呪いの双子
人影はそこから動く気配を見せない。桟橋の上で何やら話し合っているようだった。その手が赤く染まっている。立ち入るために桟橋の門番を殺したのは明らかだった。
そんなことをするのはパンデモニウム以外に考えられない。今頃ミーニンガルドは戦々恐々としているに違いない。領主はそっと通信武具に手をやった。
「あいあい。我よ我よ。万魔のパンデモニウムとやらが現れた」
おそらく目的はこのナルド・リヴァイアとその言葉を理解する領主の力。現れたパンデモニウムの気配は桟橋のみで、そこ以外にはいない。他に誰もいないのならばミーニンガルドまで被害が及ぶとは考えられない。考えられないが警戒はしておくようにと言い添えた。
「あいつら…!」
桟橋の人影にバルセナには見覚えがあった。忘れはしない。バルセナをパンデモニウムへの復讐に駆り立てた原因だ。
ぎりりとバルセナの顔が歪む。移り気で無執着の象徴である風を信仰するベルベニ族にあるまじき確執がそこにある。
今にも飛び出していきそうなバルセナを見、そして猟矢たちを見、ナルド・リヴァイアは低く唸る。威嚇ではなく何かを伝えようとしているようだ。その言葉を受け取れる領主ナクアブルが海竜の言葉を訳す。
「"ちょうどいい。そこの人間2人をどうにかしてみろ"」
荒れ狂う波が常に寄せる桟橋の上で戦い力を証明してみせよ。ひとの意思を見せてみろ。それ次第によっては力を貸してやろう。そういうことだった。
「言われずともよ」
「あ、ちょっと!」
普段よりいくらか低い声音で答えたバルセナは階段を降りていく。猟矢たちが慌ててそれについていく。
それを見送り、ナルド・リヴァイアは海中に身を沈める。力を貸すに不十分であると判断した場合、桟橋ごと津波で押し流すつもりで。海竜王は極端に過激でいらっしゃる、と領主が呟いた。
「バルセナ、あいつらと知り合い?」
知り合いというか確執というか。そういえばバルセナがパンデモニウムにあれだけ復讐心を燃やす理由を猟矢は知らない。
パンデモニウムの所業を考えるに故郷や家族や何かが奪われたのだろうとは予想できるが、それが合っているかはわからない。聞いたってはぐらかして教えてくれないのだ。それをおして無理に聞き出そうという行為は猟矢にはできなかった。できないまま今日に至る。
「…そうね」
大事なものを奪われた。そう説明しながら階段を降りていく。まだあの2人の気配は桟橋にあって、そこから動く気配はないようだ。まるでこちらの迎撃を待っているかのような。
「あいつらはパンデモニウムのカーディナル級、アスクトネリコとエムブラニレ」
3階の祭壇からは見えなかっただろうが、男女の双子だ。"倒錯"の異名でよばれる彼らは2人でひとつの武具を持つ。あまりに強力すぎるが故に2人がかりでないと発動できないのだ。
「ことの始まりは4年前」
それはバルセナがベルベニ族の信仰に従って気ままに旅をしていた時のこと。
たまたま立ち寄った村に彼らが現れた。彼らに目的があったわけではない。ただそこに"遊べそうな"村があったから"遊んだ"。そんな悪ふざけでひとつの村が滅んだ。
悪ふざけで彼らが訪れた村は、彼らの悪ふざけのような武具であっという間に壊された。
「あいつらは、ひとも何も…生き物であれば何でも…他の生物の姿に変えることができるの」
命を持つ生き物であれば何にでも変えられる。あべこべに。ばらばらに。まるでパズルのように組み替えて見た目と中身を倒錯させる。
その能力でもって村民を家畜に変え家畜をまた別の生き物に変えた。
脆弱な虫けらに変化させた村民をひとつの桶に入れ、まるで子供が蟻の巣に水を流し込むように無邪気に残酷に水を注いだ。ノンナに変化させた村民を前に、家畜は屠殺しなきゃいけないと言って肉切り包丁を振り下ろした。
「じゃぁ、その能力でナルド・リヴァイアを?」
「おそらくそうね」
その武具でもってナルド・リヴァイアを捕獲するか殺すかどうにかするつもりなのだろう。神に通じる竜にそれが効くかはわからないが、やってきたということは少なからず効くと確信しているのだろう。
「そうやって私も奪われたの」
バルセナもまたそのように変化の呪いにかけられるところであった。それを庇い、呪いを受けてひとの形を失った男がいる。バルセナの恋人であった彼のおかげでバルセナは双子の倒錯する災禍を免れた。
そうして庇われたバルセナは右目を犠牲にしながらも動物に変えられた恋人を抱えて逃げ出した。敗走したのだ。
恋人を獣に変えられ、敗走するという屈辱を負ったままそして今日に至る。
「男の名前はハーブローク。…つまり」
いつも連れている鷹の名だ。神殿の入り口をくぐったバルセナの肩に鷹が止まった。




