武勇伝の真実
サラ・アリクの策は成功した。
いや、成功しすぎた。
諸国に伝わった噂は、こうだ。
「女王ペロセポネ自ら数万の兵を率いて決戦し、皇国の精鋭を壊滅させた。
バハリク神聖国の高名な将軍をおびき寄せて討ち取り、独立の名乗りを上げた」
しかし、ペロセポネはその場にいなかった。
兵力も数万など、存在するはずがない。
そして皇国軍は「精鋭」という触れ込みはなく、熟練ではあるが、ただの国境警備兵だった。
なぜそこに神聖国の高官がいたのか、王国側にはわからない。
だが神聖国の高官を討ち取ったことは事実であり、噂がそれに意味づけをしてしまった。
皇国どころか神聖国もまた、明確に王国を敵とみなすであろう。
「手を出せばかみつかれる」、だから手をださない。
それではすまされない。
神聖朝にはメンツがある。国家の威信がある。
ペロセポネは、後戻りはできなくなってしまった。
王国目線からははずれるが、少し読者向けに解説しよう。
皇国はバジク・ウルの脅威に備えるため、盟約にもとづき物資の支援の準備をしていた。
また、南域の状況が思わしくないという。
現地視察のため、神聖国から担当の高官がやってきていた。
人物の名はハバス。
神聖国の有力な名家であるが、高名な将軍というわけではない。
「国境付近に不穏な動きがある」
野盗なのか、南蛮国の動きかはわからない。
どうも人が集まり、砦のようなものを築こうとしているようだ。
ハバスは武装した視察隊に同行しようとした。
しかし、皇国側は渋った。
「わざわざ危険を冒していただく必要はありません」
だがハバスは強引に参加した。
「ここまで来て実情を知らずに帰れば、なんのための視察なのか」
偵察隊の目的は、威力偵察を辞さない偵察である。
命の危険が迫れば、すぐに逃げるように言い含めて、皇国は渋々同意した。
だが、それでも皇国は『南蛮』を甘く見ていたのだ。
偵察隊は現地に近づくにつれ、砦だと確信を深めた。
ただの偵察部隊とはいえ、放置はできない。
相手の兵力の確認も必要だ。
いや、むしろ、ハエを追い払うような気分で威勢をあげて攻めるそぶりを見せた。
するとどうだろう、「蜘蛛の子を散らす」という表現ぴったりに、人足や武装兵は逃げていった。
熟練といっても、逆にそれが災いしたのかもしれない。
相手は少数の野盗か、そうでなくても、経験の浅い蛮族の新兵だ。
罠があるなどとは考えられなかった。
追いかけはしなかったものの、
その場にゆっくりとどまり、武装も緩めてしまった。
そして…。
包囲され、大半が討ち取られるか、捕虜となった。
討ち取られた中には、先の神聖国高官が含まれていたのである。
***
皇国は、この件をどう説明したものか考えあぐねた結果、神聖国への報告が遅れた。
その間に神聖国にまで広まった噂が「女王自ら神聖国の大将軍を討ち取った」というものである。
そんなわけがない。
いつ神聖国からそんな大規模な軍隊が出陣したんだ。
そもそも「大将軍」とはなんだ。そんな役職はない。
しかし、どうやらハバスという高官が戦場で命を失った。
神聖国朝廷は、皇国からの遅く要領をえない報告で、それだけは事実だと知った。
南域、東域、西域の人々は期待に胸を膨らませて、誇大化させながら噂を広めた。
戦いに敗れた三国でも不安から、噂の誇大化が起きた。
神聖国の貴族が命を失った。
その上、今、諸国に響き渡っている噂は神聖朝の権威を失墜させかねない。
南蛮国ペロセポネ。
神聖国もまた、その存在を座視できなくなっていた。
***
皇国は困惑していた
南方が驚異となりうるのは、今回の件で確信した。
しかし、今、ちまたに広がっている噂は何だ。
これでは神聖国がバジク・ウルよりも南方を重要視しかねない。
実際には、武力的な意味では、ペロセポネはたいした脅威ではない。
放置はできないが、差し迫った脅威は、やはりバジク・ウルである。
もし南方が脅威と認識されれば、エルゲン国との関係性にも変化が生じる。
現在は皇国がエルゲン国を援助している。
しかし、南方が優先されれば、皇国が助けを求める側になってしまうのだ。
借りを作ることになる。
「だから帰れと言ったんだ!」
それがハバスに押し切られた皇国の役人の率直な思いだろう。
***
神聖国は皇国の過失によって貴族を失った。
皇国は神聖国の権威が、圧力が、煩わしく思えてきた。
このヒビが、はたしてこの先大きくなっていくのだろうか。




