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最強の執事・ナスとの手合わせ

「魔王城の裏手にある訓練場は、朝一の鋭い太陽の光を浴びて静まり返っていた。俺は両手を伸ばして柔軟運動をしていたが、上着はすでに軽い汗でびっしょりと濡れていた。ルーンちゃんはすぐ近くに立ち、分厚い魔導書を胸元にぎゅっと抱きしめながら、顔をかすかに赤くして身体強化スキルの基本原則を一生懸命におさらいしてくれていた。


「エ、エイン様」


ルーンは小さなツノをピクピクと震わせながら、

蚊の鳴くような声で静かに囁いた。


「核の奥底にある絶対的なパラメータを抑え込むことには成功しましたが、高レベルの身体強化は、

その膨大な魔力を血管を通じて手作業で滑らかに流さなければなりません。もし、一つの筋肉に急激に圧縮しすぎると、その構造的な反動は……その……大爆発に繋がってしまいます」


「分かった。滑らかに流す、だな」

俺は自分の両手を見つめながらボソッと呟いた。


ここ一日のルーンちゃんの根気強い指導のおかげで、俺の系統(システム)の中に身体強化の基本的な火花が定着し始めているのをようやく実感できていた。だが、静まり返った地下室で魔力を我慢するのと、実際の素手での格闘でそれを自分の身を守るために使うのとでは、話が完全に一から十まで大違いだ。


「なぁ、イナ」

俺は訓練場の端でリサと一緒に立っていた宰修の方を振り返って声をかけた。


「ちょっとこれを試しておきたいんだ。実際の近接戦闘でこの身体強化スキルがちゃんと機能するかどうか、誰かと手合わせさせてくれないか?」


イナは静かに、優雅な笑みを浮かべ、その目を計算高く細めた。


「賢明なご判断です、エイン様。

最高支配者たるもの、世界の舞台(ステージ)

に上がる前に己の肉体(器)

を調整しておくのは当然のこと。もし、

あなたが試したいのが近接戦闘であり、

素手での格闘の純粋な熟練度であるならば、

この城壁の内側において、

ナス以上に適任な者は存在しません」


「待て、ナスか!?」

俺は瞬きをし、ミクロをまるで国宝の遺物かのように恭しく抱えていた巨大な総執事の姿を見て、

目を限界まで丸くした。


ナスは黒猫を高級な絹の座布団の上に慎重に降ろし、白い手袋の位置をパッと直すと、大理石の中庭へと一歩踏み出した。その顔は、プロの執事としての容赦のない規律と、宮廷の深い敬意が完璧に新しく入り混じっていた。


「エイン様、あなたの身体の『金敷(かなしき)』となること、我が人生の最高の光栄にございます」


ナスは深く、地響きのような一礼を捧げた。


「どうぞ、一切の手加減は無用にございます。

あなたの限界なき根源エネルギーの、

たとえ微々たる一滴であろうとも、

拝見できるのは至高の喜び。どうぞ、

全身全霊で私を試してください」


「よし……後で文句言うんじゃねぇぞ!」

俺はしっかりと腰を落とし、

素手の格闘の構えを固めた。


俺は静かに目を閉じ、魂の奥底にある巨大な保管庫の扉をほんの一ミリだけ開く構想(イメージ)を描いた。限界なき魔力容量から細い一本の糸を強引に引き出し、その膨大なエネルギーを血管を通じて両腕と両脚へと一気に流し込む。


ドォン。


紫と黒の禍々しい魔力の光(オーラ)が、視覚的に俺の全身へと猛烈な勢いで巻き付いた。解き放たれた**魔素(まそ)**の圧倒的な物理的質量は、俺の手足の周囲の大気圧を一瞬にしてねじ曲げ、空間そのものに悲鳴をあげさせた。


「いくぞ、オラァッ!」


俺は元暴走族の頭(リーダー)としての素手の格闘本能を剥き出しにし、高レベルの身体強化の質量を乗せて前方に突進した。そこから、激しい超高速の突きと蹴りの連打(ラッシュ)が始まった。俺が繰り出した強烈な左突きをナスが前腕で弾き、間髪入れずに足元を狙った鋭い回転蹴りを叩き込む。ナスは流れるような動作で上空へ跳んでそれを回避したが、俺はすでに空中へ追従しており、あいつの肩口を狙って魔力を乗せた重たい右の踵落としを強引に振り下ろした。ナスは両腕を十字に交差させて防護(ガード)し、その凄まじい衝撃を受け止める。


ドカァッ! ズドォォンッ!!


俺たちの繰り出す容赦のない武術の乱打戦が訓練場の頑丈な石壁をガタガタと激しく振動させ、超高速の残像の中で拳と脛が激しく衝突するたびに、視界を完全に遮るほどの猛烈な土煙の嵐が巻き起こる。ルーンちゃんは驚愕の声をあげて巨大な魔導書の後ろに縮こまった。最後に俺は身体を鋭く回転させ、最大出力の重戦車のような右の拳を強引に叩きつけた。ナスはあいつの右手を視覚的な残像として一瞬で飛び出させ、俺の拳をその手のひらで完璧に受け止めた。


ドゴオオオオォォォーーーーンッ!!!


圧縮された突風の凄まじい衝撃波が、激突した瞬間から外へと暴力的に爆発して吹き飛んだ。あいつの磨き上げられた革靴の足元の石床は、最終打の凄まじい衝撃の質量を完全に吸収したせいで、巨大な蜘蛛の巣状に粉々にひび割れていた。俺はその凄まじい反動のせいで、地面をパパッと滑った。右腕に痛みはなかったが、まるで特殊金属で作られた巨大な山に素手で激突したかのような重圧だった。ナスは完璧にその場に直立したままで、その礼服にはシワ一つ寄っていなかったが、額には激しい滝のような冷や汗をかいていた。


「素晴らしい……」


ナスは完全なる畏怖の眼差しでその目を限界まで見開いた。あいつの手のひらは、俺の拳を掴んだまま小刻みに激しく震えていた。


「これほどまでに圧倒的に重たい身体強化の質量……。格闘の型すらなしに、

これほど激しい突きと蹴りの猛打を放ち、

これほどの破壊的な重量を乗せるとは。やはり、

エイン様は神の如き化け物だ……!」


「おい、マジで言ってんのかよ!?」

俺は右手を引き抜き、ジーンと痺れて震えている拳をさすりながら絶叫した。こっちは高レベルの身体強化を全力で使って、激しい連打を叩き込んだんだぞ! それなのに最後の決定打を片手で、まるで飛んできた球を受け止めるみたいにパシッと受け止めやがって! 一ミリも動いてねぇじゃねぇか! どんな怪力執事だよ、ふざけんな!!」


「その謙遜こそが、我が主の慈悲にございます」


ナスは腰から深く頭を垂れた。


「あなたの放たれた絶対的な威力により、

私の手のひらは完全に麻痺しております。

あなたの肉体的潜在能力(ポテンシャル)

は完全に限界なき至高の領域です」


俺がさらに文句を言おうとしたその瞬間、イナが光り輝く帝国の巻物を手に、ひび割れた中庭へと真っ直ぐ踏み込んできて俺たちの特訓に割って入った。彼女の表情は完全に張り詰めており、その声からは尋常ではない外交的緊張感が漂っていた。


「手合わせはここまでです、エイン様」

イナは緊急の報告を入れた。


「先ほど、ヴァレリウス帝国の正式な斥候が我が国の国境魔導陣を突破し、大いなる招待状を届けてまいりました。皇帝レジナルド七世が、世界中の全種族に向けて外交和平協定の公式招待を発したのです。しかし、この協定には容赦のない要件が課されています。もし数日以内に、異なる五つの国家の最高支配者たちがこの招待に同意しなければ、この協定は一瞬で白紙となり、帝国はそれを我らの宣戦ブコクとみなすとのことです」


「おいふざけんな、マジで言ってんのかよ!?」

俺は両手をぶんぶんと振り回しながら絶叫した。


「外交の和平集会(サミット)だと!?

絶対に行かねぇからな! 俺はそんな国際的な揉め事に巻き込まれたくないってハッキリ言っただろ! 俺はただの引きこもりだ! 帝国に連絡して、

俺が風邪で寝込んでるって伝えろ!」


「大変申し訳ございませんが、エイン様、

拒絶という選択肢は存在しません」


イナは冷静に、しかし完全に譲らない語調

(トーン)で言い返した。


「もし出席を拒否すれば、ヴァレリウス帝国は即座にそれを我らの宣戦ブコクとみなします。新たな魔王が外交を拒絶したことは国際平和への明白な脅威であると主張し、帝国軍の全先遣部隊を動員して、我が国を地図から完全に消し去るために進軍してくるでしょう」


(おいおいマジで言ってんのかよ!?)

俺の脳内で恐慌(パニック)

が完全に限界を突破し、

魂が口から半分抜けかかっていた。

(脅威だと!? 俺が家に引きこもってたら、

強大な軍事国家が文字通り戦争を俺の家に叩き込んでくるってことかよ!? 俺の静かなアパート計画が物理的に更地にされちまうじゃねぇか!)


俺はズキズキと痛む頭を抱えながら、深い、完全に敗北した溜め息を漏らした。


「分かった! 分かったよ、出席すればいいんだろ! 和平協定って言うなら行って頼む和平協定って言うなら行ってやるよ! 俺はただ、頭痛の種がない平穏な暮らしがしたいだけなんだ、分かったか!? 一枚のくだらねぇ書類に署名(サイン)するだけで、あの軍隊の山を俺の寝床から遠ざけられるなら喜んで署名してやる。その代わり、絶対に俺を戦場に引きずり出すような真似だけはさせないでくれよ!」


「あなたの戦略的先見の明、まさに息を呑むほどです、エイン様」イナは優雅に一礼して静かに囁いた。「外交を選ぶことで、奴らの罠の裏をかき、同時に己の絶対的な隠棲(引きこもり)を確実なものにする……。真に、あなたの知恵は我ら全員の道標です」


「裏をかいてなんかねぇよ!!

俺はただ昼寝がしたいだけだ!!」

俺は完全に疲れ果てて怒鳴り散らした。


俺がこれから押し寄せる政治的な悪夢のせいで本気で絶望している中、中庭の反対側の光景は、一から十まで完全に不条理な方向へと突き進んでいた。


ナスはいつの間にか、ミクロが暢気に寝そべっていた絹の座布団の前へと真っ直ぐ戻っていた。この総執事は俺の恐慌など完璧に聞き流し、その顔を純粋な、底知れない心酔の表情へと一瞬で溶け込ませながら、黒猫を囲んで自分たちだけの別の特訓を開始したのだ。


「さぁ、ミクロ様!」

ナスはプロの執事としての容赦のない、

地響きのような規律の声を響かせた。


「我が主が俗世の退屈な政治の重圧に対応されている間、あなたの神々しい肉体を鍛え上げるのが私の聖なる義務! あなたが至高のスキルを修得するための、地獄の特訓を始めましょう! 私の姿勢をご覧ください!」


ナスは標準的な戦士の技術を実演するため、圧縮された魔力の電撃を周囲に猛烈な勢いで炸裂させた。だが、高級な座布団の上に座り、頭の上の小さな金の王冠を片方の耳の横に少しだけ傾けたミクロは、立ち上がる気配すら一ミリも見せなかった。あの駄猫はただ、いつも通り暢気に、気の抜けたあくびを一つしただけだった。すると、あいつの『死魔力の捕食』の特性が自動的に発動し、ナスの放った凄まじい衝撃波をまるごと完璧に吸い込んで喰らい尽くしてしまった。


しかし、ミクロはそこでは終わらなかった。突然、その丸い目をカッと見開くと、鋭い鳴き声をあげながら、その前足を前方へと暴力的に振り抜いて即座に逆襲(カウンター)を仕掛けたのだ。


ヒュッ、ヒュッ!


空間を切り裂く二筋の、完全に見えない、剃刀のように鋭い真空の斬撃が大気が激しく波打つ中を真っ直ぐに飛び出した。正式に、直撃軌道(コース)をたどってナスの胸元へと正面から炸裂したのだ。


ザシュゥゥゥッ!!!


不可視の斬撃が大気を引き裂き、ナスの完璧に仕立て上げられた礼服の前身頃を綺麗に、真っ二つにズタズタに切り裂いた。正式に、その凄まじい風圧の反動が、巨体の総執事を力ずくで後方に二歩よろめかせた。


俺の顎は完全に地面へと落下した。俺はその場に突っ立ったまま、目を極限まで剥き出しにし、自分の視界が捉えた光景を本気で信じることができなかった。(おいふざけんなよ!? こっちはあのチタン合金みたいな化け物戦車相手に死ぬ気で猛打とキックのラッシュを繰り出して一ミリも動かせなかったってのに、うちの駄猫は座布団の上に暢気に座りこんだまま一発で服をズタズタにする決定打を叩き込みやがったぞ!? 理不尽だろこれ!!。)

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