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第52話 縄文時代に何があったのか

「そういえばさ、今更だけど、日本にパンが入って来たのはいつなの?」と僕が聞く。


「1543年だったかな。戦国時代だ。ポルトガル人が種子島に漂着した際に、鉄砲などと一緒にパンが伝わったって話だ」と豊心君が答える。


「じゃあパンを最初に食べた日本人は?」


「さあ」


「さあって」


「資料はないよ。さっき言った種子島に漂着した時にいた、誰かかもしれない」


「そうなんだ」


「一般的にはね」


「どういうこと?」


「日本にパンが伝わったのは1543年、という話だ。でも実は5000年前の縄文時代にパン状炭化物やクッキー状炭化物などと呼ばれる食品が存在したんだ」


「えっ?日本だよ。しかも縄文時代にパンがあったの?」


「パンではない。縄文人がパンを食べていたというよりも植物などを粉にして練り、成形して焼いたパン状の食品があったという話だ」


「面白い話をしているわね」いつの間にか真奈美さんがやってきて言う。


「まあちょっとした、かもしれないという話だ。ただし、植物を粉にしたことは、石皿や磨石からかなり分かる。問題は、それをどう料理したかだ」


「詳しく教えてよ」


「いや俺も細かいところまでは流石に覚えていない。一緒に当時を想像してみようじゃないか」


僕はノートパソコンを立ち上げた。


これで豊心君の話を詳しく調べられるかもしれない。


「まずは縄文時代前期・約5500~5000年前。山形県高畠町・押出(おんだし)遺跡から始めようか」


「押出遺跡か」


「押出遺跡は、縄文時代前期の低湿地遺跡で、約5500年前の集落跡が見つかっている。動物の肉や木の実などを使ったクッキー状の炭化物が出土した。炭化食物は、漆塗(うるしぬ)り土器などとともに国の重要文化財に指定されていた。このことは山形県の公式資料からも確認できる」



僕は山形県の公式サイトのうきたむ常設展示・資料紹介にそのことが書いてあるのを確認した。


「本当に書いてあった」


「分析研究では、押出遺跡のクッキー状炭化物について、クルミ・クリなどの堅果類(けんかるい)を石皿ですり潰して粉末状にし、焼いたものとあり、木の実が重要な材料だったと考えられている」


「別のサイトに書いてあるね。分析から、肉・卵などの動物性食材が関係していた可能性も指摘されている。ただし、材料の組み合わせを完全に確定できるわけではなく、分析結果からの推定として扱うべき。「木の実などを加工し、練って焼いた食品」の代表的な例。炭化食物は漆塗り土器などとともに重要な出土資料となっている。だって」


「分析から、クリやクルミなどの植物性食材だけでなく、肉や卵など動物性食材が関係していた可能性も指摘されている」


「じゃあ押出遺跡ではどうやって作ったの?」


「採集する。必要ならアク抜きをする。石皿と磨石で粉にする。水などを加えてまとめる。形を整えて焼く――と考えられる」


「考えられる?」


「実際に5000年前の人が作っているところを見たわけじゃないからな」


「これはパンかもしれないね。あくまでかもしれないだけど」


真奈美さんは黙って聞いている。


「おいおい、見つかったのはこの遺跡だけじゃないんだぜ」


「えっ?」

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