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唯一神との邂逅

「……ここは、どこだ?暗い。

何も見えねぇ。一寸先すら見通せない、

完全な漆黒の闇の中だった。


俺は本当に死んじまったのかよ。……ったく、

なんて人生だ。フィリピンであれだけ血生臭い修羅場をくぐり抜けて、

ようやく日本で手に入れた平穏な暮らしだったってのに。あんなにあれほどずっと願い続けて、

ようやく掴みかけた最高の勝ち組ライフが、

まさかあんな一瞬で水の泡になるとはな。


……いや、

今更グチグチ言ったところで始まらねぇか。

もう起きちまったもんは仕方ねぇ。もしも、

もしももう一度だけ新しい人生を生きられるチャンスがあるって言うなら……今度こそ、

ただただ平穏で、

何不自由ない普通の暮らしがしたい。

ミクロと一緒にさ。


「……あ。……ミクロ?」


そこまで考えて、俺は心臓が冷たくなるのを感じた。そうだ、あいつはどこにいる?


「おいミクロ! いるなら返事しろ! ミクロ!!」


声を張り上げるが、

闇に吸い込まれるだけで返ってくる音はない。

あいつ、

まさか本当に死んじまったんじゃねぇだろうな。


……クソッ。もしあいつが奇跡的に助かってて、

どこかの優しい誰かに拾われてるなら、

これまで通り王様みたいに甘やかして育ててやってほしい。ニート猫のくせにやたらと飯のクオリティにうるさい、

あの舐め腐った駄猫の世話をしなくていいと思うと、せいせいするはずなのに……。


「……なぁミクロ、

お前がいないと、

流石にちょっとだけ寂しいじゃねぇか」


ぽつりと呟いたその時、暗闇の遥か彼方に、

小さな光の粒が灯るのが見えた。

俺は藁にもすがる思いで、その暗闇の出口へと繋がっているかもしれない光に向かって歩き出した。


光の縁にたどり着き、一歩足を踏み入れた瞬間、

目の前が強烈な輝きに包まれる。そこは、

まるで神の領域としか形容できないような、

神聖で、果てしなく真っ白な空間だった。


あたりを見回すと、その空間の中央に、

一人でチェス盤に向かっている人物の姿があった。

そして信じられないことに、

その同じテーブルの上には、

一匹の黒猫が泥のように爆睡していたのだ。

俺はその見慣れたバカデカいフォルムに引き寄せられるように、ゆっくりと近づいていった。


「あの……すみません。ここがどこだか、

教えてもらえませんか?」


俺が一人でチェスを指しているその人物に声をかけると、その存在は静かに顔を上げた。


「ここは神々の領域。君たちが天界と呼ぶ場所だよ」


「天界……? じゃあ、

あんたは本当に神様なのか?」


驚いて尋ねる俺に、

その人物は穏やかに微笑んだ。


「ただの神ではないよ。

私は唯一絶対の全知全能の神であり、

無限なる空間の創造主だ。」


それを聞いた瞬間、

俺は全神経に鳥肌が立つのを感じ、

すぐさまその場に片膝をついて深く頭を垂れた。


「お目通り叶い、光栄に存じます。

……ということは、

やはり俺は前の世界で死んでしまったのですね?」

「そうだね。君の命はあそこで尽きてしまった」


神が淡々と告げる中、俺はテーブルの上で相変わらず暢気にスースーと寝息を立てている猫に視線を向けた。


「あの……そのテーブルで眠っている猫は一体……?」


「ああ、この子のことかい?

この子は君と一緒にここへやってきたんだよ」


「……やっぱり、ミクロ、お前だったのか」


俺は胸が熱くなるのと同時に、

激しい安堵を覚えた。だが、唯一絶対の神の前でこれだけのんびり爆睡しているあいつの図太さに、

すぐさま怒りが湧き上がってくる。


「おい、起きろ駄猫! 誰の御前だと思ってんだ!

早く神様に敬意を表しやがれ!!」


俺はミクロの体をガシッと掴み上げ、

無理やり神に向かってお辞儀をさせようとした。

だが、ミクロは「にゃ~ん」

と面倒くさそうに片目を開けただけで、

まるで

『は? 俺様の方が偉いけど?』

とでも言いたげな態度で、

これっぽっちも意に介していない。


「おい、てめぇ……!!」


俺が慌てて説教を始めようとしたその時、

目の前の神が突然、お腹を抱えて大爆笑し始めた。


「はははは! 構わないよ、青年。

何しろ猫という生き物は、元からそういう偉大な存在として設計してあるからね!」


神は涙を流さんばかりに笑い続けている。


「……なるほど。通りでああなわけだ」


俺は呆れ果ててポツリと呟いた。

そんな俺たちの会話なんてどこ吹く風で、

ミクロは再びテーブルの上で丸くなり、

何事もなかったかのように爆睡の世界へと戻っていったのだった」


「唯一絶対の神は、

静かに盤上の駒をリセットすると、

対面にある白い椅子を優雅な手つきで指し示した。『立ち話もなんだ。

そこに座って、私とチェスでも指さないかい? 青年』


『え? 俺とチェス……ですか?』

俺は一瞬戸惑ったが、全知全能の神からの誘いを断る勇気などあるはずもない。俺は頷き、

促されるまま向かい側の椅子に腰を下ろした。

そして、目の前に広がる美しいクリスタルで作られたチェス盤に、静かに手を伸ばした。


パチ、と白のポーンを進めながら、

俺は気になっていた疑問を口にする。


『それで……俺とミクロは、

これからどうなるんですか?』


神は静かに微笑みながら、黒のナイトを滑らせた。


『選択肢は二つある。

もし君が前の人生で十分に満足しているなら、

このままここに残り、過去の生を全うした他の者たちと共に穏やかに暮らすといい。だが、

もしそうでないなら、君の未完成の人生を全うするために別の世界へ送ることもできる。もっとも、

その世界は君のいた世界とは少しばかり違っているけれどね』


『違う……? どう違うんですか?』


『あそこの世界に生きる種族には、

有限の命を持つ“モータル”と、

永遠の命を持つ“イモータル”がいる。

その世界に住まうすべての種族はね、

いわゆる“魔法”という力を持っているんだよ』


『マジですか……。すべての種族が魔法を?

なんでまた、そんな世界を作ったんですか?』


俺の問いに、唯一絶対の神は実にあっさりと答えた。


『これといった特別な理由はないよ。ただ、

私が作りたかったから作った、それだけさ』


(……この神様、絶対に暇を持て余してやがったな)


俺が心の中で毒づいた、

その瞬間だった。


『まあね。もしかしたら私は、一つの世界でそれらの種族が他の種族とどう関わっていくのか、

その行く末を見てみたいだけなのかもしれない』


神が俺の思考に直接返事をして、

俺は心臓が跳ね上がるほど驚いた。


『……あ、忘れてた。俺が今話してるのは、

心の中を覗くなんて朝飯前な唯一絶対の神様だったわ』


気を取り直して、

俺はチェス盤を見つめながら続けた。


『生きている奴ら全員が魔法なんて力を持ってるら、

やっぱり戦争とかも日常茶飯事なんじゃないですか?』


『さあ、どうだろうね』神は意味深な笑みを浮かべ、穏やかに告げる。


『関わり合いにさえならなければ、

君の望むような平穏な暮らしを送ることは十分に可能だよ。まぁ、

すべては君が向こうでどう生きるか次第だけどね』


『……なら、大丈夫です。俺の決意は変わりません』


『そうかい。

君なら向こうでも上手くやっていけると思うよ』


『ええ。もう、

このチャンスを無駄にはしたくないので』


対局が中盤に差し掛かった頃、

俺はふと思った疑問を口にした。


『ところで……なんで唯一絶対の神様ともあろうお方が、一人でチェスなんてしてたんですか?』


『ああ、実はね、さっきまで私の専属の補佐官と一緒に指していたんだよ。

君たち二人がここへ到着する前に、

ちょっと用事を頼んで席を外してもらっていたんだ』


『補佐官? その人も、

何か神様的な存在なんですか?』


『私のような神ではないけれど、

他の神々よりは遥かに上の、至高の存在だね』

『他の神々……?

あんた以外にも神様がいるんですか?』


神はチェスを進めながら、丁寧に説明してくれた。


『そう言えば、まだ話していなかったね。

彼らは個別の仕事を任せるために、

私が創り出した神々なんだ。

例えば“光の女神”“時の女神”“生の神”“死の神”

そして“闇の神”といった具合にね。私とは違って、

彼らはあの世界へ直接干渉することができる。

まぁ、彼らも私が創った存在だから、

決して完璧ではないけれどね』


(おいおい、マジかよ……。

そんな面倒くさそうな連中には、

絶対に関わり合いにはなりたくねぇわ)


そんな会話を続けているうちに、

俺のキングは完全に詰んでいた。

チェスで俺の敗北が決まったのとほぼ同時に、

神が言っていた“補佐官”が空間の奥から戻ってきた。


『戻りました、主よ』『お帰り。ちょうどいい、

この二人――エインとミクロの案内を頼むよ。

それと、あの5枚のカードを彼らに』


『御意。……では、エイン殿、ミクロ殿、

私に付いてきてください』


俺は唯一絶対の神に向けて深く一礼し、“ありがとうございました”と敬意を表した。そして、相変わらずテーブルの上で泥のように爆睡している駄猫をガシッと抱え上げ、補佐官の後に続いた。


白い空間の少し離れた場所まで来ると、補佐官が足を止め、手元にある5枚の不思議なカードを俺たちに差し出した。


『では、お二人とも、

ここからカードを1枚ずつ選んでください』


『ちなみに、このカードって一体何なんですか?』


『そうですね……。

向こうの世界で万が一、危険な目に遭った時に自分を守るための“スキル”とでも言っておきましょうか』


『え? なんでミクロまで引く必要があるんですか?」


すると、補佐官は少し悪戯っぽく微笑んだ。


『もしも向こうの世界であなたと離れ離れになってしまった時、この子自身が自分の身を守れるように,

ですよ』


『いや、仮にこいつにスキルをあげたところで、

自分の身なんか守れるわけないですよ。

前の世界じゃ、目の前にいる獲物すらめんどくさがって狩りもしなかったニート猫なんですから』


俺のあきれ交じりの言葉に、

補佐官はクスクスと軽く笑った。


『ふふ、大丈夫ですよ。さあ、カードを選んでください』


俺は特に深く考えることもなく、

物欲しそうにノンシャラン(無頓着)

にカードを1枚引き抜いた。すると

、俺の腕の中で目を覚ましたミクロも、

肉球のある前足で適当にカードを1枚パシッと掴み取った。

次の瞬間、

俺たちが選んだカードは淡い光を放ちながら、

まるでスキルが身体に吸収されるかのように、

サラサラと消滅していった。


その様子を見ていた補佐官が、突如、

目を見開いて硬直した。その表情には

、明らかな衝撃の色が浮かんでいる。

(なっ……!? まさか主(神)は、

カードの中に“あのスキル”を仕込んでおられたというのですか……!?)


補佐官が心の中で激しく動揺しているのを察し、

俺は首を傾げた。


『アノ、どうかしたんですか?』


『い、いえ! 何でもありません!』


補佐官はすぐにいつものポーカーフェイスを取り戻すと、俺たちに向かって優しく微笑んだ。


『それでは、ここでお別れです。

あなたが向こうの世界で、

望む通りの人生を歩めるよう、心から祈っています。またいつか、お会いしましょう』


『ええ。色々とありがとうございました。

それと……俺たちに新しい人生をくれた唯一絶対の神様にも、

よろしく伝えてください。

本当に感謝しています、と』

『分かりました。主に必ずお伝えしておきます』

『ありがとうございます。それじゃ、行ってきます』


俺はミクロをしっかりと抱き直し、

光のゲートの向こう側へと足を踏み出した」


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