第39話 イエス・キリストが最後の晩餐で食べたパン
まだ先の話だがクリスマスってなにかやるんだろうかと気になった。
真奈美さんに聞いてみると
「特に予定はしていないわね。なんなら労働……イベントを考えようかしら」
今、労働って言いかけましたよね?
そういえばクリスマスって、本来イエス・キリストを祝う日だったんだっけ、と思い出した。
なんとなく気になって最後の晩餐の絵を見てみるとパンが描かれているではないか。
「豊心君。最後の晩餐にパンが描かれているけどなんのパンか知っている?」
豊心君がやってきて画面を見る。
「なんだろうね。丸いパンとしか」
真奈美さんもやってきた。
「これはね。レオナルド・ダ・ヴィンチが、1495年から1498年だったかな、そのぐらいの時期に描いたの。つまり最後の晩餐から1500年経って描かれたのよ」
「では実際と違う可能性があると」
「そういうこと。丸いかもしれないし、そうでないかもしれないってこと」
「そっか。じゃあ再現はできないんだね」
「う~んでも作ってみたいな」と豊心君。
「わかった。僕が調べてみるよ」
どうやら最後の晩餐は過越の祭の時の食事だったと、聖書にはかかれているらしい。
ユダヤ教(キリストはユダヤ人)の過越の祭りの時期では、種なしパン(マッツァ)を食べる習慣がある。
マッツァを調べると薄いクラッカーのようなパンだ。
真奈美さんが言っていた「丸いかもしれないし、そうでないかもしれない」という言葉を思い出した。
しかし色んな人の意見を見ると、現代のマッツァとは違う可能性もあるという。
当時、必ずしもフォークで穴を開けて薄く作ったとは限らない。
そこでまとめるとこうなった。
最後の晩餐が過越の食事だったという共観福音書の描写を採用するなら、イエスたちは発酵していない小麦を使ったパンだった可能性が高い。
ただし、その小麦の品種も、パンの厚さ・形も確定できない。
1世紀ガリラヤの農業・製粉事情から考えると、エンマー、デュラム、パン小麦などを候補とし、石臼で挽いた小麦粉による丸い平パンを再現するのが最も無理がないと思う。
つまり、1世紀のガリラヤで食べられていた小麦を石臼で挽き、水でこね、発酵させず、丸く平たくして焼いたパン。
エンマー全粒粉60g・デュラム小麦粉60g・細挽き普通小麦粉30g・水80〜85g。
形は丸い平パン。
そして発酵はさせない。
これを豊心君に見せた。
豊心君が興味深そうに見ている。
「でもね実は1つだけまだ迷っていることがあるんだ」
「塩か?」
「よくわかったね。塩を入れるか入れないか」
「それで、友久はどっちだ?」
「僕は入れない。入れたという確かな証拠もないから、今回は入れない」
「わかった。じゃあこれで作ろう」
パンが出来上がった。
これが最後の晩餐で食べたパンかもしれない。
あくまで僕が調べたことだ。
そうかもしれないし、全く違うかもしれない。
僕たちはキリストにならい、パンを裂いて食べた。
味は微妙だと思った。
再現飯は必ず美味しいとは限らないんだなとも思った。
豊心君も真奈美さんも同じような反応だ。
「これが最後の晩餐にしたくないから、豊心君別のパン作ってよ」と僕が言うと、
「任せろ」
そう言って豊心君が生地をこねてくれた。




