第35話 加奈子さん
放課後、部室に豊心君と行くと、見知らぬ女の子がいた。
「あなたたちがパン狂いの変人ね」とその女の子は言う。
僕は「違います」と否定した。
「じゃああの祭壇と絵はなに?」
「あれはパンの神だ」と豊心君。
「パンの神?」
そして豊心君は炭化させたパニス・クアドラトゥスについて説明をした。
女の子が話を聞き終わると、パニス・クアドラトゥスに祈り始めた。
そして「私も御神体が欲しい」と言う。
「では、パニス・クアドラトゥスを作って炭化させて……」
「違う。私はパン狂いじゃない」
そこへ真奈美さんがやってきた。
「加奈子、勝手に歩き回っちゃだめじゃない」
「どうせ家庭科室に行くって言ってたからいいじゃない」
「それでこの2人と何を話したの?」
「私も御神体が欲しいって言っただけ」
「なら作ればいいじゃない」と真奈美さん。
「どんなのがいいんだろう」と加奈子さん。
「それでこの人は何が好きなんですか?」と僕が聞く。
「彼女はチーズ好きよ」
「そう。濃厚なコクと香り。ミルクを発酵・熟成させるだけでたくさんの種類ができる。味も香りも違う。そしてたくさんの料理と合う。料理に使えば、その料理のランクとグレードがアップする。もちろんそのままでも美味しい。チーズこそ人類の宝。究極の食べ物よ」
僕はやばい人が来たと思った。
僕は豊心君をみた。
あれ?なんか感心している。
パンとチーズ。
この2つは格別に相性が良い。
ということはこの2人も相性が良いのだろうか。
「豊心君。ハチャプリアジャリアを作ってあげて」と真奈美さん。
豊心君が生地を作り出す。
「さてはパンで私を懐柔させようという気ね。私はパンでは屈しない」
そして加奈子さんは、出来上がったハチャプリアジャリアを食べた。
「なにこのパン。超美味しい。チーズがたっぷりで最高じゃん」
なにが屈しないだと僕は思ったが、もちろん声には出さない。
「このパンを御神体にしよう」
その時僕はふと思った。
「そういえば、古代エジプトを調べていた時に、古代のチーズがあったな」と僕が言う。
「ちょっとそこのあなた。その話詳しく話なさい」
僕はノートパソコンを立ち上げ、古代エジプトを調べた時に見つけたチーズの資料を見せた。
画面に表示されたのは、約三千三百年前のチーズ。
サッカラのプタハメス墓から出土したものだった。
陶器の容器の中に白っぽい固形物が残っていて、分析によって牛乳と羊、あるいは山羊の乳を使ったチーズだったことが判明している。
加奈子さんがその資料に拝み始める。
「これこそチーズの神だ。そこのあなた、今すぐこのチーズを作りなさい。それを神と崇めます」と僕に言う。
「そんな無茶な」
「いいからやりなさい」
「それから僕はサッカラのチーズの資料を集めたが当然レシピなどはない」
当時の資料などを見て、牛乳と山羊乳で作ろうと思った。
これは2023年に研究者たちが再現実験をしているので、それを参考にした。
古代の製法そのものが判明したわけではない。
それでも、子牛レンネットで乳を凝固させ、植物製のマットで水分を抜き、塩を加えて乾燥させるという工程は、僕たちが目指すものを考える上で十分な手掛かりになった。
フレッシュチーズなら2日で出来るということがわかった。
しかしそこからが問題だ。
水分を抜き、乾燥させ、保存する。
その先にある古代品の状態まで持っていくには、本来なら長い時間が必要になる。
資料を調べたところ、完成までには1年ほど必要だと分かった。
そのことを話すと「一週間で作りなさい」
「そんな無茶な」
しかし有無を言わせぬ威圧感は真奈美さんに通じるところがある。
色々考えてある結論に達した。
「まず再現チーズを作る。これには2日かかる。そこから少量のチーズに温度が低めの熱風を一週間浴びせ続ける。その間、食品サンプルで見た目がそれらしいのを作る」
「それ偽物じゃない」と加奈子さんが言う。
僕はかまわずに「食品サンプルの内部に空洞を作ってもらいます。そこへ、一週間かけて乾燥させた再現チーズを入れる」
「完全な偽物ではないってことね。再現したものが入ってるなら良しとするか」
こうしてチーズの御神体作りが始まった。
熱風や食品サンプルは真奈美さんや加奈子さんの伝手で頼んだ。
「これでチーズの神様が出来る!」
加奈子さんが不気味な笑い声を発した。




