大ウル国
大ウル国。
草原に存在する部族の半分以上を支配下におさめたとき、
バジクの長は「ウル」を名乗った。
後世、バジク族がウルとして率いた国の意味で、バジク・ウル国と呼ぶこともある。
「ウル」は、総帥のような意味と考えればいい。
総帥が直接民衆を率いる。
まさに軍事国家である。
「なんなんだ、この状況は」
生粋のバジク人、アーマンは戸惑っていた。
しかし、その戸惑いを表に出すことはできない。
近年、族長が変わったと思ったら、あれよあれよという間に、戦いに明け暮れる日々となった。
最初のうちはまだ良かった。
戦いの意義が見えた。
重要な牧草地を理不尽に奪われ、その際の争いで死者も出た。
だから、戦った。
しかし、今にして思えば、その時からおかしかった。
族長たち指導部は、他の部族と手を組み、相手を徹底的に叩き潰した。
相手の指導層を一掃し、武具も奪い、残った人々を、実質バジク族の支配下に組み込んでしまった。
吸収とか合併とか、生易しいものではない。
「支配」である。
先ほどは他の部族と手を組むと言ったが、口で言うほど簡単なものではない。
それぞれの部族は自分の身を守ることで精いっぱいだ。
私怨であれば、なおさらだ。
協力者の説得以前に、普通は他者の手を借りることは、部族としての誇りが許さない。
何かが、おかしい。
もともとバジク族はそれなりに大人数の集団だった。
だから、少数部族のように族長と家族ぐるみ…というか全員近い親戚ということもない。
とはいえ、やはり族長の顔を知らないなんてことは、先代のときにはなかった。
いや、顔を知らないは言いすぎだ。
「人柄が見えない」
が正しい。
戦のとき以外にはあまり人前に顔を出さない。
日常生活に関わる重要な通達は、指導部とあだ名される者たちを通じて行われる。
指導部から、群と呼ばれる集団の長に。さらに団、班と、最近ではまるで軍団のように日常生活まで細分化されている。
いや、そんなことはいいんだ。
アーマンが不審に思っているのは、度重なる戦いの意義である。
たしかに、生活は徐々に豊かになってきた感がある。
いや、正確に言えば、バジク族が特権階級となったので、
兵役さえこなせば、狩猟や乳搾りに時間を取られなくて済む。
…その兵役や訓練と比べれば、毎日代わり映えのしない乳搾りの方がマシかもしれないが。
しかし、違和感がある。
罪悪感と言った方がいい。
なぜ、何もしていない他部族を殺さねばならない?
従属させねばならない?
幸いその戦闘に参加しなかったが、「ウル」を名乗った族長の名で、
戦えないものたちまで滅ぼした兵団もあるという噂だ。
…噂は真実だと思っている。
戦いの指揮は苛烈だ。
退くことを許さず、味方の死体を踏みつけて敵に迫らねばならない。
そうでないと、軍機違反で悪くすればその場で上官に処刑される。
従属した部族の兵を盾の前面に押し出すこともある。
存亡の危機というわけでもないのに、勝つことしか考えない戦い方をする。
アーマンの同世代の友人は、厳しい訓練や熾烈な戦いで感覚が麻痺したのだろうか。
度重なる勝利に酔いしれてしまっている。
「ウル、バンザイ」
「ウル、バンザイ」
それともアーマンのように、本心を表に出すのを恐れているのだろうか。
空気感…。
この快進撃を良いことだと同調しなければ、指導部に目をつけられる以前に、集団から爪弾きにされそうな…。
アーマンは、ある戦いに参加していた。
今回も勝ちそうだ。
相手に戦意はない。
…なのに、なぜ戦っている?
非戦闘員が大半じゃないか。
いけない、油断大敵だ。
考え事をしながら戦うなんて、自分も慢心していたか。
無心だ。
無心でいよう。
心が持たない。
が、次の瞬間、自分が振りかぶった槍の先にうつる子どもの姿が意識に入ってきた。
心が衝撃をうけた。
自分は今、何と戦っているんだ。
次の瞬間、子どもをまもるためだろうか。
応戦のために放たれた矢が、アーマンの急所に刺さった。
アーマンの意識は闇に落ちていった。
殺さないで済んだことに安堵する暇もないままに。
数カ月後、残存部族や離反した部族により反バジク連合が結成され、
数の上では劣勢となるが、バジク・ウルはそれをも打ち破った。
兵士や民衆の思いは一様ではない。
さまざまな思いを持った人々の命を礎に、バジク族は草原統一をあらかた完成させる。
そしてバジク・ウルは、戦乱を草原外にも広げ世界を手中におさめるため、
遠きペロセポネ王国をも利用しようとしていた。




