北域調査兵団の消失
「北域には、魔道士がいるって噂だ」
ガラムの所属する『調査団』では、そんな話が兵士の間でささやかれていた。
「その魔道士は、数百年前に一瞬で数百名だか数千人だかを消滅させたらしい」
その伝説は、神聖国の人間ならばだれでも知っている。
北域は四方の中で、唯一バハリク神聖朝が国家間レベルでの関わりを避けてきた地域だ。
人は住んでいるが、山間に散らばって集落を築いている。
民間レベルでは多少の接点はあるため、完全に謎の地というわけではないが、
神聖朝から見れば、まともな脅威にも、交易相手にもなりはしなかった。
必ずしも、先の伝説に畏怖したというわけではない。
しかし、ある日、重大な鉱物が発見された。
どうも人間の魔力を増幅するようだ。
魔石と呼ばれた。
例えば、通常であれば体を温める程度の力でも、魔石を使えば火を起こせるようになる。
火をどこでも起こせるようになれば、日常生活も戦いも一変する。
神聖朝はすぐさま手を出した。
「我々が責任を持って石や鉱脈の調査を行う」
この名目で派遣されたのが、数百名に上るちょっとした兵団である。
無論、研究者や官僚の護衛の任というのもあるが、
実質、北域の人々から鉱脈を奪取する目的に他ならない。
隊の士気はあがらなかった。
お国のためというのは理解できる。
しかし、やはり侵略者と戦うわけでもない。
わざわざ山を登り、野営し、向かう先は石の護衛である。
まして、魔道士の伝説がある地に赴くのだ。
それと相矛盾するようだが、要人の護衛にしては大がかりな人数が緊張感や使命感も削いでいた。
「魔道士が現れたときに、やはり数名では対処できないということではないか?」
好意的に捉えようとする人物もいたが、連日の行軍で多くの兵士は疲れ切っていた。
「なんでこんな役目を自分が…」
ガラムもまた、不満を持つ兵士の一人だった。
それなりに愛国心はある。
だから軍隊入りした。
だが、自分が兵士になったのは、山登りするためだったのか。
彼らは、自分自身を被害者とまでは言わないが、不運で哀れな境遇だと思っていた。
疲労が蓄積するにつれ、その思いは強まっていた。
そんなある日…。
「おい、先頭の方で敵が襲ってきたらしいぞ」
「…敵?敵ってだれだ?」
「わからんが、とにかく武装している集団に襲われたらしい」
しばらく不安な時を過ごしたが、まもなく、武装集団は撃退され、捕虜も得たことが全体に通知された。
「尋問では言葉がほとんど伝わらず苦労したらしいが…。
どうも我々が北域の人間を殲滅に来たと思ったらしい」
「そんなばかな」
自分たちを哀れむのに忙しかった彼らは、思い至らない。
突然やってきた数百の武装集団を目にした山岳民の驚愕を、その恐怖を。
「そんな勝手な勘違いで命を狙われちゃあ、たまったもんじゃない」
まして彼らにとっては、相手は言葉が通じない、『未開』の人々だ。
いつ襲われるかと疑心暗鬼にとらわれつつ、自分たちの身を守ることに専念するしかなかった。
その後も何度か襲われると、ますます心身が憔悴していった。
ただの猟師を、襲いに来た敵と勘違いして先に射殺したこともあった。
とある集落に出ると、武具で脅し集落民を監禁し、食糧を奪った。
すると、ますます、『調査隊』への攻撃が激しくなった。
道案内たちは皆、逃げ出してしまった。残った兵士に逃げ場はなかった。
病気やけがで脱落するものが後を絶たなかった。
「もしかして、魔道士って、この大自然のことではないか?」
こんな考えが、ガラムの頭をよぎることがあった。
道に迷って、兵団が壊滅なんてことは、実際にありそうだ。
現実に、自分たちが、その憂き目にあおうとしている。
しかし…。
彼らが目的地に近づいているのか、それとも帰路についているのか、もはやわからない。
ただ、道に迷っていた。
「なんだあれは!?」
だれかが叫ぶ声が聞こえたか聞こえていないか。
次の瞬間、ガラムの意識は消失していた。
派遣された調査団は、だれひとり神聖国に戻ってこなかった。
後日、神聖国内で、盛んに噂が飛び交った。
そう、「魔道士は、実在した」と。




