第31話 古代エジプト
「私の知り合いがね。今度、銀座で古代エジプト展をやるの」と真奈美さん。
「それで?」と僕が先を促す。
「出土品とかレプリカを展示するんだけど、お墓とかからパンが出てきたりしてるんでしょ。それを作って欲しいの」
豊心君が考え込んでいる。
「もちろん、ただとは言わないわ」
豊心君がピクリと反応する。
「○○のお店と○○のお店のパン工房の見学」
「やります」と食い気味に言う豊心君。
「ではよろしくね。販売もするかもだから」
「豊心君がんばって」と僕が言う。
「友久君、あなたも豊心君を手伝ってね」
「僕も?」
「パンの説明とかを助けてあげてね」
「わかりました」
僕と豊心君は自分たちで調べたり、与えられた資料を読んだりしていった。
もちろん、豊心君が知っていることも聞いたりした。
それを僕がまとめた。
お墓からパンが出てきたのは、一か所だけではない。
複数の墓から発見されている。
そして驚くべきことは、ポンペイの遺跡で発見されたパンが炭化して残っているのとは違い、原型に近い形で残っているものもあることだ。
それは特殊な環境によるものだった。
乾燥したエジプトの砂漠環境は、有機物の保存に適していた。
もちろん水分がなくなっている状態であるが、そのままの形を維持しているものもあったのだ。
これはパンに限ったことではない。
様々な食べ物などが残っていたのである。
真奈美さんにもらった、ハイスペックなノートパソコンで原稿を書いていく。
僕はこのパンの話を8つのカテゴリーに分けた。
その中でも特に注目したいのは、8つの中で最も新しい時代に作られ、そして最も有名なツタンカーメンの墓だ。
まずはここから始めたいと思う。
エジプトの少年王として知られるツタンカーメンは、ほぼ無傷の状態で墓が発見されたことと、黄金のマスクによって世界的に有名になった。
その墓の中にパンがあったのだ。
ツタンカーメンの墓からは、果実を含む半円形のパンが見つかっている。
また、発掘記録にはパンまたはケーキ、果実と穀粉を混ぜたものも記録されている。
では、なぜパンが墓に入っていたのだろうか。
「豊心君、出だしはこんな感じでいいかい?」
「いいんじゃないか」
「じゃあ続きを書いていくね。次はツタンカーメンから一旦離れて、古代エジプトのパンについて書いていくよ」




