第53話 パン状炭化物
「次は長野県富士見町・曽利遺跡だ。縄文時代中期・約4900年前」と豊心君が言う。
「曽利遺跡……」
「曽利遺跡第5号住居址から、パン状炭化食糧が出土。木の実などを粉末にし、こねて成形し、焼いた食品と考えられている。長野県の公式サイトとかに書かれている」
「これだね。長野県のPDF「重点テーマ:八ヶ岳・霧ヶ峰の自然の恵みが活かされる地域づくり」の11ページ。今から4900年前の縄文中期、曽利遺跡5号住居から発見されたのは……日本最古のパン状炭化物・縄文クッキー、木の実を粉末にして、こねて形成し焼いた食品」
「ただ、現代のパンというより、平たい焼き物・おやき・団子などに近かった可能性がある」
「なるほど。国立歴史民俗博物館 khirin「パン状炭化食糧」にも書いてあるね」
資料名:パン状炭化食糧
寸法:左長 15cm、右長17cm
点数:2点
遺跡名:曽利遺跡
伴出遺物:第5号址の一括資料
遺物・遺構の現状:「石皿の凹みに附合する形状」
「うん。興味深い資料だろ?」と豊心君が言う。
「次は岐阜県・峰一合遺跡。縄文時代前期。ここからもパン状炭化物が出土」
「また」
「ここで興味深いことがあるんだ。後の分析で、当初はパン状炭化物と考えられていたものを詳しく分析したところ、ギョウジャニンニクやノビルなどのユリ科植物の球根に由来する可能性が高いと判明した」
「つまり?」
「パン状=穀物でできているとは限らない。縄文時代には、植物のさまざまな部位を加工して焼いた可能性があるということ」
「ふむふむ」
「次は長野県豊丘村・伴野原遺跡。縄文時代中期。ここからもパン状炭化物が出ている。成分分析によって、シソ科シソ属、恐らくエゴマの実を材料にしたものと分析されている。出土した場所は、33号住居址の方形石組炉の内部」
「見つけた。飯田市の文化財データでは、これをエゴマの実などをこねて焼いた、お焼きのような食品が炭化したものと考えていますだって」
「縄文パンらしきものには決まった材料がなかったんだ」
「豊心君遺跡はまだあるの?」
「あと2つ」
「了解」
「次は新潟県津南町・沖ノ原遺跡。ここからも、クッキー様炭化物が発見されている。国立歴史民俗博物館の資料では、直径約1.5~2.8cmほどの小さな団粒状の炭化物が複数記録されている」
「新潟からも」
「最後は福島県上の原遺跡。縄文時代中期後半。パン状炭化物の出土例として知られる。材料については詳細が分かっていない」
「すごいね。こんなに出土報告があるんだ。それでこれってパンと呼んでいいの?」
「現代のパン:小麦粉+水 → 生地 → 酵母などによる発酵 → 焼成。縄文のパン状食品:木の実・種子・球根など → 粉砕・加工 → 水などと混ぜる → 成形 → 焼成。」
「つまり?」
「見た目や、粉にした植物などを加工して焼くという工程が現代のパンに似ている。だからパン状と呼ばれているんだと思う」
「じゃあ、縄文人はパンを食べていたの?」
豊心君は少し黙った。
「分からない」
「え?」
「材料らしきものは分かる。炭化したものも残っている。作り方もある程度は想像できる。でも、それが本当に俺たちの知っているパンだったのかは分からない」
「……」
「だから今回は、作らない」
「作らないの?」
「ああ」
豊心君はノートパソコンの画面を見る。
「適当にドングリを粉にして焼けば、それは縄文パンの再現じゃない。俺たちが勝手に作った縄文風の食べ物だ」
「なるほど」
「それはそれで食べてみたいけどな」
「結局食べたいんじゃん」
「そりゃ食べたい」
「ふうん作らないんだ」と真奈美さんが言う。
「うん。今回は作らない。縄文時代に日本にパンらしきものがあったかもしれない。それだけでいいじゃないか」
豊心君はそう言うと、遠くを見つめた。
約5000年前。
日本列島で、人々は木の実や植物を加工し、焼いて食べていた。
それはパンだったのかもしれない。
パンではなかったのかもしれない。
ただ、数千年後の僕たちは、それをパン状炭化物と呼んでいる。
それだけは確かなことだった。




