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禁じられた力と彼らの川歩き

「光のゲートが完全に閉じ、

二人の気配が天界から完全に消え去った。


チェス盤の前に一人取り残された唯一絶対の神は、手元に残った白のキングの駒を愛おしそうに指先で転がしながら、ふっと満足そうに微笑んだ。

しかし、その背後に控えていた専属補佐官、

エーテルの表情は晴れない。彼は一歩前に出ると、深く一礼してから、

ずっと喉に引っかかっていた疑問を口にした。


「主(オオミカミ)

よ……失礼を承知で申し上げます。なぜ、

あの方々に『あの力』をお与えになったのですか? あの世界で、

万が一にも誰かにあの力の正体に気づかれれば、

彼らが切望する平穏な暮らしなど、

一瞬で夢と消えるでしょうに」


唯一絶対の神は、あくびを噛み殺しながら手元の駒をパチリと盤面に戻した。


「んー? いやぁ、

だってなんか面白そうだったからさ。

……でもね、エーテル。本当のことを言うと、

あれは私が意図して与えたものじゃないんだよ」


「……どういうことでしょうか?」


神は少しきまり悪そうに人差し指で頬を掻き、

言い訳がましいトーンで声を落とした。


「実はね、提示した5枚のカードには、適当に思いついたありきたりなスキルを仕込んでおいたんだ。でも……まさかあの『禁忌の力』が、

磁石みたいに勝手にカードの中身を書き換えて、自分たちの居場所を作っちゃうなんて思わなかったんだよ。あの力は、元々あったスキルを文字通り

『消去』して、

自分たちが収まるべき場所に居座ったんだ。

私にとっちゃ使い道のないゴミだったけど、まさかあの二人があんなに無造作にカードを引いて、

力を引き寄せちゃうとはねぇ」


エーテルはうやうやしく頭を下げつつも、その声音には隠しきれない困惑と反論の色が混じる。


「ですが主よ、

それを作られたのは他ならぬ主ご自身です。

あれは本来、世界の均衡を乱しかねないがゆえに、主自らが封印を施していた『禁忌の力』

のはずではございませんか?」


「えー、そんな大げさな。

あれを禁じて封印したのはさ、ただ単に

『私にとっては、単体じゃ何の役にも立たないゴミみたいな無能スキル』だったからだよ。作ったはいいけど使い道がないから片付けておいただけさ」


「お言葉ですが主よ、

単体であれば確かに左様かもしれません。

ですが、現在は『二人(と一匹)』

が同時に使い手となっているのです。もしこの二つの歯車が完全に噛み合ってしまえば――それは世界の理を塗り替える、神をも凌駕する力となります」


神はエーテルの言葉を遮るように、

不敵な笑みを浮かべた。


「……ああ、

分かっているさ。だからこそ、あの世界が私にどんな面白いものを見せてくれるのか、

楽しみじゃないか。

唯一絶対の神である私を驚かせたあの力が、

どう動くのかをね」


一方その頃。俺は、

耳を撫でる冷たい水の流れる音と、

強烈な草の匂いで意識を取り戻した。

重い瞼をこじ開けると、

視界に飛び込んできたのは、見たこともない形状の樹木が茂る川沿いの森だった。救急車にはねられた時の痛みはどこにもない。俺は立ち上がり、

大きく伸びをしてから呟いた。


「……やっとだ。やっと、インターネットのない世界に来られたぜ。

通知音も広告も……ここには何一つ存在しない。

これこそが俺が求めていた自由だ」


目の前には、透き通った美しい川が流れている。

水の中を覗くと、

美味そうな魚が泳いでいるのが見えた。


「……よし、今日の晩飯は魚にするか」


俺は川に飛び込んで魚を捕まえようと考えたが、

ふと足元に目をやった。そこには、死んだように爆睡している黒い塊――ミクロが転がっていた。

こいつ、話しかけたくらいじゃ絶対に起きねぇな。俺はニヤリと悪い笑みを浮かべると、

脱力しきったミクロの体をガシッと掴み上げた。


「おいミクロ、新しい人生の始まりだ。

まずは労働から始めてもらおうか」


俺は勢いよく、

爆睡中の駄猫を川のど真ん中めがけて放り投げた。「魚の一匹くらい獲ってこい、このニート猫!!」


『――フギャアアアアアッ!!!??』


着水の衝撃と冷たさで、

ミクロの意識が強制覚醒する。

ザブーン!という派手な音と共に、

ミクロが水しぶきを上げた。

俺も続いて川に飛び込み、

水面から顔を出してあいつの様子を伺った。


「……は?」


そこには、必死の形相でバチャバチャと溺れかけている駄猫の姿があった。あいつは陸に戻ろうと必死に手足を動かしているが、

その重たくて丸っこい体のせいで、

全く前に進めていない。むしろ、

少しずつ沈みかけている。


俺は自分の目が信じられなかった。

猫って本能的に泳げるもんじゃなかったのか?

俺は半開きの口で、ジト目になりながら、

深い絶望と


「こいつマジか……」


という言葉にならない軽蔑が入り混じった顔で、

必死に猫かきをしながら沈んでいく相棒をじっと見つめた。


「……おいマジかよ。お前、

泳ぐことすらできないのかよ」


このまま放置すれば、

魚を獲る前に川の藻屑となってしまう。

俺は深いため息をつくと、

ミクロの首根っこをガシッと掴み上げ、

勢いよく陸の斜面へと放り投げた。


俺も川から上がり、びしょ濡れで震えているミクロをひょいと持ち上げた。そして、ぐったりとしたあいつを、まるで濡れた洗濯物を干すかのように左肩へと引っ掛ける。


「ったく、手のかかる駄猫だぜ。……行くぞ、

まずは川に沿って歩いて、

小屋を建てるのにちょうどいい場所を探すんだ」


俺は肩から滴る水の冷たさを感じながら、

未知の原生林の川べりを進み始めた。

文明の音は一切聞こえない。ただ、

水の流れる音と俺の足音、そして肩の上で

「ふにゃぁ……」

と力なく漏れるミクロの吐息だけが響く。


「今度こそ、誰にも邪魔されない俺たちの拠点を築いてやるからな」


俺は川の流れを追いながら、

自分たちの新しい家を建てるための、

最高の特等席を探して歩き続けた。


俺は川に沿って歩き始めたが、

ふと重大なことに気づいて足を止めた。


「待てよ……小屋を建てるって言ったけど、道具が一つもねぇじゃねぇか」


斧も、ノコギリも、釘も。日本にいた頃ならネットで注文すれば翌日には届いたが、

ここは異世界だ。

素手で巨木をなぎ倒して家を作るなんて、

いくら元ギャングリーダーでも無理がある。


そこで俺は思い出した。あの真っ白な空間で、

神の補佐官が言っていた


『スキル』

のことを。


「そういや、

俺もミクロも何かカードを引いて、

力を受け取ったはずだよな……」


俺は自分の手を見つめ、

念じたり気合を込めてみたりしたが、

何も起きない。肩の上のミクロも、相変わらず

「ふにゃぁ……」と情けない声を出すだけで、

魔法を使えるようには見えなかった。


「……ま、いいか。

考えても分からねぇもんは後でいい。今はまず、

最高の立地を探すのが先決だ」


俺は考えるのを放棄し、

再び川の流れを追いながら、

自分たちの新しい拠点を築くための『特等席』

を求めて、未知の原生林の奥へと進んでいった

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