。



 私のそんな期待は、あっさりと裏切られた。

 病気のことを打ち明けると、妻はこんなことを言ってきた。



「それじゃあ楽園に行く前に、離婚届に印鑑を押しといて。知ってる? 楽園に行くと財産権は放棄されるけど、婚姻関係は死ぬまで解除されないの。どうせあなたは長生きするんでしょうから、私達のために離婚してからいってね」


 「いってね」の一言が頭にこびりついて離れない。

 どういう意味の「いってね」なんだ。あれだけ尽くしてきた家族に、死ねと言われているのだろうか。


 悔しい……悔しい……



 だが余命が少ない私が抵抗したところで、自分の寿命を縮めるだけだ。

 仕方なく離婚して楽園にやってきたものの、これまで仕事しかして来なかった身だ、何をすればいいのかわからない。


 家族、いや、元家族だな、を見返すために贅沢な暮らしというものをやってみたものの、相手に伝わらないのにやってもしょうがないことに気付いてからは、毎日ぼーっとして暮らしている。

 もう会うこともない彼女らの事を考えても、文字数のムダだ。



 最近は毎日家のベランダから外を眺めて過ごしている。

 高級車の助手席に綺麗な女の人を乗せてエンジンを吹かしている人を見て、あれは楽園の目玉サービスの一つになっているレンタル彼女というやつだな、とか、子供の笑い声を聞いて、どこにいても子供は元気だな、とか取り留めない事を考えていると1日が終わる。

 こうしていれば、少なくとも早死にすることなく平穏な生活が送れるだろう。



 そんな中、毎日公園に来ては一日中ベンチに座っているおじいさんを見付けた。

 気になって観察するようになったが、本当に毎日同じ事をしている。ただベンチに座っているだけ。



 もしかして彼も家族に捨てられた口なのか。

 私はもはや自分の人生にはなんの価値もないと思っているが、彼の不幸話でも聞ければ自分の人生の方が少しはマシに思えるかもしれない。

 そんな好奇心が、私を彼の元へと突き動かした。



「隣、いいですか?」


 じっと空を見ていたおじいさんは視線をおろして、黙って頷いた。

 私は隣に腰かけると、彼にこう尋ねた。


「ここでは人に話しかけるのは良くない事だってわかっているんですが、毎日ここにいるあなたが気になってしまって。どうして楽園にいらっしゃったんですか?」


「何も考えないのが長生きの秘訣だからな。何も考えないためには楽園に来るのが一番。みんな知っていることだ」



 彼はそう答えた。

 思っていた回答との違いに戸惑いつつも、なお質問を続ける。



「いや、大半の人はそうは思っていないと思いますよ。残り少ない余命をどれだけ楽しめるか、それがこの都市の存在意義ですから。楽園に来た以上は、長生きしたところで意味はなくて、有意義な使い方をするのが大事。そうじゃないですか?」


「そのとおりだよ。余生を有意義に使う事こそが最も重要な事だ。ただ、わたしの場合は長生きすることが最も人生を有意義に過ごすことそのものだというだけだよ。いや、正しくは「だった」かな」



 まるで禅問答をしている気分だ。

 ただ、彼は私に話を聞いてもらいたいらしい。

 私はこう答える。



「もちろん、そのために話しかけたのですから」



 なんだ、結局話したいんじゃないか。

 これまで話す相手も居なくてぼーっとしていただけか。

 彼は話すことで満足し、私は聞くことで現状への溜飲が下がる。WIN-WINってやつだ。



 ところが、彼が話し始めたのは彼の妻の話だった。

 老夫婦の惚気話なんて正直どうでも良かったが、話しかけた手前無碍に扱うことも出来ず、なんとなく話を合わせてあげた。


 すると彼は妻との生活がどれほど大切で、かけがいのないものだったのかを、滔々と語り始めた。

 私はつい自分の元妻の顔を思い出してしまい、いたたまれない気持ちになった。

 その事に気付いているのかどうかわからないが、私の様子を特に気にする事なく、彼は話を続けた。


「だからわたしはその日々があればもう十分なんだよ。これ以上求めるものなんてないんだ」



 私はその言葉を聞いて思わず尋ねた。



「ならばなぜ楽園へいらしたのですか? 奥様と最期のときを過ごされた方が有意義だったのではないですか?」


 おそらく頭に来ていたんだろう、綺麗事ばかり言う老人に。

 だったらお前は何でこんな所で一人寂しく空なんか眺めてんだ。

 結局は捨てられたんだろう。


 お前は私と一緒なんだ!



 だが、そんな私の思いとは裏腹に、彼が語ったのは、妻に対する尽きることのない愛だった。



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 ああ、分かった。私と彼は全然違う。

 彼は今を懸命に生きているんだ。

 私みたいな人間に構っている場合じゃない。

 羞恥と後悔で真っ青になった私は一刻も早く会話を打ち切るべく、彼に謝罪した。


 すると彼は、胸ポケットから封筒を取り出しながら、彼の使命が終わったこと、そして彼女への恨み節を語った。

 そのときの彼の表情を、何と表現したらいいんだろうか。


 悔しそうで、懐かしそうで、寂しそうで、幸せそうな、言うなれば人生そのもののような顔をしていた。

 そのあまりの美しさに、私はただ涙することしか出来なかった。



 そうして彼は死んだ。

 だが、私は彼が羨ましくて仕方がなかった。


「わたしは満足だ」


 彼の最期の言葉が心に突き刺さる。

 私もあのように満足して逝く事ができるのだろうか。


 余命は残り少ない。


 いつもと変わらないはずの高級車のエンジン音や子供の笑い声も、そのために彼らが犠牲にしている文字数を聞いているようで焦燥感が募る。


 今から何ができる。

 余命は残り500文字しかない。

 これまでの人生で私は何をやってきた?


 仕事は今更だ。趣味は特にない。ほかに何かないのか。

 そうだ、家族だ。家族だけは私が残したものだとはっきり言える。

 離婚したところで、それまで私が彼らと過ごしてきた事実は変わらない。

 手紙を書こう。妻に。子供に。

 私を捨てた彼らに、せめて自分の生きた証を刻み付けてやるんだ。


---

 最愛の妻へ


 これまでありがとう。君と過ごした日々はかけがえのないものだった。結婚してから20年、子供も大きくなり、これから君と新しい生活が始まると思っていたのに残念だよ。

 私がいない日々は大丈夫か? 元気で生きているか? 私は確かにこれまでよりも贅沢な生活ができているが、それだけだ。帰ると君と子供が家にいた生活が懐かしいよ......

---


 あれ、もう書くことがない。

 そんなはずはない。


 あの老人は、妻への想いだけで3000文字を使い果たしていたんだぞ。くそっ、もう文字数がない。子供にも手紙を書かなければ。


---

 最愛の子供たちへ


 これまでありがとう。随分と大きくなった。小さかった頃にお風呂に入れてやったことは覚えているか?

 ちゃんと勉強するんだぞ。将来は何を目指しているんだったか。

---


 言葉が上滑りする。私は彼らに何を伝えたいんだ。もう文字数がな









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